第21話

「んで、どーすんだ。明らかうさんくせーぞ、ラングリーズ」


 赤髪の女騎士エリア・アイゼンガルドが蒼華騎士団そうかきしだん団長ユスティア・バレスタインに向けて問いかける。


「どうしようかしらね。大規模な侵食を理由にすればザマ砦くらいなら入れるかと思ったけど、思ったより頑なだったから驚いたわ」

「あの国の隠蔽気質は今に始まったことじゃないでしょう。これ以上入り込むならば、力づくになりますね」

「お、そりゃいいねぇ。いっちょ戻って不落の砦でも落としてみるか?」

「はぁ……不可能ではありませんが、今ラングリーズと戦争を起こすなど愚の骨頂です。前蒼華騎士団団長ともあろうお方が、それが分からない程愚かではないでしょう。それとも、ついに酒で頭をやられましたか?」

「じょーだんだっつーの。ったく、可愛げがねぇなエーコは」

 

 じゃれあうように軽口を叩き合う二人を見ながら、ユスティアは思案する。

 魔王軍の侵略、異界の侵食。そして勇者と呼ばれる異世界人の召喚。以前より何かのつながりがあるような気がしていた。


 大規模な侵食を理由に、他国の介入を極端に嫌うラングリーズに思い切って足を踏み入れてみたが、案の定、にべもなく追い返されてしまった。

 ファティマ聖王国は各国を連合し、一丸となって魔王軍と対峙すべきだと声明を出しているが、バレスタインを含む一部の小国だけが賛同しており、ラングリーズのような大国は協力する姿勢すら見せていない。


 各国の救援を理由に世界の情勢を調べてきたが、状況を打開するような情報は得られていない。このまま魔王軍と終わりの見えない戦いを続けても世界は徐々に消耗していくのは目に見えていた。

 なにか、状況を打開するような情報――例えば魔王軍の拠点であったり、侵食の原理等がわかれば、腰の重い国を動かすこともできる。そうすれば、戦を終わらせることはできなくとも、状況を好転させることは可能なはずだ。


 身軽に動けかつ実力の高い蒼華騎士団を、救援を理由として各地に向かわせているファティマ聖王国も同じ考えであると見て良いだろう。ならば、遠征に出たついでに調べられることは調べておくべきだ。


「んで、結局どうすんだ? ダルバン砂漠の魔物は討伐し終わったし、このままファティマの要請通りに東のカマル共和国まで遠征すんのか? 」


 ダルバン砂漠は、ラングリーズ地方を抜けて東にある砂漠地帯である。砂漠は様々な部族によって統治されており、砂漠一帯を統治する国家と呼ばれるものは存在しない。

 蒼華騎士団はファティマ聖王国の要請により、ダルバン砂漠の魔物を討伐するためにラングリーズの近くまで来ていた。

 次の目的地は、ダルバン砂漠を抜けた先にある小国家カマル共和国である。軍事力に乏しい共和国は自国の守備もままならず、傭兵を雇ったり、各国に援軍を要請するなりして魔王軍の脅威から国を守っていた。


「そうですね。エリアとエーコは、このまま騎士団を率いて東へ向かって。エーコはカマルに入って情勢を見極めたら、イセンに入ってちょうだい」

「イセン、ですか。魔導国家イセンならば、パメラが適任かと思いますが?」


 魔導国家イセン。その名の通り、魔術に精通した魔導師達が集まる国である。

 イセンには『くろとう』と呼ばれる魔導師達の聖地が存在し、国や生まれ、育ちを問わず才能のある者を集めて魔術の教育や研究を行っている。

 蒼華騎士団颶風隊ぐふうたい隊長である、深緑の大魔道パメラ・ラングランも『黒の塔』で教育を受けた一人だ。


「パメラはバレスタイン領の守備で動けないから。通行証と『黒の塔』への紹介状は用意してあるから、多分大丈夫よ」

「承知しました」

「かー、アタシ一人でカマルの対応かよ。ったく、しゃあねぇな。で、ユスティアはどーすんだ?」

「私はこのままマルドアに入るわ」

「亜人の国、ですか。一人で向かわれるおつもりで?」

「ええ。その方が亜人を刺激せずにすむでしょ」


 マルドア共和国はエルフや獣人といった亜人が住まう国である。魔王軍の侵略以前は、どの国にも亜人達がくらしていたが、容姿が人間からかけ離れていることから、徐々に排斥されていった。

 現在はマルドア大森林と呼ばれる森林地帯にこもり、他国との国交を断っている。


「なるほどな。『かなめ十賢者じゅっけんじゃ』に会おうって腹か。悪くねぇかも知れねーな」

「現在、居場所が判明している賢者の中では一番友好的ではあると思いますが、マルドアの住民が受け入れてくれるかが問題ですね」

「ま、エルフに知り合いいるし、一人なら大丈夫でしょ」


 エーコの心配を他所にユスティアは飄々ひょうひょうとしている。事実、ユスティアならば余程の大軍に押しつつまれでもしない限りは問題無い。


「今日はレヴァ湖の辺りで一晩野営しましょ。そこで私は抜けるから、後よろしくね」

「あいよ。で、後ろからこそこそついてきてるヤツ、どうする?」

「もう国境を越えたから、放っといても大丈夫でしょ」

「ま、そう言うと思ったけどよ、折角ここまで頑張ってついてきたんだ。なんか礼をしなきゃな」


 そう言うと、エリアは脇を歩いていた団員に短槍を持ってくるように指示する。


「怪我させちゃダメよ」

「わぁーってるって。おらよっと!!」


 エリアが軽い動作で槍を投擲する。手を離れた槍は、目に見えない程の速さで雲を突き抜け、空に消えていった。

 

「はぁ。まったく意地の悪いことを……」


 槍を投げて満足そうなエリアを横目に、エーコは静かにため息を零した。



***

 遠眼鏡越しに蒼華騎士団が国境を越えたことを確認した司は、任務が無事に終わったことに安堵した。


「さて、今日の晩御飯は何するッスかね」


 久しぶりに森に入って狩でもしようかと考えていると、不意に鋭い風が頬を叩いて後ろへと抜けた。


「うわっつ、な、なんスか今の……!?」


 驚いて後ろを振り返ると、蒼華騎士団の紋章が入った短槍に、鳥が貫かれていた。


「……マジっスか」


 蒼華騎士団を刺激しないように、絶対にバレないと思える程の距離を置いていたにも関わらず、自分の尾行は気付かれていたらしい。

 見えていると言わんばかりに、数キロメートル離れた位置から司をかすめるようにして槍を投擲し、おまけに空を飛んでいる鳥すらも射落としていた。


「蒼華騎士団、マジぱねぇッス。アレは相手にしちゃいけないッス……」


 司は地面に深く突き刺さった槍を引き抜き、一度だけ身震いをした。


「夢に見そうだし、気晴らしにでも行くッスかね……」


 引き抜いた槍から外した鳥を腰に下げてから、司はザマ砦とは別の方向へと走り去っていった。



 一方その頃、ザマ砦を目指していた俊彦達は――


「トシヒコ様、右です」

「右は断崖絶壁です!」

「あ、地図逆でした。左ですかね?これ」

「すみません、今地図見てる余裕ないです。ちょっと、前に使ったあの炎の魔術で敵を一掃してくれません? もしくは、そろそろ自分の足で走るとか!」

「あはー、どっちも無理ですねー」

「年頃の女子を背負うなどうらやまけしからんな。まったく」

「あんたは変なこと言ってないで敵を倒すのに集中しろっ!!」

「あ、トシヒコ様、囲まれましたよ」

「おわったーオレの冒険、これにて終了ーーー」


 絶体絶命のピンチを迎えていた。