第11話

「えー、というわけで、オレは部屋に帰ろうと思います」


 漢が越えるべき壁が女湯の壁だと知った俊彦は踵を返して部屋へと戻ろうとしていた。


「……逃げんのか?」

 逃げるという言葉に足が止まる。


 ――なんで逃げたん


 逃げれば、血に沈む。夢で見た光景が蘇る。そうだ、自分は戦わなければならない―――


「って、アホですか! 逃げるも何も、いい大人がのぞきなんておかしいでしょ!!」


 危うく流されるところだった。逃げるとか、そういう問題ではない。のぞきとか、ダメ。


「新しい勇者は、まだまだ子供だということだ、アクセル。真の漢になるまでは、試練には耐えられまい」

「……いや、こいつはこのままじゃダメだ。今だ。今、試練を越えなきゃ、ダメになっちまうよ」

「なに言ってんだこいつ」

「こう見えてオレは冒険者として大勢の人を見てきた。お前みたいに、無理がある奴もな。お前みたいなやつはな、放っとくと死に急ぐ。だから、今なんだよ」


 ……無理がある。それはそうだろう。いきなり異世界に来て死にかけたのだ。普通な訳がない。


「アクセルの言はよく分かるな。ならば無理にでも連れて行くしかあるまい」

「おう! とっつぁんは話が早くて助かるぜ。試練の為の囮……じゃなくて仲間は多い方がいい」

「ちょっと待て!今囮って言わなかった!?」

「つまらんことを気にするな。行くぞ」


「いやだぁぁぁー放せぇぇぇーーーー」


 抵抗も虚しく、右腕をアクセルに左腕をアルバートにがっしりと掴まれた俊彦は引きずられるようにして浴場東の森林へと連れさられたのであった。


***


 鬱蒼うっそうと生い茂る森林は昼間でも光が届かず、じっとりとしていた。木の根が足をとり、枝葉が顔を打つ。時折、獣の息遣いのような音が聞こえ、三人の体力と精神を容赦なく削っていた。


「……この辺りは猛獣が住み着いてやがるみたいだな。見てみな、あそこの木」


 アクセルが指差した木には、人の頭より大分高い位置に獣の爪でつけられたような傷が残っていた。


「あれはバグベアーが縄張りを示す為につける傷だな。このサイズなら中隊規模での討伐になるか。ふむ、これは漢を上げる試練にふさわしいとも言える」

「だな」

「いやいや、ここお城の中ですよね? うっかり迷い込んだら死ぬレベルの森があるとかおかしくない!?」


 俊彦の叫びを無視して二人はずいずいと奥に進んでいく。足場の悪さも、猛獣の危険も関係ないかのように進む彼らに置いていかれないよう、必死についていった。


 枝を払い、草をかき分けながら歩く。時折襲い掛かってくる猛獣は、テレビで見たような動物よりも凶悪で、アクセルとアルバートがいなければ何度命を落としたかわからない。身体は泥と汗と血に塗れ、足はすでに棒のようだった。


 それでも、三人は歩みを止めない。森を抜けた先……試練を越えた先に待つ光景を目にするまで。


「見えてきたぜ、トシ。あれが、オレたちの目指す場所」

「うむ、我らが試練の到達点……」

「「女湯だ」」


「まじで、なに言ってんだこいつら」