第12話

「いいか、こっからは慎重にいかなきゃならねぇ。この先に待っているのはご褒美だけじゃねぇからな」

「勇者が共にいるという話であったか。あの者たちは素手でも強力な力を発揮する。特に聖杖の勇者ヤヨイには注意が必要だな。で、どうする?」

「ここからは分かれて行動した方がいいだろう。誰かが失敗しても、他のやつはご褒美に有りつけるって寸法だ」

「悪くない」

「オレ、帰っていいですかね?」


 このおっさん共は真剣になんの話をしているんだ?

 俊彦は、とても、家に帰りたい気分であった。


「今、入浴中なのはラングリーズ王族とその従者。そして王城に滞在している勇者達だ。おそらく広い浴場に分かれて入浴しているはず。うまくいけば誰にもバレずに最高の秘宝を目にすることができるぜ」

「うむ。漢が命を懸けるに相応しい」


「いいか、浴場の形はこうだ。んで、いまオレたちがいるのがここ」

 地面に周囲の地形を書き込みながらアクセルが説明を続ける。


「ここからの侵入ポイントは二つか。東側露天地帯を抜けるか北側から壁を越えていくか、だな」

「一つはもう侵入というより、正面突破みたいになってますけどね。やっぱり帰りましょう」


 依然として俊彦の発言は風に流されつつ、青年と中年は真剣に作戦を話し合っている。

 このまま時間が流れて女性陣が風呂から上がることを、祈るばかりだ。


「考えてもらちあかねーな。よっし、オレは露天地帯に行く」

「……いいのか? そちらは見つかる可能性が非常に高いと言わざるを得んが……」

「リスクが大きい方が燃えるだろ? とっつぁんはどうする?」

「では、私は北側の壁を破壊しよう」


 正面から突撃するとか、壁を破壊するとか、すでにのぞきではないのではないかという疑問がよぎる。なんのためにあの険しい森を抜けてきたのか。


「いいねえ! 最後はトシだな。どうする?」

「帰ります」

 逃げようと足に力を入れた所でアルバートにガシッと肩を掴まれた。

「トシは私と一緒に北側だ。あとは突入のタイミングだな?」

「オレがいい感じの合図を出す。とっつぁんなら、わかるはずだ。合図が出たら、すぐに突入してくれ」

「承知した。それでは、征こう。武運を祈っているぞ、アクセル」

「ああ、アンタもな。トシ、しくじんじゃねーぞ! んじゃあとでな!」


 そう残してアクセルは森の闇に溶けるようにして消えた。


「我らも征くか」


 なるべく離れていよう。そう心に決めて、俊彦はアルバートの後をついて行った。


***


 俊彦とアルバートは浴場と森を隔てる壁の外側で息を潜めていた。


「いやぁ~たまには皆でお風呂もいいよね~。ぷふぅーさいこーですなー」


 壁の向こう側から、女性の声が聞こえてくる。風情を出すためか、木の板だけで作られた壁は思ったよりも低く、薄い。

 のぞきをするつもりは全くないが、この壁の向こう側で女性達が入浴していることを意識すると、自然と鼓動が早くなる。


「逸るな、トシ。戦場では心を乱した者から死んでいく。どんなに熱い戦いでも心は常に冷やしておけ」


 数多の戦いを経験したであろうアルバートのよく通る声が心に響く。

 目を閉じ雑念を振り払おうとしていた俊彦はその言葉で落ち着きを取り戻し、礼を述べるために顔を上げる。


「鼻血出てるぞ、おっさん」

「入浴中の女性の声が聴こえる距離で息をひそめる……興奮せずにはいられんな!」


「まあ、私達にもあなた方の声は丸聞こえなのですけどね」


 聞こえるはずのない言葉に背筋が凍る。

 恐る恐る顔をむけると、壁の上からこちらを見下ろす黒髪の女性が――


「いかん! バレたぞ! よりにもよってヤヨイだ!!」

「謝りましょう! 今ならまだ、ちょっと怒られるだけで――」


 ドーン、という巨大な音と共に空に閃光が走る。場所は東側露天地帯。

 アクセルの合図だ。


「合図派手すぎじゃない!? アホでしょ、あの人!!」

「いや、これはチャンスだトシ! ここは一旦退くぞ!」


 花火に気を取られたのか、弥生の視線が二人から離れていた。しかし――


「逃がすと思いますか? 女湯を覗こうなんて悪い子はお仕置きです」


 ゴミでも見るような視線を投げつけながら、弥生はお仕置き……とは呼ぶにはいささか以上に巨大な魔法陣を展開する。

 唖然としてると、身体が宙に浮いた。


「トシ。私の分まで、頼んだぞ!!」


 俊彦の首根っこを掴んだアルバートは、力任せに俊彦を放り投げる。


「んなああああああーー」


 投げ上げられ、宙を飛びながら眼下を見下ろすと、親指を立てたアルバートの手が爆炎の中に消えていくのが見えた。



「ーーぁぁああああ」

 大きな水しぶきを上げて、温泉へと落下した。突然水の中に落ちたことでパニックになり、溺れそうになったが、なんとか体勢を立て直して温泉から出る。


「はぁはぁ、む、無茶苦茶だ……死ぬかと思っ……」

「……」


 立ち上がった先にいたのは、美しい女性だった。