第20話

 ザマ砦――

 ラングリーズ王国北端、レーベンガルズ南西部にあるラングリーズ地方と西部マルドア地方を隔てる国境線を長年に渡って守護してきた砦である。

 数百年の昔にラングリーズ王国へと召喚され、他国の侵略から王国を守った勇者クラノスケ・ザマの名を冠して建設された。


 クラノスケ・ザマが活躍した時代から現在に至るまで、ラングリーズ王国の領土はザマ砦によって守られてきた。


 現在も、異世界から召喚された弓の勇者ユナ・タケウチ率いる金獅子騎士団四番天弓隊が配されており、突発的に発生する魔物や神出鬼没な魔王軍以外の侵入を阻んでいる。


 魔王の侵略が始まってから、各国は魔族の対応に兵力を割いており、ザマ砦に他国の軍勢が来ることはなかった。


 しかし――


「おー! あーたがレーベンガルズ最強の騎士って噂のユスティア・バレスタイン!? かっくいー!!」


 ザマ砦防壁前には、五百人程の軍隊が整列していた。整列した軍から少し離れた門の前に、軍の指揮者であろう三名の騎士が立っている。


 ユスティアと呼ばれた青髪の女騎士が一歩前へ出て、防壁から身を乗り出している少女に向けて声を発する。


「お褒めに預かり光栄だ。察しの通り、私はユスティア・バレスタイン。貴殿は弓の勇者ユナ・タケウチ殿と見受ける。少し話をしたいのだが、良いか?」

「いーよー。ちょっち待ってね……ほいっと」


 十メートルはあろうかという防壁から身軽に飛び降りてきたのは、小柄な少女。ボーイッシュなショートカットに細身の身体。背には身の丈を越える程の巨大な弓を背負っている。


「はじめましてだねー。あーしは武内由那。レーベンガルズ最強って噂の蒼華騎士団そうかきしだんが大勢で来て何のお話かな?」


 蒼華騎士団そうかきしだん。レーベンガルズ北西部に位置する小国バレスタイン王国に所属する騎士団である。

 女性ながらに万夫不当ばんぷふとうと称される姫騎士、ユスティア・バレスタインが率いており、その特徴は何と言っても女性のみで構成されていることにある。

 蒼華騎士団は女性だけの騎士団でありながらレーベンガルズでも屈指の実力を有しており、辺境にあるバレスタインの名がレーベンガルズ全土に響いているのは蒼華騎士団の活躍によるものが大きい。


 蒼華騎士団は四つの部隊に分かれて運用されている。

 急先鋒きゅうせんぽうエリア・アイゼンガルド率いる前衛部隊、赤火隊しゃっかたい

 神算子しんざんしエーコ・トリスメギストス率いる近衛部隊、蒼氷隊そうひょうたい

 深緑の大魔道しんりょくのだいまどうパメラ・ラングラン率いる魔導部隊、颶風隊ぐふうたい

 不死者ふししゃサツキ・シンドウ率いる守備部隊、堅地隊けんちたい


 ラングリーズ王国の勇者と異なり、蒼華騎士団は魔王軍に対抗する力のない国の要請に応じて各地を転戦していることから、ユスティアのみならず各隊の隊長も武名をとどろかせている。


「急に訪問して申し訳ない。我々はファティマ聖王国の要請で近くまで魔物の討伐に来ていたのだが、ラングリーズの空に侵食を確認したので、何か力になれまいかと急ぎ参った次第だ」


 侵食とは、魔王軍の侵略と共に始まった天変地異の一つである。神々によって封じられた魔界が魔王の手によってレーベンガルズを侵食しているのだと見られている。

 規模の大小はあるが、世界各地で定期的に発生しており、侵食が発生すると大量の魔物が出現する。


「おー! ホントに他の国を助けてるんだねー! すごいや。あーし達も、ラングリーズに引きこもってないで世界を救う戦いをしたいね~」

「なに、バレスタインはラングリーズに比べれば領土が少ないのでね。こうして他国にお節介を焼く余裕があるだけだ」

「うーん、ラングリーズも戦力は充実してるはずなんだけどな。今度カダフっちに相談してみるよ!」

「それで、侵食の状況はどうなんだ? ありゃ、やべぇ規模だったぜ?」

 

 話がそれてきたところで、ユスティアの後ろに控えていた赤髪の女性が話を戻す。


「おお! あーたのその出で立ち、もしかして急先鋒エリア・アイゼンガルド!?」


 由那は目を輝かせながら赤髪の女性を見つめる。


「おう、自己紹介ができてなかったな。蒼華騎士団赤火隊、エリア・アイゼンガルドだ。よろしくな、勇者」

「よろしくよろしくー! いやー吟遊詩人が唄ってる通りでかっこいいねー! えっと、こっちがエリア・アイゼンガルドならそっちのメガネさんは神算子しんざんしエーコ・トリスメストスかな!!」


 由那に指さされた女性が、メガネをクイと上げながら一歩前にでる。


「お察しの通り、蒼氷隊を任せれております、エーコ・トリスメギストスです。お会い出来て光栄です、弓の勇者ユナ・タケウチ様」

「ふおー聞いてたよりずっと頭よさそうだねー! こっちこそお会い出来て光栄の極みだよー! でも、せっかく有名人がきてくれたのに、おもてなしもできなくで残念無念だね……」


 急にテンションが落ちた由那はガクリと肩を落としてうなだれる。


「我らの助けは必要ないということでしょうか? いかに勇者を擁する大国ラングリーズといえど、あの規模の侵食の処理には手を焼くと思われるのですが」

「んー、それは大丈夫かな。ユーマ君の部隊が出動したみたいだし、数が多くてもヤヨイちゃんがいればなんとかなるしね。せっかく来てくれて悪いんだけど、こっから先にはアリさんですら通すことができないのですだよ……」

「…禁術の行使を確認しましたが、それについてはいかがでしょう?」


 メガネを光らせながらエーコが質問をすると、一瞬、由那の眼が細められる。


「あー、あれはヤヨイちゃんが侵食ごと消そうと試しただけだね。それにあれは禁術じゃなくて、魔法だよ。だから環境変化とかも気にしなくていいし、国家間協定にはかからないよ」

「聖杖の勇者ヤヨイ・オオツキの奇跡、か。それならば天を焦がす程の炎であっても、被害はなさそうだ」

「そゆこと。だから、今日のところはちょっと帰ってほしいなって。あーしが外に出た時にゆっくりお茶でもしようよ、てことで、ね!」


 由那の言葉を受けたユスティアは、エーコに目配せをする。エーコは頷き、騎士団に合図をした。


「どうやら我々の節介が過ぎだようだな。バレスタインにくることがあれば連絡を寄越してくれ。共に茶でも飲みながら話をしよう」

「うん! せっかく来てくれたのにごめんね! それじゃまたねー!」

「ああ、次に会う時を楽しみにしている」


 軽く会釈をして、ユスティア率いる蒼華騎士団は去っていった。

 

 騎士団が見えなくなると、由那は大きく息を吐いた。


「はぁー、焦った。まさか蒼華騎士団がくるなんてねー」

「ありゃ、由那っちでも勝てないッスか?」


 気がつけば、ため息を吐く由那の隣に糸目の少年が立っていた。

 彼は御手洗みたらい つかさ。由那と共にレーベンガルズに召喚され、金獅子騎士団四番天弓隊の副長を務める少年。伽奈美と同じく、神器を顕現していない準勇者だ。


「後ろの二人はともかく、ユスティア・バレスタインは無理だね。余程こっちにいい条件が整わないと無理。ツカちんの方はどうだった?」

「いや~無理ッスねありゃ。メガネのねーさんは完全にこっち見てたし、槍のねーさんは隙を見せたら槍投げてくるんじゃないかってくらいの殺気だしてたッス。あ、青髪のねーさんは、怖くて狙いつけるどころじゃなかったッス」


 司はそう由那に告げると、素直に帰ってくれて良かったッス、と自分の肩を抱いて身震いした。


「そっかー。んじゃ、あの人達の追跡よろしくね、ツカちん」

「はいー!? 何言ってるッスか!? 無理ッスよ無理無理! そういうのは大地君の仕事でしょ!」

「そーなんだけどさ、ダイちゃんちょっち忙しそうでさ。せめて国境出るまでは様子見といてよ」

「嫌ッス!! 由那っちが行くといいッス!」

「あーしはほら、新しい勇者の子……ヨシムネ君だっけ? が遅いから迎えに行かないとだしー」

「俊彦ッス。名前も覚えてないなら交代ッス」

「だめー。これヤヨイちゃんからのお願いだからさー。後でツカちんが怒られてくれるなら代わってもいいけどー?」

「……頑張るッス」

「だねー。ヤヨイちゃん怒るとすげー怖いからねー。頑張ってツカちん!」


 ガックシと肩を落としたまま蒼華騎士団の後を追う司を見送り、由那も準備を整えるために砦へと戻っていった。