第26話

 話を聞いた俊彦は仲間であるアルバートと司をアイシャが眠る結界へと連れてきていた。


「ラングリーズ王国騎士、アルバート・ナイセルだ。仲間を助けてくれたこと、感謝する」

「ツカサ・ミタライっス。さっきの戦いでオレが射るより敵が減るの早いなーって思ってたスけど、そっちの兄さんも助けてくれてたんスね。感謝ッス」


 アルバートと司がイクフェスとアトレイアに挨拶をする。

 最初、司は警戒していたようだが、二人の態度とアイシャに対する処置から二人を信用しても良いと判断したようだ。


「マルドアのエルフ、イクフェス・ラシュルヌだ。偶然ではあるが、ラングリーズの『剣鬼けんき』殿と『神箭しんせん』殿と共に戦えることを嬉しく思う」


 イクフェスの言葉に聞き慣れない言葉があった。

 神箭しんせんとは、おそらく天弓隊の副長を務める司のあだ名であろう。

 しかし剣鬼けんきとは……。アルバートのことを指していと思われるが、剣の腕が凄まじいのはよく知っていても、普段の雰囲気から剣鬼という言葉につながらない。


「マルドアのイクフェス・ラシュルヌ。もしや『順風耳じゅんぷうじ』のイクフェスとは、貴殿のことか?」

 一方、自己紹介を聞いたアルバートは俊彦とは別の部分で驚いていた。どうやら、イクフェスの名に覚えあるようだ。


「そう呼ばれたこともあったな。マルドアに篭ってからは聞くことも無かったが、よくそんな古い名を知っておられる」

「へぇ、イクフェスって有名だったんだね。ただの嫌味なやつかと思ってたわ」

「君に言われたくはないがな。知名度でいえば君の方が確実に上だぞ、アトレイア」

「ダークエルフのアトレイア……。伝説にある『反魔アンチマジック』のアトレイア・ハルギルか!」

「あら、私のことも知ってたのね。でもそっちはなんか可愛く無いから嫌なのよねぇ。まあ、あだ名なんてなんでもいいけど」


 イクフェスとアトレイアの素性にアルバートが驚愕していた。この二人の亜人はそれほどに有名なのだろうか。


「有名どころの話ではない。トシ達より以前、最初にこの世界に召喚された三人の勇者と共に語り継がれる伝説の偉人だ。まさか、このような場所で相まみえるとは……」


 最初に召喚された勇者の伝説。ザマ砦の名前の由来にもなったクラノスケ・ザマの伝説だ。

 今から数百年も昔の話だと聞いている。目の前にいるイクフェスとアトレイアが伝説として語られるような人物だというが、俊彦と司はあまりピンときていなかった。アルバートは二人を交互に見て、しきりに頷いている。


「私達の素性を知っているのならば、話が早い。先程、タツミ殿には話をしたのだが、まずは我々がラザ河を越えてレイル大森林にいる理由から話したい」

「あー、それはオレも気になったッス。緩衝地域としてラングリーズもマルドアも不可侵だけど、いちおう、ここはラングリーズ王国領ッス。マルドアのエルフがいるのはちっと良くないッスね」

「ツカサが狩りにかこつけて度々侵入していたのも、よくはないがな」


 アルバートにつっこまれた司は、おっちゃんは痛いとこついてくるッスねー、と頭をかく。


「それについては容赦してくれと言う他ないな。本来ならばラングリーズに報を入れて対処すべき問題だが、マルドアに被害が及んでいた以上、早急に対処する必要があったのだ」

「レイル大森林がマルドアに被害をもたらしている、ということだな」

「そうね。アタシ達やアナタ達は簡単にラザ河を越えることはできないけど、魔物はそうでもないからねぇ」

「魔物がラザ河を越えてマルドアを襲撃したッスか?」

「それもある。しかし、多少の魔物ならば対処は難しくなかったのだが、魔物が残したマナが問題になった」

「?? どういうことッスか?」


 司の疑問はもっともである。古来よりマナは大気に満ちる力であるが、それは色のない空気のような物だ。魔術の糧になることはあっても、それだけで人や環境に大きな影響を及ぼすことはない。

 稀に多量のマナが発生して災害となることはあるが、レイル大森林の様子を見ても災害となるほどに多量のマナが充満している気配はなかった。


 ただ――


「君達も感じているだろう。森に溢れる異質なマナの流れを」


 イクフェスが言う通り、この森の空気はどこか異質だ。元より魔素や瘴気といった、魔物を活性化させたり生ける屍アンデッドを発生させる原因ともなるエネルギーが満ちた場所である。

 しかし、それとは別に、何か言い知れぬ力が満ちているような感覚がまとわりついていた。まるで森全体が一つの生き物であるかのような、悪意のある気配。


「なんかヤな感じはするッスね。もしかして、森がオレたちを出さないようにしてるのと関係あるッスか?」

「神箭殿の言うとおりだ。この森は生きている。入り込んだ者を喰らい、尖兵となる魔物を送り出して除々に大きくなっているのだ」


 森が生きているなどと信じがたいことではあるが、この世界は俊彦の常識の外にある。そういうことがあってもおかしくはないのだろう。


「ここ最近、異質な気配を感じてはいたのだが、先日の大規模な侵食からその気配ははっきりとしたものとなった。時を同じくして、マルドアに魔物が現れるようになったのだ」

「この魔物が厄介なのよねぇ。大して強くないから倒すのは難しくないんだけど、倒した後の死体から発生するマナが周囲のマナを変質させて、うごめく森――あ、今のレイル大森林のことをこう呼んでるんだけどさ、うごめく森で生み出された魔物から発生するマナが周囲のマナを変質させて、森の一部に変えてしまうのよ」


 うごめく森。生きているように広がる森。自ら魔物を生み出し、それを利用して巨大化していくという。先日の侵食からそれほどの時間は経っていないが、すでにマルドアの少なくない地域がうごめく森の一部となっているようだ。

 おそらく、ラングリーズ側でも広がっているだろう。イクフェスの見立てでは、ここ数日で以前より三割程大きくなっているという。


「数日でそこまで……恐ろしい早さだな。このまま放置すれば、早晩世界はレイル大森林に飲み込まれてしまう」

「こわいッスね。でも、魔物の死体から出るマナのせいで大きくなるなら、倒さないようにすれば良いんじゃないッスか?」


 たしかに、どこか一部の場所にうごめく森の尖兵を捕らえておけば、森の肥大化を止められると思われる。


「だと良かったんだけどね。森から生み出された魔物は、殺さなくても一定時間でマナに戻るのよ。それで周囲のマナを変質させてしまうわ」

「結界に閉じ込めても、結界内がうごめく森に取り込まれる。そうすると、また新たな魔物が生み出され違う場所を蝕み始めるのだ」

「それじゃ対処のしようがないッスね。大魔法で森ごと焼き尽くすとかしないと無理っぽいッス」

「まさに。大規模な結界に閉じ込めるか、焼き尽くすかしか手はないだろう。しかし、それを行うにも規模が巨大すぎる。ラングリーズの聖杖の勇者やイセンの大魔道であっても、ここまで肥大化した森を焼き尽くすことは難しいだろう」

「そりゃそうッスね……いや、弥生さんならワンチャン……」

「何れにしても、マルドアの森が侵食されている以上、その方法は最後の手段にしたい」

「んじゃ、他に方法があるッスか? このままだとやばいッスよね」


 広がり続ける、うごめく森。どれほどの大きさまで広がるかは分からないが、早い段階で対処をしなければ大変なことになる。


「方法はある。その為に私とアトレイアはこちら側に足を踏み入れたのだ」

「その方法とは?」

「それは簡単よ。核となるものを潰せばいいわ」

「核? レイル大森林をうごめく森たらしめる原因があるというとこか」

「そういうことだ。マナの変質、環境の変化、そして生み出される魔物がマナへと戻る現象。それらを合わせると自ずと答えは見えてくる。それは――」

「魔術、ですね」


 声がした場所に目を向けると、魔法陣の中で眠っていたアイシャが目を覚ましていた。