第17話

 アイシャを仲間にした俊彦達は、ラングリーズ王都イルシオンの北に位置するザマ砦に向けて足を進めていた。

 ラングリーズ国境に近い場所にあるザマ砦までは街道が整備されており、騎士団が定期的に巡回しているため、安全に移動することができる。

 

 魔王討伐の旅と聞くと、一歩街を出れば魔物と遭遇するような危険な旅を想像していたが、ラングリーズ国内では一部の地域を除き、それほど危険はないのだという。


「金獅子騎士団の活躍で、ラングリーズ国内の魔王軍はほとんど駆逐されています。この広大なレーベンガルズにあって、ここまで安全な国はラングリーズしかないでしょう」


 そう語るのは謎の魔術師、改め宮廷魔術師のアイシャだ。

 黒を基調として少しだけ装飾の入った、フード付きのローブを身にまとっている。アルバートいわく、高度な認識阻害の魔術が組み込まれたローブが彼女の素顔を隠しており、フードの中を覗き込んでも口元以外は見ることができない。


 見るからに怪しい人物だが、ラングリーズ王家の勅命を受けて俊彦達の旅に同行している。

 

「他の国は安全じゃないんですか?」


 本来であればこの世界、レーベンガルズに召喚された際に魔術によって知識が付与されるはずであったが、不慮の事故により、俊彦はこの世界の知識が付与されていない。


「そうですね。勇者のような強力な戦力を多く有する国はほとんどありません。魔王軍との戦いには『天秤』の介入も限定的ですし……」

「『天秤』ってなんですか?」

「ええ!? 天秤の騎士のことも知らないんですか!?」


 旅に出るにあたり、冒険者アクセル・クロフォードから生活の知識や生きるための常識的なことは教わった。併せて風呂を覗くためのアイテム作りの知識は十分すぎる程に教わったが、この世界の歴史や情勢については教わっていない。


 アイシャにそのことを伝えると、人選を間違えましたね……と盛大にため息をもらす。


「アクセルさんのこと知ってるんですか?」

「知っているというか、なんというか……その、トシヒコ様って、本当に何も知らないんですね……」

「……なんか、すみません……」

「いえいえ、いいのです。アクセル様のことは置いておいて、天秤の騎士についてお話しますね」


 そう前置きをして、アイシャは語りだす。


 天秤の騎士――

 遥か遠い昔、長く続く戦乱の時代があった。

 人々は嘆き悲しみ、誰もが戦乱の終わりを望みながら、誰もが戦いをやめることができなかった悲しみの時代。


 悲しみの時代を終わらせたのは、後に聖女と呼ばれた一人の少女が歌った救いの唄ベルカント

 救いの唄ベルカントは天へと届き、天より遣わされた英雄によって、無限に続くと思われた戦乱は終わりを告げた。

 

 天より遣わされた十三人からなる騎士は、人知を超えた力を振るい、世界の安寧を保つ

 騎士たちは『天秤の騎士』と呼ばれ、畏れ敬われた

 

 天秤の騎士は世界の調停にのみ動き、俗世と関わることはない

 その存在は誰もが知り、誰も知らない


「という逸話を持つ騎士が、天秤の騎士です」


 まるでおとぎ話や神話に出てきそうな話だ。それほど凄い力を持った騎士がいるならば、勇者などいなくても魔王軍を退けることができそうに思える。


「そんな凄い騎士がいるなら、魔王も倒せそうですね」

「ええ。天秤の騎士が魔王軍に対して力を振るうことができれば、なにも問題はなかったですね。でも……」

「天秤の騎士は、魔王軍との戦いに大きく介入することができないのだ」


 アイシャの言葉を継ぐように、アルバートが話し始める。


「天秤の騎士の役割は、世界の安寧を保つことだが、その大いなる力は制限がある」

「制限? 人に対してしか強くないとかだったりですか?」

「よくわかったな。天秤の騎士は人々の戦乱を収めるための抑止力として天より力を賜っている。魔王軍……魔族やそれが使役する魔物に対しては、大いなる力を振るうことができないのだ」

「世界の秩序を守る天秤の力が及ばない脅威。故に、私たちには天秤に代わる力……天秤に代わる希望が必要だったのです。それが……」

「……勇者」


 ラングリーズ王国が危険を冒して勇者召喚を続ける理由。それは世界の平和を守り続けていた、天秤の騎士の力が及ばない脅威と戦う為であるという。


「そんな凄い騎士の代わりなんて、できるのかな」

 

 たった十三人で広大なレーベンガルズの平和を守ってきた天秤の騎士。その力を想像するに、自分でその代わりが務まるとはとても思えなかった。

 神田や弥生ならば、天秤の代わりができるほどの力を持っているのだろうか。


「神器を顕現した勇者の力は天秤にすら匹敵する。今はまだその力を扱えてはいないが……戦いの中でその力も磨かれていくだろう。まずは焦らずこの世界に慣れることだ」


 そう言ってアルバートは俊彦の肩を叩く。


「そんな悠長なことを言っている時間があればいいのですが……。お二人とも、戦闘準備を」


 アイシャは緊張した面持ちで、自らのカバンから人の頭程の水晶球を取り出し、二人に警戒を促す。


「どうしたのだ、急に? 周りに魔物は見当たらないが……?」


 アルバートの言うように、街道沿いには魔物どころか人の気配もない。しかし、アイシャは緊張を解かず、水晶球に魔力を込め始める。

 周囲に気配は感じないが、アイシャの緊迫した雰囲気に押されたアルバートと俊彦は、アイシャを守るように背を向かい合わせ、自らの武器を構えた。


 辺りが静寂に包まれる。鳥の声も、風の音も止まる。

 にわかに、空気が張り詰めていく。


「……!! 来ます!上っ!!」

「な、なんだアレは……!?」


 空を見上げると、まるでガラスに入ったひび割れのように空に大きな亀裂が入っていた。