第28話

 夜が明けた。暁光ぎょうこうも届かない森は、夜のように暗いままだ。

 周囲のマナを変質させ、広がり続ける『うごめく森』。

 うごめく森に足を踏み入れた者は、生命力を奪われ森の糧となる。


 光の届かない暗い森を歩いていると、まるで生物の胃袋の中にいるような気がしてくる。

 

「事実、我らはうごめく森の胃の中にいるようなものだな」

「ヤな感じよね。さっさと息の根止めて外に出ましょ」


 俊彦達は夜明けと共に、動き出していた。目指す場所は、うごめく森の核があると思われるハガロの廃砦。

 元より、うごめく森によってハガロの廃砦から離れられない状況にあった為、目的の場所にはすぐにたどり着いた。


 砦の正面に繋がる道を避けて裏手に回り、砦の様子を伺いながら最後の確認をする。


「作戦と呼べる程のものではないが、話した通り、なるべく私の指示に従ってくれ。神箭しんせん殿が戻り次第、出るぞ」

「その呼び名はかっこいいッスけど、仲間っぽくないから呼び捨てでいいって言ったじゃないッスか、イクちょん」

 

 一人先行して砦の様子を見に行った司が樹上から飛び降りてくる。


「む、すまん。それで様子はどうだった、ツカサ」

 変な名前で呼ばれたことに触れもせず、イクフェスは司に状況を尋ねる。

 一行が夜明けに野営地を出てここに至るまで、道中で魔物に襲われなかったことから、砦に魔物が集まっていると予想していた。


「イクちょんの予想通りッス。わんさかいたッスよ。正面の方が広場になってる分、数は多かったッスけど、周囲を埋め尽くすくらいいたから、裏から攻めてもあんま変わらないッスね。あと、砦の裏っかわ、キモいッス」

「キモい?」

「なんかビッシリって感じで樹が絡みついてたッス。正面からじゃわからなかったッスけど、アレが核っぽいッスね」

「私が見たものと同じだな。恐らくはその先、砦の内部に核があるのだろう」


 大事をとって少し距離が離れた場所にいるため、砦に樹が絡みついている様子は見えない。しかし、司とイクフェスの話から、砦の裏側にうごめく森の核となる樹木が存在するようだ。


「裏側に核があるのはわかった。だが、朽ちているとはいえ砦だ。裏口が存在するならばそこを目指せばよいとは思うが、正面の守りから考えて内部に侵入するのは難しいのではないか?」

「アルバートの言うとおりだな。だが、それについては心配はいらん。砦の壁に穴を開けるくらいなら問題はないさ」


 砦の壁を破壊する手立てが、イクフェスにはあるようだった。俊彦は手に持つ聖剣に目を向けた。


 あの時の、王城で魔族と戦った時に放った光の力があれば、魔物ごと砦を消し飛ばすこともできる。あの光があれば……。

 聖剣は少しだけ光を放っているように見えた。しかし、あの時程の力は感じられない。


 使い方のわからない力を期待しても仕方がない。今持てる全力を尽くそう。そう決意して司に目線を送る。


「んじゃ行くッスか」

「そうだな。手はず通り、最初にツカサが牽制した後にアルバートとトシヒコが敵に切り込んでくれ。ツカサは牽制後に二人を援護だ。アトレイアはアイシャを守りつつ、適時支援魔術を。私は援護しつつ機を見て壁に穴をあける」


 全員が頷く。トシヒコとアルバートは剣を構え、アイシャは気力を振り絞って自らの足で立つ。


「はじめるッス!」


 ――来い、猟神の弓イチイバル


 呼びかけに応えるように、司の手に一張りの弓が現れた。

 疑似神器、と呼ばれる武器だ。準勇者は神器の顕現ができない代わりに、自らが選んだ武器を神器として契約して自由に出し入れすることができる。

 伽奈美が持つ槍も同じく疑似神器であり、銘は蜻蛉切とんぼぎりというらしい。どこかで聞いた名前だが、銘は契約の際に好きにつけることが可能だ。


 勇者が顕現する神器も同じく自由に出し入れが可能だが、神器の力を扱いきれていない俊彦はそういった能力を利用することができない。


「今日も猟神の弓イチイバルはゴキゲンっスね! いつものアレやるッスよ!!」


 司が天に向けて猟神の弓イチイバルを引き絞る。つがえた矢に周囲のマナが集まり薄緑色の光が灯る。


「狩り尽くすッス!大食らいの相棒グラト・アマトゥス!!」


 放たれた薄緑色の矢は弧を描きながら、二つ、三つと分かれていく。やがて空を覆い尽くす程に分かたれた矢は一つ一つが意思を持っているかのように、あり得ない軌道を描きながら魔物の急所を穿つ。

 それだけでは終わらない。魔物を穿ち突き抜けた矢は大地に刺ささり、周囲の地面を変化させる。

 変化した大地は薄緑に光り、その場に立つ魔物の動きを鈍らせていた。さらに魔物の身体からは淡い光が放たれており、変化した大地に吸い取られているようだった。


「凄い……これが司の奥義……!」

 広域に降り注いだ矢は、砦背面付近にいた魔物を蹂躙した。ほとんどの魔物は薄緑の矢に貫かれて絶命し、生き残った魔物も変化した大地に力を奪われて動きが鈍りだしている。


「この森も、まぁまぁ大食いみたいッスけど、オレも負けてねぇッス。それよりも出番ッスよ、トシぽん」

 

 司の言葉に我に帰る。アルバートはすでに剣を抜いて駆け出していた。魔術の支援を受けているのか、剣には赤い光を、身体には青い光を纏っている。

 

「勇者ちゃんも、頑張ってね」


 後方からアトレイアの声がしたと同時に、俊彦の身体を光が包む。

 光に包まれた身体に活力が満ちていく。アトレイアの支援魔術だ。


「行きます!!」


 アルバートの背を追うように駆け出し、森を抜けた。

 司の奥義によって魔物の数はかなり減らしたはずだが、砦の中や周囲からどんどんと魔物が集まってきて、あっという間に周りを埋め尽くしていく。


「だああああああっ!!」


 駆ける勢いのままに聖剣を横薙ぎに振るう。支援魔術によって強化された聖剣の一撃は触れた魔物を両断し、余波で周囲の魔物を吹き飛ばした。


 初撃で作られた群れの空隙に飛び込み、続け様に剣を振るい、前へと進む。

 正面から襲い掛かってくる魔物を上段から袈裟斬りにし、返す刃で左方から迫る魔物を斬り上げる。空いた背を狙う魔物が矢に射抜かれて絶命したのを確認し、剣を両手で持ち直した俊彦は剣を腰に構えて力を貯める。

 

「吹き飛べっ!!」

 貯めた力を一気に放つように、体ごと回転させながら剣を振り抜く。振り抜いた剣からは衝撃波が走り四方の魔物を吹き飛ばしていった。

 

「はぁはぁ……」


 周囲の魔物を吹き飛ばすことで、束の間の余裕を得た俊彦は、息を整えながら砦の様子を伺う。

 どこから湧き出てくるのか、魔物の数は減っているように見えない。


 まだ、戦いは始まったばかり。砦までの道は、遠い。


 俊彦は一度だけ深呼吸をしてから、魔物の群れへと飛び込んで行った。