第24話

 レイル大森林を抜けるために歩きだして、すでに半日が経とうとしていた。

 日はとうに沈み、昼間でも光が届かない森は濃い闇に包まれている。


 俊彦達は手頃な水場を見つけ、その近くで野営をしていた。

 枯れ枝を集めて火をつける。昼間はじっとりとした熱気のあるレイル大森林だが、夜は冷え込みが厳しい。

 幸いにも、司と合流してから魔物と遭遇することはなく、周囲にも魔物の気配は無かった。


「いい場所が見つかってよかったッスね。そろそろ飯にするッス」


 司はどこで手に入れたのか、獣の肉らしき物を木の枝に刺して焼き始める。

 少しすると油が弾けて香ばしい匂いがし始めた。どこから取り出したのか、塩や香草をすり潰した粉をかけて味を整えている。


「いい感じに焼けてきたッス。トシぽん達は何も食べないッスか?」


 司に促され、俊彦とアルバートは携帯用に持っていた干し肉を取り出し、軽く火で炙る。


「干し肉ッスか。それもいいッスけど、肉たくさんあるんで食べるッスか?」

「いいの?」

「いいッスよ。捕ろうと思えばいくらでも捕れるッスから」


 捕る、という言葉に生々しさを感じたが、差し出された肉は油がのっとても美味しそうだ。


「美味い……!!」


 受け取った肉を噛むと、じゅわりと肉汁が染み出してくる。肉は牛肉に近い触感で、司がふりかけた香草が効いているのか生臭さもなく、ほのかに甘い肉の旨味と塩がまざりあって絶妙な味を作り出していた。


「アーさんもどうッスか? けっこうイケるッスよ、コレ」

「遠慮しときます。私、コレがあるので」


 アイシャは差し出された肉を受け取らずに、鞄からチョコレートを取り出して食べ始めた。

 

「それ、ご飯じゃないッスよ……? ちゃんとご飯食べないと怪我治らないッスよ? ちょっと顔色も悪くないッスか?」

 顔色もなにもフードに隠れて口元以外は見えない。アイシャは大丈夫でふ、ともぐもぐチョコレートを頬張りながら適当に返事をした。


「ホントに大丈夫? 火傷は放っとくと酷いことになることがあるって聞いたから、気をつけてね」

 アクセルに冒険のいろはを教わった時に、怪我の応急処置も学んでいる。火傷は切り傷や打撲に比べて適切な処置をしないと重症化しやすい。手持ちの薬で応急処置をし、大事をとって背負って歩いたが魔物との戦いで激しく動いたので、ひどくなっていないか心配だ。


「一日背負ってもらったので、お陰様で随分楽になりました。明日からは自分の足で歩けると思います!」

「なら、いいけど。あとでまた傷口を消毒して薬草塗っておいてね」

「はい。ちょうど食べ終わったので、水場の方で包帯とか取り替えてきます」

「一人で大丈夫? 手伝おうか?」

「大丈夫です。私も回復魔術が使えない分、医療の勉強はしっかりしてるので。それに周辺には魔物の気配もないですしね」


 行ってきます、と怪我をした足をかばうようにぴょこぴょこと歩いて行った。

 まだ痛むのかな、と治療に向かったアイシャの方を見ていると、アルバートが真剣な声で語りかけてきた。


「トシ、どう思う?」

「なにがですか? さすがに包帯を取り替えるのを覗くなんて言わないですよね」

「む、それは良いかも知れんな。だが、今はそれよりも……」

「この森からどう出るか、ッスね」


 二人はいつになく真剣な面持ちだった。森をどう出ると言われても、普通に歩いてでるのではないかと思う。


「おそらく、このまま歩いていても森からは出られんだろうな」

「え、なんでですか?」

「ありゃ、気づいてなかったッスか?オレたち、現在迷子中ッスよ」

「はい!?」


 先導は任せろと言ってずいずい前に進んでいた司から、予想外のカミングアウトがきた。


「迷子というと語弊があるな。どうにも、惑わされているようだが現在の位置は把握しているか、ツカサ」

「なんとなくッスけど、ハガロの廃砦近くをぐるぐる回らされてる感じッス」

「大量の魔物が出現したのも、あの砦だ。やはり何かあるな」

「明日、日が昇ったら行ってみるッス」

「そうだな。先程から魔物が不自然に少ないのも気になるが、今は休んで体力を温存するのが良いか。アイシャが戻れば明日の予定を伝えて交代で火の番をして眠ろう」

「わかりました」


 三人は各々装備を点検し、荷物を確認するなどしてアイシャの帰りを待ったが、どうにも帰りが遅い。


「ちょっち、遅すぎないッスか?」

「包帯を取り替えるだけにしては、あまりにも遅いな」

「ちょっと様子を見てきます」


 ランタンに火を灯してアイシャがいるはずの水場へと向かう。

 野営地から歩いて五分もかからないその場所は小さな泉があり、暗く湿ったレイル大森林において異質な程に清く澄んだ空気が流れていた。

 野営地を泉の近くにしたのも空気が澄んでいたからだ。周囲に魔物が少ないのも、この泉が関係しているのかも知れない。


 泉についた俊彦はアイシャを探して泉の周辺を歩いて行く。少し歩くと、人が歩いた跡があり、それを辿ると汚れた包帯が落ちていた。

 しかし、アイシャの姿は見えない。


「なにか、あったのか……」


 周囲を見渡しても、アイシャの気配どころか、生物の気配はどこにもない。

 まるで泉の周りだけ世界から切り取られているように静寂に満ちていた。


 あまりの静けさに不安がこみ上げてくる。ぬるい風が頬を撫でた。


 不意に、ランタンの火が消えた。辺りが暗闇に包まれる。

 突然の出来事に気が動転しそうになるが、深呼吸をして気を落ち着ける。

 

「やっと、一人になってくれたわねぇ……フフフ」

 闇と静寂に包まれた森の中に、妙に艶っぽい女性の声が響いた。


 剣を抜き、声がした方向に目を向けるが、誰もいない。


「あらぁ、そっちじゃないわよぉ」


 後ろから聞こえた声に反応し、振り向きながら剣を振るう。手応えはない。


「こっちよ、こっち……フフフ」


 また違う方向から声が聞えて振り返る。


「そう、こっち……フフ。遊びましょう、勇者」


 振り向いた先では、暗闇の中に、声を発していたであろう女性の赤い眼が光っていた。