第18話

 空に入った亀裂は徐々に大きくなり、紫色の禍々しい光が漏れ出している。

 この世のものとは思えない光景に俊彦は絶句した。


「空が、割れる……!?」

「呆けてる場合ではありません! 今なら亀裂ごと潰せます! 聖剣で消し飛ばしてください!! 」


 空が割れるなどという非現実的な光景に驚愕していたが、アイシャの声で我に返る。

 聖剣で消し飛ばす。王城で魔族四天王を退けた、あの光なら空を覆う禍々しい亀裂を消し飛ばすこともできそうだった。


 しかし――


「ダメだ、できない……」

「はい? どういうことですか!? 聖剣の勇者でしょう! しっかりしてください!」


 念じても、力を込めても、願っても、聖剣は応えてはくれない。魔族が現れればあの時のような光を灯すのではないかという期待もあったが、空に禍々しい光が溢れた今でも、聖剣は眠っているかのように沈黙したままだ。


「もういいです。私がやります」


 アイシャは聖剣を手に唸っていた俊彦を押しのけ、一歩前へと出る。


えにしを結ばん。乞うは焔、逆巻く風――」


 呪文を唱えると、手に持った水晶球がまばゆい光を放つ。


「焔の嵐となって全てを焼き尽くせ!!」


 叫びと共に水晶から赤と緑の光球が飛び出す。二色の光球は螺旋を描きながら、踊るように天へと飛翔する。

 輝きを増した光球は互いに惹かれ合うように螺旋を縮めていき、やがて一つになり……巨大な炎の竜巻を発生させた。


 逆巻く風は大地を削り、大気を巻き込み、焔に巻かれた全てを灰にしながら力を増していく。

 荒れ狂う炎の竜巻は天を焦がし、雲を滅し、進む先にある全てを焼き尽くし――


 明後日の方向に消えていった。


「……」

「…………」

「………………」


 アイシャが放った地獄の業火にも見える炎の嵐を三人で見送った。


「……アレを逸らすなんて、手強いですね」


 震えるような声でアイシャがつぶやく。フードから見える頬には冷や汗が滴っていた。

 炎の竜巻は見当違いの方向に放ったように見えたが、空に走る亀裂によって逸らされたようだ。


 この世界のことをよく理解していない俊彦でも、先程アイシャが放った魔術が尋常ではない威力を持つことは分かる。王城を襲撃した魔王軍四天王であるガルン・アハマトマが放った魔術よりも、凶悪な力を発揮していたのだ。


 それほどの魔術を逸らしたということは、魔王軍の頂点に位置する四天王よりも強いということになる。

 ここは王都から遠く離れており、金獅子騎士団が駐屯しているザマ砦までも距離がある。助けがくることはないだろう。


 果たして、三人でそれほどの脅威と戦うことができるのだろうか。

 自然と剣を握る手に力が入る。それでも、やるしかない。


「割れるぞ。気を抜くなよ、トシ」


 アルバートの声を待っていたかのように、空が割れた。

 

 亀裂から漏れ出していた光は空が割れると同時に弾け、数多の光弾となって大地に降り注ぐ。

 大地に落ちた光は、禍々しい気を放ちながら、徐々に形となっていく。


 ――オオオオオオオオオオオオオ!!


 光を跳ね除けるように雄叫びを上げたのは、魔物と呼ばれる者。人々を襲い、殺し、喰らう、凶悪な存在。

 空から落ちた光から、次々と魔物が生みだされていく。


「魔物が生まれた……?」

「旅立った矢先に、『侵食』に遭遇するとはついていないな。大魔術を逸らす程の力だ。油断はできん」

「……そうですね。近くに落ちたのは三つ程。まずは目の前の魔物を倒すことに専念しましょう」


 近くに落ちた光から生まれた魔物は三体。


 一体は、緑色の肌をして棍棒を手に持った小柄な人型の魔物。

 隣に並んでいるのは、同じく緑色の肌に棍棒を持った小柄な人型の魔物。

 後ろに隠れるようにギャイギャイ叫んでいるのも、緑色の小柄なおっさん。


 いわゆる、ゴブリンである。


 ゴブリンとは、子供ほどの体躯を有した魔物である。力は弱く、知能もそれほど高くはない。主に畠を荒らしたり、家畜を襲ったりして人々を困らせているが、好戦的であり、人を見つけると問答無用で襲い掛かってくる。

 しかし、戦闘能力は低く、稀に家畜の反撃にあって死ぬ事があるほどで、少し腕っ節が強い者であれば苦もなく倒すことができる。


 俊彦も冒険者アクセルの指南を受けている際に、依頼で何度か戦ったことがあるが、ゴブリン相手に脅威を感じたことはない。だが――


 今、俊彦達の前でギャイギャイ小うるさいゴブリンは、いつもと違う気配を発していた。

 天を割り、大魔術を退けた現象。そこから生まれたゴブリン。


 普通ならば即座に襲い掛かってくるはずのゴブリンが、三体まとまってその場でギャイギャイと飛び跳ねているだけで、襲い掛かってくる様子がない。

 

 アルバートもアイシャも、ゴブリンだからと油断している様子はなく、むしろ警戒を強めている。

 俊彦も、剣を構えなおして相手の出方を見ることにした。


 三体のゴブリンと対峙したまま、時間が流れる。


 先程アイシャが放った大魔術の影響か、赤熱した地面から立ち上る熱気で肌が焼けるようだ。滴る汗が頬を伝い、顎から落ちる。

 ゴブリン達は最初こそ元気に飛び跳ねていたが、動きを見せない俊彦達を警戒したのか、徐々に静かになっていった。


 互いに手が出せない状況が続く。熱気と戦いの緊張によって俊彦は膝をつきそうになるのを耐えながら、相手の出方を待つ。

 ゴブリン達も同じくこちらの出方を伺っていたが、戦法を変えたのか挑発するように、その場に座り込み、寝転がりだした。

 そして――


 少しの間をおいて、三体のゴブリンは光の粒子となって、消えた。