第29話

 アルバートは群がる魔物を倒しながら、周囲に気を配っていた。


 このような乱戦に慣れていない俊彦には、すでに周りは見えていないだろう。目についた魔物をがむしゃらに斬りつけている。

 目に映る敵を斬り伏せ、身体が動く限り血を撒き散らす。若き日の自分を見ているようで、少し羨ましくなった。


 最小限の動きで魔物の攻撃を避け、避ける動きと共に魔物の急所に剣を当てる。攻撃の勢いにのった魔物は自らの力で斬り裂かれ、絶命する。

 流れるような動きで次々と魔物を倒す姿に、剣鬼けんきと呼ばれた頃の面影はない。いつから、このような綺麗な戦いをするようになったのか。

 

「年を取ると余計なことを考えてしまうな。今は、つまらんことを考えている場合ではないか」


 うごめく森によって奪われた生命力は戻ってはいない。断続的にかけられるアトレイアの支援魔術によって、なんとか戦えるだけの力を得ているが、無駄な体力を使う余裕はなかった。


 できることをするしかない、と雑念を払い、目の前に群がる敵を倒すことに集中した。


***


 俊彦達の進む道を示すように、魔物に矢を射掛けながらイクフェスは戦況を分析する。


 俊彦が怒涛の勢いで魔物を蹴散らし、周囲に漏れた魔物をアルバートが斬り捨てる。

 後方に抜けてきた魔物は司が対処し、アトレイアはアイシャを守りつつ支援に徹することができている。


 状況は悪くない。敵の勢いも最初は凄まじいものがあったが、今はその数を徐々に減らしていた。


「ラングリーズの勇者、か。味方であれば、これほど心強い者はいないな」


 アトレイアと共に砦を調べていた時は、手に負えないと感じていた。イクフェスとアトレイアの実力があれば魔物を掃討することはできるが、それも敵を押しとどめる者がいて初めて可能になる。


 神器の力を扱えない勇者と、うごめく森に生命力を奪われ、全力を発揮できそうもない騎士。弓使いが一人と、足手まといとなる負傷者が一人。最初はこのパーティでは戦いに勝つことは困難だろうと考えていた。

 しかし、ラングリーズの勇者は予想以上に強かった。苦戦は免れないと思っていたが、想像よりも遥かに早く敵の勢いを落としている。


「そろそろ、頃合いか。さて、鬼が潜んでいなければいいのだが」


 ここまでは、自分が考えていたよりも順調だ。しかし、ここからは予測がついていない戦いに移行する。

 じっと、砦壁を凝視する。

 見据えた砦壁にはびっしりと樹が絡みついている。樹は生きているかのように脈動し、禍々しい気を放っていた。


 開けてはならない蓋かも知れない。しかし、こじ開けなければ、先が無い者達がいる。知ってしまったからには、放っておくことなどできない。

 森の老人達は人間達のことなど放っておけと言うだろうな、と苦笑を浮かべつつイクフェスは弓を構え、目を閉じた。


「森よ、風よ、大地よ……我が呼びかけに応えよ」


 一陣の風が吹き抜けた。イクフェスから標的である砦への道を示すように。

 吹き抜けた風を追うように大地から薄い緑色の蔦を模したエネルギーが生まれる。


 エルフに備わる森の加護の力は、邪悪な力に支配されたうごめく森の中でも、驚異的な力を発揮した。

 次々と生み出される、蔦のようなエネルギーはこの地に新たな森を生み出そうとしている程だ。


 イクフェスは弓を引き絞り、目を見開く。

 大地から生み出された小さな森とも言える蔦が、呼応するように風の道を走り砦へと突き刺さり、絡みつく。

 絡みついた蔦は、ハガロの廃砦背面の壁を覆い尽くす程に絡みついている。


「大地の恵みも、我が忌まわしき定めの前では灰となる」


――森を焼く者オルム・ラ・シュルヌ


 引き絞った弓から矢が放たれる。矢は流星のように発光し渦巻く炎を引き連れて進む。

 全てを灰燼かいじんと化す流星は、射線にいる魔物を消し去り、尾を引く炎は周囲を焼き尽くす。


 『ラシュルヌ』。イクフェスに贈られた名。それはエルフの古い言葉で『燃える木』の意味を持つ。

 その名が示す通り、イクフェスはエルフでありながら火の加護……エルフにとっては、呪ともいえる力を持って生まれた。


 風と大地に愛され、森の加護を受けるエルフにとって、火の力は忌むべき力である。マルドアにあって、その力を行使することは禁忌ともいえた。

 しかし、イクフェスは忌まわしき『ラシュルヌ』の力を行使することをいとわない。それが誰かの力になるのならば、エルフの定めた掟など、どれほどのこともない。


――消え去れ


 イクフェスが呟く声を引き金に、周囲は目を覆わんばかりの光に包まれた。