第15話

 ラングリーズ王、クラウス・ラングリーズとの謁見の後は慌ただしい日々が続いた。

 冒険者アクセル・クロフォードによるレーベンガルズの歩き方指南や冒険者ギルドでの研修。

 元近衛騎士団長アルバート・ナイセルによる戦闘訓練。


 そして、三日に一度発生する漢の試練では黒田が率先して手を貸してくれたにも関わらず、何度も死にかけた。


 強く、なったと思う。

 今では神田や伽奈美と手合わせをしても一方的に倒されることはなくなった。

 ギルドの依頼で魔物との実戦も経験している。


「準備はできたな」


 脇に立てかけていた聖剣を持つ。

 この世界で戦う為の力。

 ――自分だけの、武器


 謁見で魔王を討伐しろと命じられた時は、正直なにも考えずに返事をしていた。


 望んでこの世界に来たわけじゃない。でも、戦う力がある。守る力がある。

 勇者として自分に期待を向けている人たちがいる。


 人々の期待を背に戦うのが勇者だと、誰かが言っていた。誰かが期待しているのならば、それに全力で応えようと素直に思える。


「行こう。魔王を倒して世界を平和にするために」


 一人だけど、声に出して言ってみた。そうすることで、身体に勇気がみなぎる気がした。


 荷物を背負って王城を出る。目の前に広がるのは大きな街。

 王都イルシオン。ラングリーズの首都であり、俊彦が召喚されて一ヶ月程を過ごした街だ。

 勇者が守護する街は魔族の脅威も少なく、活気に溢れている。


 短い時間だったが、王都を歩くと声をかけてくれる人もいるし、馴染みの店なんかもできた。

 俊彦は噛みしめるようにゆっくりと正門へ向かって歩いた。


 正門では、共に旅をするアルバートが待っていた。そして、見送りのために数人の者が集まっている。


「えーなぁー。魔王討伐の旅とかカッコイイからウチも行きたい!」

「ははは、伽奈美ちゃんが旅立っちゃうと、僕が大変だなぁ……でも、どうしてもって言うなら……」

「何言うてんの! ウチが神田さん置いて旅に行くわけないやろ! ほんま、冗談が通じひんなぁ、この人は」


 神田と伽奈美が漫才じみたやり取りを始め、その横では弥生がくすくすと笑っていた。


「寂しくなるわね。身体と……そっちのおっさんには気をつけてね、俊彦くん」


 一瞬、寒気がするような視線をアルバートに送った弥生は、もうあんなことしちゃ駄目よ、と俊彦に笑みを向ける。下っ腹が痛くなるのを抑えつつアルバートの様子を伺うと、どこ吹く風という面持ちでカリーナと話をしていた。


「兄やんも、毎度大変やったもんなぁ。アクセルさんとアルバートのおっさんはホンマに懲りひんから。あと、途中から大地ちゃんもかんどったしなぁ」

「それも当面はなくなるって思うと寂しいんじゃない?」


 カリーナも加わり、にわかにかしましくなってくる。


「大地は、こないんですか?」


 年齢が近いこともあるが、漢の試練を通じて大地とは一番よく話をしていた。

 見送りには来れるかどうかわからないと聞いていたが、周囲を見渡して大地の姿がないことに若干の寂しさを覚える。


「黒田君は急な任務が入って来れなくなったんだ」

「そうですか……」

「でも、彼は任務で世界各地を飛び回っているから、旅の途中で会うこともあると思うよ」

「そうですね。じゃあ会うのを楽しみにしてるって伝えておいてください」


 俊彦の願いに神田は大きく頷き、イルシオンを見る。

 同じようにして、俊彦もイルシオンに目を向けた。


「短い間だったかも知れないけど、レーベンガルズで俊彦君が帰ってくる場所はここだ」


 神田の言葉に頷き、帰るべき場所としてイルシオンを目に焼き付ける。


「トシヒコ」


 呼ばれて振り返ると、カリーナが真剣な表情でこちらを見ていた。

 いつもの軽い雰囲気はなく、思わず息を呑む。


 俊彦をじっと見つめたまま、カリーナは威厳に満ちた声で告げた。


「……ラングリーズ王姉、カリーナ・ラングリーズの名において、聖剣の勇者トシヒコに『命じる』」


 カリーナの言葉に神田と弥生は眉をひそめている。隣に立つアルバートも、緊張したようにカリーナを見ていた。

 ピンと張り詰めた空気の中、カリーナの言葉を待つ。


「絶対に、生きて帰ってきなさい」


 カリーナは、重くなった空気を裂くように、満面の笑顔で命令を告げた。

 神田と弥生もつられるように笑顔になっている。


 この約束は絶対に守らなければならない。そんな気持ちが自分に力を与えてくれる気がした。だから、俊彦は力強く答える。


「はい!絶対に魔王を倒して、生きて帰ってきます!」

「よろしい! んじゃ、頑張ってねートシヒコ!」


 先程までの空気は何だったのかと言うほどに、軽くガンバレというカリーナに対して、アルバートも苦笑を漏らしていた。


「そっちで笑ってるおっさんも一緒よ? 生きて帰らなかったら許さないからね、アルバート」

「おっと、まさか私まで命令されるとは。良いでしょう。我が剣はラングリーズ……ひいてはカリーナ様に捧げています。必ずや、その約束守ってみせましょう」


 そう言って、鞘ごと引き抜いた剣を胸に当てた。その仕草にカリーナは満足そうに頷き、いってらっしゃいと笑顔を向ける。


 皆の見送りに力を貰った俊彦とアルバートは頷き、共に正門を抜けた。

 最後に一度だけ振り返り、見送る者たちの顔を目に焼き付け、歩きだす。


 不安がないわけじゃない。けど、一人じゃない。

 見送る人々の温かい声。そして、共に歩く屈強な騎士……騎士の隣にはローブを纏った謎の魔術師。



 …………謎の魔術師?


 疑問がわいたが、アルバートが気にしていないようなので、気づかないフリをして天を見上げた。


 見上げた空は蒼い。

 雲一つない抜けるような空から降り注ぐ陽光は、俊彦達の旅を祝福しているようだった。


 こうして、勇者トシヒコは魔王を倒すために旅立ったのであった。