第22話

 蒼華騎士団がザマ砦で由那と話をしていたころ、俊彦達は街道を大きく外れた場所を進んでいた。


「足手まといのようで、申し訳ありません……」

「怪我したんだから仕方ないさ」


 思わせぶりなゴブリンが消滅してから、少し歩いたところでアイシャが足を怪我していることがわかった。

 自らの魔術によって発生した地形効果によってダメージを受けたアイシャは足に火傷を負っており、手持ちの薬で応急手当てをした後、大事をとって背負って歩くこととなった。


「そろそろ代わろうか、トシ」

「は……」

「遠慮しときます」


 アイシャを背負うこととなった時から、少し歩く毎にアルバートが同じ言葉をかけてくるが、俊彦が返事をする前にアイシャが断るということが続いている。レーベンガルズに召喚された時から体力が増加している俊彦にとって女性を一人背負うことなど苦でもなんでもないが、アルバートが交代を申し出るのは別の思惑があるからだろう。


 ふざけた中年は無視しつつ、俊彦達はザマ砦を目指していた――はずだった。


「俊彦様、東から魔物が近寄っています。少し西に進路をとりましょう」

「こっちでいいかい?」

「はい! いい感じでザマ砦に近づいてますよ! その調子です!」


 俊彦に背負われてから妙にテンションの高いアイシャの指示によって、魔物を避けつつ北にあるザマ砦を目指しいたのだが、先程から深い森の中を突き進んでいることに違和感を覚える。


「オレの記憶が間違って無ければ、ザマ砦に進む道のりで、ここまで大きな森林は無かったはずだけど……?」

「私の記憶でもそうだが、もしかすると地形が変化したのかも知れんな」

「私はここまで来たの初めてですが、ちゃんと地図に載ってる砦を目指しているので大丈夫ですよ。方角も間違えてません。アイシャナビはパーフェクトです!! これからはパーフェクトアイシャとお呼びください!」


 地図を持ったまま胸を張って俊彦から落ちそうになりながらも、自信満々にアイシャのナビゲートは続いた。

 そして、数時間後――


「つきましたね! 見まごうことなき、砦です!」

「……」


 たどり着いた砦は所々が崩れており、長年ラングリーズを守り続けた傷痕が深く残って――なんか違う。


「ボロボロなんですが……アルバートさん、ザマ砦ってこんなんですか?」

「うむ。薄々気づいていたが、ここはザマ砦ではないな」

「ええ!? でも、地図だと砦って書いて……あ」


 間違えたかも知れない、と呟くアイシャの手から地図を奪い、確認する。

 地図は精巧で砦周辺の地形まで書き込まれていた。周囲は森林。少し進んだ先には川。

 森林を抜けるように作られた道の先にある砦。名前は……


「ハガロの砦」

「間違えちゃったかも知れませんね! しかし、ここがザマ砦である可能性も僅かながらに存在していると、私は思います。なので砦に入ってユナや天弓隊がいるか確認しましょう。ええ、そうするべきです」

「確認するまでもなく、ここはハガロの廃砦だな。中に待っているのはゴーストやグールといった生ける屍アンデッドだろう」

「トシヒコ様、回れ右です」


 アルバートから生ける屍アンデッドの話を聞いたアイシャは、急いでここから離れるよう俊彦に告げる。

 王城を出た時にここを目指すとか言っていたような気もするが、アイシャが小刻みに震えていることに気付き、言う通りに回れ右することにした。


「アイサー。それじゃ戻りましょうか」

「……トシ、走るぞ」

「はい?」

「振り向くな、全力で走れ!」


 アルバートが焦るように叫ぶ。振り向くなと言われたが、声に反応してついつい振り向いてしまう。


「な!? 魔物の大群!!?」

「侵食の影響で普段から魔物が発生しやすい廃砦の魔物も増えたのだろう! 逃げるぞ!! 先に行け!! もしくは、アイシャを背負う係を代われ!」

「遠慮しときます」

「冗談言ってる場合じゃないでしょ!! アイシャさん、ナビお願い!」

「わかりました!」


 ハガロの廃砦から無数に現れた魔物から逃げるため、俊彦達は深い森へ向かって全力で走った。


そして――


「おわったーオレの冒険、これにて終了ーーー」


 絶体絶命のピンチを迎えていた。


「アイシャさん、冗談言ってる場合じゃないです! さっきの魔術ならこの窮地を……」

「ダメなんです、ホントに……すみません」

「ええ、本気でダメなんですか!? もしかしてMP切れとか?」

「MP? それが何かはわかりませんが、私の魔法は多量のマナを消費します。水晶球に蓄積されたマナは先程の戦いで放ってしまいました」

「その、マナが蓄積されるまでどれくらい時間がかかります?」


 アルバートが牽制しているお陰で、まだ大事には至っていない。しかし、魔物は次から次へと現れて包囲を狭めている。

 この状況を打破するには俊彦が持つ聖剣の力を使うか、アイシャの大魔術以外ないだろう。俊彦の聖剣は使おうと思っても使えない。ならばアイシャに頼る他ない。

 アイシャの魔術が再使用できるまでの時間を稼ぐことができれば……そう考えていたが、それも無駄に終わる。


「ある程度の規模の魔法を行使するには、最低でもあと半日はマナを蓄積しなかればなりません。ルーンよりも純度の高いマナ結晶……神煌石しんこうせきでもあれば、なんとかなったのですが……」


 神煌石、それはレーベンガルズにおいて非常に貴重とされる宝石だ。

 どこで採れるか判明しておらず、世界中でも極々一部の者しか手にすることができない。見た目はダイヤモンドに似ており、凝縮されて内容されたマナによって虹色に輝く。

 宝石としての価値もさることながら、膨大なマナが内包されていることから、魔術の媒体としても最高級だと言われている。


 残念ながら、俊彦達は神煌石を持ち合わせていなかった。


「くそ……どうすればいいんだ……」

「私のことは構わず剣をお取りください。二人ならば、この窮地も……」

「つまらんことを言うなアイシャ。私がなんとしても道を開ける。三人で生き残ろう」


 アルバートは周囲に近づく敵を斬り伏せながら俊彦達に声をかける。しかし、あまりにも多勢に無勢だ。

 俊彦達を取り巻く魔物の数は時を追う毎に数を増やしているようだ。この包囲を突破するのは容易ではない。


「聖剣の力され使えれば……ッ」


 俊彦は片手でアイシャを背負いながら、もう片方の手で聖剣を振るい、敵を倒していた。

 なんとか敵を退けてはいるが、余裕はない。聖剣も、光を灯す気配はない。焦りだけが募っていく。

 

「このっ!!」

 聖剣を大きく横に薙ぎ、近づく魔物を切り飛ばす。

「トシヒコ様! 左です!!」


 魔物を大きく引き離そうと焦るように大振りをしたのが仇となった。アイシャの声に反応して目を向けると、巨大な狼型の魔物が俊彦を食い破ろうと大口を開けて迫っていた。


 しかし、牙が俊彦を引き裂く瞬間を狙ったように、狼の身体が不自然に跳ねた。

 どさりと地面に落ちた狼を見ると、頭に一本の矢が刺さっていた。


「矢……? いったい誰が」

「トシヒコ様! 次がきます!」

 

 一瞬呆けてしまった俊彦をアイシャの声が戦場に呼び戻す。迫る敵を斬り伏せようと剣を構えたが、立ちはだかった魔物はゆっくりと地面に倒れた。

 魔物の脳天には、やはり矢が刺さっていた。


 周りを見ると、矢に貫かれた魔物が次々に倒れていくのが見えた。アルバートも同じように弓矢による援護を受けているようだった。


 アルバートと俊彦は、弓矢の援護に合わせるようにして魔物の群れに斬り込んだ。