WEB小説

第25話/全45話

森の賢人

「アハッ! 怯えちゃって、可愛いわねぇ」


 暗闇に浮かぶ赤い双眸が尾を引くようにして動いた。惑わすような動きだが、なんとかついていくことができた。

 剣を構え、どこから攻撃がきても対処できるように集中する。


「あら、これくらいならついてこれるのね。じゃあ、これでどうかしら」


 赤い軌跡が一際大きく揺れたあと、ふっと消えた。

 敵を見失ったことに動揺したが、焦らず五感を研ぎ澄ましていく。

 どんな戦いでも心は常に冷やしておけ。師の教え通りに、心を揺らさず冷静にできることをする。


 肌で風を感じ、僅かな音も見逃さないように耳をすます。闇に慣れてきた目に映る僅かな情報も見逃さない。


「そこだっ!!」

 闇に赤い軌跡が浮かぶ瞬間を俊彦の剣が捉える。しかし――

「うひゃっ!?」

 斬撃は空を斬り、後ろに回り込んだ敵から耳に息を吹きかけられて変な声が出てしまった。


「フフッ。可愛いわねぇ、もっとお姉さんと遊びましょ」

 耳元で囁かれて心臓が跳ねる。急いで振り返るが、甘い香りを残して赤い双眸は闇に消えていた。


「次はどんないたずらしようかしらね。フフフ」


 喜色を含んだ声が闇に響く。同時に闇の中で僅かに感じられていた気配が途絶えた。

 途絶えたと思えば、後ろに気配が現れ、剣を振るえばまた消える。俊彦は完全に遊ばれていた。


「さてと、少し遊びすぎたかしらね」


 縱橫に動き回っていた赤の軌跡が俊彦の正面で止まり、値踏みするようにじっとこちらを見つめてくる。

 何かが、くる。敵の雰囲気が変わったのを感じた俊彦は正眼に剣を構え、敵の動きに備えた。


「あはっ、やる気になった顔も可愛いわぁ」

 敵から受ける重圧がさらに膨れ上がる。ギリと歯を噛み、剣を握る手に力を入れた。くるなら、こい。


「いい! いいわねぇコレ!! 今日は美味しいお酒が飲ぶへぁっ!!?」


 何が起きたのか、赤い双眸が明滅し、敵の重圧が霧散していく。


「いったぁーい……これから楽しくなるって時になにすんのよぉ!」

「やりすぎだ。誰が遊べと言った」

「いーじゃないのよぉ。たまにしか外出ないんだから、出た時くらい遊んでも」

「遊びにきたわけではないだろう。目的を間違えるなアトレイア」

「はいはい、ほんっとアンタは面白くないわね。そっちの勇者君の方が全然面白いわ。ね! 勇者くん!」


 唐突に話をふられて戸惑う。なんと言っていいか分からないが、相手にはもう戦う意思はなさそうだ。


「困っているだろう。すまないな、勇者。少し、私たちの話を聞いてほしいのだが、良いか?」

「はあ。それは良いんですが、ちょっと暗いのでランタンをつけてもいいですか?」


 闇に目は慣れてきたが、先程から話をしている男女の姿はよく見えない。敵意は感じないが、顔も見えない相手と話をするのもどうかと思う。


「ああ、これは気が利かなくてすまないな。アトレイア」

「はいはい。やりますやります。ホント、アタシをこき使わせたらアンタが世界一だよ」

 

 愚痴をこぼしながらも、アトレイアと呼ばれた女性の手の平に光が集る。集まった光を一度握ってから上に放り投げると、周囲が昼間のように明るくなった。


「フフ……どう? お姉さん凄いでしょ」


 先程まで赤い瞳だけしか見えなかった女性の姿が顕になる。

 ピンクがかった白髪に赤い瞳。身長は女性にしては少し高めで、胸元が大きく開いた露出の多い衣装がスタイルの良さをより強調していた。

 誰もが振り向くような魅力的な女性だが、俊彦達と決定的に違う部分があった。


 それは、肌の色。アトレイアと呼ばれた女性の肌は、人間ではありえないような青黒い色をしており、結った銀髪からのぞく耳の先が尖っていた。


「やりすぎだ」

「あいたっ」


 そんなアトレイアに拳骨を落とした男性は、アトレイアとは対照的に肌が異常に白い。薄く茶色がかった金髪に尖った耳。森を思わせる緑の軽装に身を包んでいる。

 その特徴からこの男性は、映画や漫画でよく見る亜人種、エルフであろうことが伺えた。


「まったく、誰がこんなに明るくしろと言った。なんのために彼が一人になるのを待ったと思ってる?」

「わかってるって。この泉周辺は結界で隔離してるから、明るくしてもうるさくしても大丈夫よ。せっかくお話するんだから、勇者くんも明るい方がいいわよね?」


 話も展開も唐突過ぎて何もついてけない状況に、俊彦は目を白黒とさせるしかできない。


「いきなりで驚いただろうが、私たちは君達に危害を加えるつもりはない。先程も言ったように、少し話がしたいのだ」

「イクフェス、いきなり話を切り込みすぎよ。初対面なら先にやることがあるじゃない。ね、勇者くん」


 アラフェスは顔にかかる髪を払い、腰に手を当ててポーズをとった。

「初めまして。私はアトレイア・ハルギル。見てわかると思うけど、ダークエルフよ。さっきはいたずらしちゃってごめんね」

 そう言って、俊彦に向けて軽くウィンクをする。自己紹介をしたアトレイアを見て、イクフェスはハッとしたように姿勢をただして向き直った。


「自己紹介もせず失礼した。私はエルフのイクフェス・ラシュルヌだ。先程も言ったが、君と少し話がしたい」


 自己紹介を終えたイクフェスは真剣な目で俊彦を見つめ、頼む、と頭を下げる。その横では先程までのふざけた雰囲気を消したアトレイアも頭を下げていた。


「ラングリーズのトシヒコ・タツミです。お二人が悪い人じゃないことは、わかりました。話を聞くのもいいんですが……先にやらなきゃいけないことがあるんで、その後でいいですか?」


 真摯な態度を取る二人に対して俊彦も真摯に答える。二人に告げたように、話を聞く前に消えてしまったアイシャを探さなければならない。


「用があるならその後でも構わない。私たちで手伝えることならば、手伝うが?」

「一緒に旅をしている仲間が、この泉に向かったまま帰ってこないんです。怪我をしてたので心配で……探すのを手伝ってもらえると助かります」

「泉に向かった仲間?」

「ああ、あのローブを着た女の子ね。それなら、探すまでもないわ。ついてきて」


 居場所を知っているらしいアトレイアに促されて二人の後ろをついていくと、俊彦達が野営している場所から泉を半周して反対側に位置する場所に、少しだけ開けた広場のようなものがあった。

 その広場の中心は薄い霧がかかっており、アトレイアが作り上げた明るい結界内でも中を見ることはできなかった。

 

「ちょっと待ってね。周りの魔物は片付けたんだけど、離れて動くの心配だったから霧の結界つけててさ」


 アトレイアがパチンと指を鳴らすと、色濃く漂っていた霧が晴れる。

 霧が晴れた広場には、薄く輝く魔法陣の中心に寝かされたアイシャがいた。


「アイシャさん!!」


 俊彦はアイシャに駆け寄って膝をつき、様子を見る。ローブが剥がれかかっているが認識阻害の魔術効果か、顔を判別することはできない。顔は判別できないが、額に汗が滲んでおりひどく苦しそうな呼吸をしていた。


「良くない状態だ。私もアトレイアも、回復の魔術に疎くて応急的な陣しか作れなかったが、先程よりは多少マシになったか」

「泉の辺りで倒れてたのを保護したんだけど……。手持ちの薬じゃ効かなくてさ。神官か薬師でもいれば楽にしてあげられるんだけど」


 アトレイアは泉の水で濡らしていた布でそっとアイシャの額を拭った。


「どうして……さっきまでは普通だったのに……」

「アナタ達に心配かけまいと無理をしていたんでしょう。普通はこんなになる前に治療するもんだけどねえ」

 言いながら、アトレイアはアイシャの汗を優しく拭っている。


「この森は魔素や瘴気が濃い。健常な者ならばそれほど問題はないが、怪我をして弱っている者はそれが悪化することが多い。すぐに死ぬ、というわけではないが、このまま放っておけば危険だ」

「早く森からでないといけないってことですね」

「その通りだ。だが、今のこの森からは簡単には出られん」


 森から簡単には出られない。アルバートと司が惑わされている、と言っていた。それと関係があるのだろうか。


「それで、話があるんだけど聞いてくれるかしら?」

「急に現れて疑わしいとは思うが……」


 アイシャを保護してくれた二人。先程の話を聞く限りだと、周囲に魔物が居ないのも二人のお陰だろう。感謝こそすれ、疑うようなことはない。

 

「わかりました。お願いします」


 俊彦はアイシャの傍らに座った。二人も俊彦に向かい合うように腰を下ろし、話をはじめた。