第16話

 城門を出た俊彦達は、ラングリーズ王都イルシオンから北に十キロメートル程進んだ場所で休憩を取っていた。

 木陰に腰を下ろした俊彦は目的地を再確認するために地図を広げ、見慣れない地図を睨みながらこれからの旅路を想う。


「今いるのは、まだこのあたりだな。最初に目指すのは、ここから少し北にいった場所にあるザマ砦だ」


 向かいから覗き込んできたアルバートが地図の一点を指しながら説明を始める。


「まずは、北にあるザマ砦に向かう。そこまでは金獅子騎士団の勢力圏なので、それほどの脅威はないだろう」

「その次はどうするの? 私はハガロの廃砦からラザ川を渡って、マルドアに行くのがいいと思います」

「ふむ……ザマ砦から西に移動する形か。しかし、ハガロ砦周辺……ラザ川南部の森林は生ける屍アンデッドの巣窟だ。旅の序盤からそのような危険を侵すのはいただけんと思うが……」

「世界を救う勇者の旅路なのですよ? そういった魔物が好みそうな場所を解放していくのも、勇者の仕事として重要だと思いませんか?」

「ふむ……貴殿の申すことも一理あるな。トシはどう思う?」

「よくわからないので二人にお任せします」


 そう言うと、ローブを来た謎の魔術師とアルバートは旅の進路について議論を始めた。

 アルバートは危険の少ない道を選ぼうとしているようだが、魔術師はあえて魔族が跋扈する地域を通り勇者の威光を示すべきだと言って引かない。


 正直、勇者といっても自分には魔王を討伐するなんて大層なことができるとは思っていない。

 剣の扱いはアルバートに学んだが、未だに一度も勝てたことはないし、神器である聖剣も王城に襲来した魔族四天王の一人、災禍の魔神ガルン・アハマトマと戦った時以来、あの時のような光を発したことは一度もない。


「じゃあ、決まりですね」

「うむ。どちらにしても、まずはザマ砦へ向かおう。行くぞ、トシ」


 どうやら方向性は決まったようだ。


「わかりました。行きましょう」

「出発の前に一つ気になることがあるのだが良いかな?」

「私ですか? なんでしょう?」

「うむ。貴殿、何者だ?」


 全員の時が止まる。あれだけ親しそうに話をしていたアルバートも、ローブの魔術師が何者か分かっていなかったようだ。


「あー、そのー私は、アレ……じゃなくて、あのその、えっと……そ、そう! 私はアイシャです!」

「アイシャ? 聞いたことのない名だな。見たところ宮廷魔術師のようだが……。誰の指示で我らに同行しているのだ? 私はトシと二人での旅だと聞いていたが……トシは何か知っているか?」


 自分もアイシャと名乗った魔術師のことは聞いてないので、首を振って否定する。


「そうか。トシも知らないか。怪しいな」

「あやや、あやしくはないですよっ! ほら、こんなに爽やかです私!」


 アイシャはフードで顔を隠したまま手をバタバタとさせて引きつった笑みを浮かべている。動きは可愛らしいが、怪しいか怪しくないかでいうと、とても怪しい。


「認識阻害のローブで顔を隠したまま言われてもな。フードを取ったらどうだ?」

「そ、それはダメです!」


 アルバートの言葉に慌てたアイシャは、逆にフードを深くかぶってしまった。口元以外見えない状態だ。


「何か事情がありそうだが、顔も知らぬ、素性もわからぬ者と旅をするのは流石になぁ。命令系統がわかれば、まだ信用もできるのだが、誰の指示で私達についてきたのだ?」

「あ、それならカリーナお、じゃないや。カリーナ様に同行の許可を得てますよ!」

「ふむ。カリーナ様か……それを証明する物は持っているか?」

「証明……、証明…………。あ!! あります! ちょっと待って下さいね……」


 そう言うとアイシャはガサゴソと鞄をあさりだした。

「えーっと、どこにいれたっけ。……コレじゃない。……コレでもない。もっと奥かな……?」


 あれでもない、これでもないと何かを探している。アイシャが鞄に手をいれるたびに、周りに物が散乱していった。

 手持ち無沙汰だった俊彦は仕方なく散らかった物を拾い集める。


「飴、チョコレート、飴、飴……この包みは……焼き菓子か。お菓子ばっかりだな。というかあの小さな鞄によくこれだけの荷物が入ったなぁ……ん?」

 頭に何かが落ちてきたので手でつまみ目の前に持ってくる。小さな、白い……これは……。

「あああああ、貴方という人はっ!!!」


 殴られた。

 見られて恥ずかしい物を無造作に投げ捨てる方もどうかと思う。


「まったく……こんな破廉恥な男が聖剣の勇者だなんて信じられません。ホント、これからの旅が不あ……あ、あった! ありました! これです!」


 綺麗な装飾の入った短剣だ。アイシャは自慢げに鞘から短剣を抜き出して掲げた。鏡のように磨き上げられた刀身が陽の光を反射して輝いている。


「む、それは……少し見せてもらってもいいかな?」

「はい。どうぞ」


 アルバートは受け取った短剣を丹念に調べ、顔を和らげた。

「確かにラングリーズ王家の短剣だな。貴殿のことを信頼しても良さそうだ、アイシャ」

「疑いが晴れて良かったです。それでは、改めまして……」


 アルバートから受け取った短剣を無造作に鞄に入れたアイシャは姿勢を正す。

 

「魔術師のアイシャです。ラングリーズ王家の命により、聖剣の勇者トシヒコ・タツミの旅に同行いたします。よろしくお願いします」

「騎士アルバート・ナイセルだ。君を旅の仲間として歓迎するよ、アイシャ」

「トシヒコ・タツミです。よろしくね、アイシャさん」


 旅立ちの日まで何も聞かされずにいたのを不思議に思ったが、王家の命令であることを示す短剣を保有していることから、何か事情があって今まで伝わっていなかったのだろう。


 何れにしても、旅は賑やかな方が楽しそうだ。俊彦は散らばった荷物をせっせと鞄に詰め込むアイシャを横目に、これからの旅路に思いを馳せた。