第14話

「で、どうだったんだ? 見たんだろ? なあ、誰のが見えた!? 俺は弥生さんのが見たい!」

「いや、さっきから言ってるけど誰のも見てないって!」

「嘘つけー! カリーナ様から迎えに行くように言われたってことは、カリーナ様と一緒に居たってことだろ? じゃあ見えただろーが!! 吐けこのヤロー!」

「カリーナさんはずっとお湯に浸かってたし、途中から背を向けてたんでなんも見えてないよ」

「マジで!? カリーナ様だったらガン見しても怒らなそうなのに……もったいない……」


 先程から俊彦に対して根堀葉掘り女湯突入の話を聞いているのは、黒田くろだ 大地だいち。鎖の神器を顕現した勇者であり、金獅子騎士団、六番隠形隊おんぎょうたいを率いている。


 カリーナの願いで女湯に取り残された俊彦を迎えに来た者であり、今も国王との謁見の為に俊彦を迎えに来ていた。


「大地って忍者みたいな仕事してるんだよね? だったら自分で潜入して見ればいいんじゃないかな」

「ばっか、おめ、そんなこと……いや、その手があったか。ありがとう、俊彦!」


 ブツブツとつぶやきながら俊彦と歩を合わせる黒田を見る。

 男性にしては身長が低く、細身だが引き締まった身体をしている。やや長めの髪から覗く目は鋭く、最初に会った時は殺されるんじゃないかと思った程だ。

 その見た目に反して、話をすると意外に明るく、年齢が同じということもあってすぐに打ち解けた。


 黒田は神田や弥生ほどではないが、召喚された勇者の中では古参の一人だ。王城での暮らしにも慣れており、彼が迎えに来てくれたおかげで、謁見などという重そうなイベントにも、それほど気負うことなく向かうことができた。


「お、ついたぜ。ここが謁見の間だな。王様って会ったことあるっけ?」

「最初に説明受けた日に、少しだけ」


 ゲームや漫画に出てきそうなTHE王様、といった印象だったのを覚えている。その時は頭の整理が追いつかず、話をした内容などは覚えていないが。


「そういやそうだったな。ま、俺達が絡むことはあんまないから、適当に聞き流しとけば大丈夫だ。んじゃ気楽に行こうぜ」


 脇に控えていた近衛兵が俊彦達を通す為に扉を開く。

 中に入るとすでに主要な人物は集まっているようで、玉座に続くカーペットの脇に知った顔が幾つか並んでいた。


「よくぞ参った、勇者トシヒコよ」


 玉座に座る中年の男性がこちらに向けて声をかけてくる。脇に控えていた騎士が、どうぞ前へ、と俊彦を促した。

 こういったのを謁見というのだろうか。礼儀もなにも知らない俊彦がどうすればよいか逡巡していると、黒田がガンバレよ、と肩を叩いて脇に控える列へと入っていった。

 一人になると、余計にどうしていいかわからなくなる。

 助けを求めるように左右に並ぶ者達を見るが、伽奈美は笑顔で小さく手を振り、神田は優しそうな笑みで頷いているだけで誰も助けてはくれなさそうだ。


 玉座の方に目を向けると、カリーナがいつものようにいたずらっぽい笑みを浮かべている。

 隣には……射抜くような目で俊彦を睨むアレクシアがいた。浴場でのことが思い出され、余計に前に出るのが怖くなる。


「大丈夫ですよ。礼儀などは気にしませんので、そのまま玉座の前まで進んでください」


 脇に控えていた騎士が俊彦に声をかける。よく見ると、先日アルバートとアクセルに浴場の情報を与えた、ウェストハイドと呼ばれていた騎士だった。


「なにかあれば私がサポートします。気楽にどうぞ」


 ウェストハイドに促され前へと進む。気楽にどうぞと言われても、なにをすればいいか分からないので、とりあえず適当な距離で止まり軽く会釈をした。立ったままでいいのか、片膝をついたほうがいいのか、迷っていると国王から声がかけられた。


「そのままで良い。勇者は私の臣下ではないのだからな」

「はぁ」


 とりあえず、立ったままで話を聞くことにした。


「まず、先の戦いで魔王軍を撃退したこと、ラングリーズ国王として感謝する」


 国王は礼の言葉を述べ、辺りを見渡す。どうしていいか分からないので、軽く頭を下げた。


「一軍にも匹敵すると言われる魔神の奇襲を少ない被害で撃退せしめたのは、まさに勇者の力あってこそである」


 国王の言葉に周囲の者たちは頷いている。国王は立ち上がり、続ける。


「先王の代より続く、闇の軍勢との戦い。数多の英雄が命を懸け、世界を守ってきた」

「そして、異界よりラングリーズに集った勇者達。そなた達の助力で闇の侵攻を食い止めることができている」

「国を統べる者として、改めて感謝を述べたい」


 この場に集まった勇者に目を配り、大きく頷く。


「しかし……守っているだけでは、世界に平和は訪れぬ」


 国王の言葉に、周囲が静まり返る。


「私は、見た。天を衝く光を」


 遠く天を見るようにしてつぶやく。まるでそこに聖剣の光が輝いているかのように。


「そして確信した。あれこそが、我らが待ち望んだ、闇を払う聖なる光である、と」


 王はゆっくりと謁見の場を見渡し、続ける。


「時が、来たのだ。魔王率いる闇の軍勢に抗する、時が」


 周囲がにわかにざわつき始めた。勇者である日本人達も、顔を見合わせている。

 俊彦は他人事のようにそれを眺めていた。


「本来であれば、王都を侵した魔を払いし勇者に報奨を贈るべきであろう……だが、今この時も、世界は闇に侵され続けている!!」

「故に! 私は、敢えて今、この時に告げよう!!」


「今こそ、反撃の時であると!!」


 何を言っているのか理解ができなかった。突然始まった、ラングリーズ王の演説。周囲のざわめきが、煩い。


「勇者トシヒコ……いや、聖剣の勇者よ!」


 名を呼ばれ、自然とラングリーズ王に向けて目を上げる。

 自然とざわめきは静まり、静寂の中で自分に視線が集まるのを感じた。


「ラングリーズ国王として……いや、世界の平和を望む者として、命ずる」


 ――魔王を討伐せよ


「はい。必ず」


 気がつけば、片膝をつき、肯定の言葉を返していた。自分でも不思議なほど、自然に魔王を討伐しろという命令を受け入れていた。


 ――そうだ、オレは戦わなければならない


 夢でみた光景が蘇る。自分が戦わなければ、血に沈むのだ。戦うための力は、手に入れた。


「我が娘、アステアが命を賭して迎えた、聖剣の勇者によって、必ずや闇は払われよう!」


 歓声が聞こえる。そうだ、オレは勇者だ。勇者は戦わなければならない。それが自分がこの世界に呼ばれた理由。アステアという巫女の命を犠牲にして、戦う力を得た者の責務。


 そこからのことは、よく覚えていない。気がつけばいつも目覚めるあの豪華なベッドで眠りに落ちていた。

 

***


 ――王城の一室

「どういうことですか、カリーナ様!」


 神田は怒りを抑えようともせず、カリーナに詰め寄っていた。


「いやぁ盛り上がったわね、さっきの。まさか魔王の討伐を言い出すなんてね。でも……」

「知っていたのですか? いや、それが問題じゃない。なぜ、『命令』したのですか!」


 命令、という言葉に反応してカリーナが眉をひそめる。


「貴方達を養ってるのは王国よ? たまには命令くらいしてもいいんじゃない?」

「僕達が望んでこの地にいると思っているのですか!」

「私たちも望んで貴方達を呼び出しているわけじゃないわ。私は、召喚で呪われた。アステアは命を落とした。そして……次はアレクシアが命を懸ける」

「だからと言って、僕達を好きにする権利はないはずだ」

「権利は……ないわね。でも、私たちも必死なのよ。わかるでしょう、ユーマ」

「それはわかっています。だから僕や弥生さん……多くの勇者はラングリーズを守るために騎士団に入って戦っている」

「そうね。助かってるわ。貴方達は、私たちのお願いを聞いてくれるから」

「なら、どうしてあんなことを! 戦う意思を示してもいない、右も左もわからない巽君に『命令』なんて! しかも、単身で討伐の旅に出すなんて、ゲームじゃないんだ、死ねと言っているようなものでしょう!」

「ゲームね。貴方達の故郷ではそういう騎士物語や勇者の話が流行ってるんだったっけ」

「話をそらさないでください。今が魔王討伐の機だというなら、僕が出る。巽君への命令を今すぐ取り消してください」


「……黙りなさいユーマ。これは『命令』よ」


 激高していた神田が不自然なほど急に口をつぐむ。カリーナはため息をついて首をふりながら、つぶやくように語る。


「……ごめんねユーマ。でも、私たちも好きでやってるわけじゃない。トシヒコは一人で旅に出すわけじゃないし、ダイチをサポートにつける。危険な旅にはならないはずよ」


 口は挟まないが、神田は納得できないと目で訴えている。カリーナはもう一度大きくため息を吐いた。


「今の状態でこれ以上話をしても平行線ね。お互い、一度冷静になってから話をしましょう。そういうことだから、もう『帰りなさいユーマ』」


 神田は一度カリーナを鋭く睨みつけてから、部屋を出ていった。

 強く閉められた扉の音が、静かな城内に響いている。



「……命令なんて」

 つぶやくように零して、カリーナも部屋を後にした。