第3話

 目を覚ますと、そこは見たことの無い部屋だった。

 天蓋付きの大きなベッド。床には高級そうな絨毯が敷かれている。

 白い壁は金や赤、青の飾りで装飾されており、中世の貴族が好みそうな、過度な装飾が施された調度品が置いてあった。


「どこだろ、ここ? すごい部屋だな」


 明らかに自分の部屋ではない。まだ夢を見ているのではないかと思ったが、先程からこめかみに走る鈍痛と全身を覆う倦怠感がそれを否定していた。


 眼が覚めた、ということはどこかで意識を無くしたか、眠ってしまったということだ。眠る前に何をしていたんだろうと、突然見知らぬ場所で目を覚ましたにしては、妙に冷静に考えている自分に少し驚く。


「かといって、慌てたところでなぁ。誰か人がいればパニックにもなれそうだけど……」


 遊園地かなにかで遊んでいて、熱中症にでもなって倒れたんだろうと思うことにした。

 そのうち誰かが現れて事情を説明してくれるだろう。そう決めつけて、もう一度寝ようとベッドに横になり、いい匂いがするなーなどと、どうでもいいことを考えていた。


 ベッドに顔を埋めていると、不意にドアが開く音がした。どきりとして音がした方を見る。


 ドアを開けて入ってきたのは、中世ヨーロッパの騎士のような格好をした男性。

 見たところ日本人のようなので、やはり遊園地で何かあったのだろうと思った。


「やあ、やっと目を覚ましたね。気分はどうだい? どこか痛むところはないかい?」


 騎士の格好をした男性が優しそうな声で語りかけてくる。


 ――気分は、悪くない。


 頭が少し痛くて、ちょっとだけ身体がだるい。男性の目を見ながら質問に答えることもせずにそんなことを考えていた。

 そんな自分を見て少し首をかしげた男性は、頭を掻きながら申し訳なさそうに自己紹介を始める。


「はは、急に話しかけて驚かせてしまったね。僕はユウマ。神田かんだ 悠真ゆうまだ。君と同じ日本人だから安心してほしい。君の名前は?」

「えっと……トシヒコ。オレは巽俊彦って言います。オレ、なんでこんなところで寝てたんですかね……?」


 自分の名前を伝えると神田は満足そうに頷き、ちゃんと説明しないとね、と椅子を引き寄せてベッドの近くに腰掛ける。


「実は、事故があってね。その事故に巻き込まれて、君は気を失ってしまったんだ」


 事故。やはり遊園地で遊んでいて事故にあったみたいだ。しかし、自分の記憶を探ってみても、遊園地に行った記憶は無い。

 もしかすると事故のせいでそれすらも忘れている可能性はあるが……そもそも自分に遊園地へ行くような趣味はない。幼馴染の咲良さくらちゃんに誘われて、中学生の頃に一度行ったきりだ。


 何れにしても、聞いてみれば全ては分かることだ。この優しそうなコスプレ従業員……というか、このコスプレは凄いな。ただの従業員にまでこれほど精巧な衣装を着せるなんて、余程こだわりのある遊園地なのだろう……と、思考が脱線し始めたので、素直に状況を聞くことにした。


「あの、神田さん、でしたっけ。ここはなんていう遊園地なんですか? 住んでた場所から考えると関東最大の夢の国、だとオレは思ってるんですが……それにしても、凄いですねここ。神田さんの衣装もそうですけど、部屋の造りとかも本物の中世のお城みたいだ」

「あー……」


 質問が唐突過ぎたせいだろうか、神田は困ったように頭を掻きながら悩んでいる様子だった。しかし、ひとしきり悩んだのか、意を決したように顔をあげて、ゆっくりと喋りだした。


「突然のことで驚くだろうけど、冷静に聞いてほしい。ここは遊園地じゃないし、テーマパークでもイベント会場でもない」


 遊園地じゃ無ければどこだろう? と首をかしげる。

 続けて神田は、一言一言、間違えないようにゆっくりと告げた。


「ここは、日本じゃない。そもそも、地球ですらない。ここは、レーベンガルズ。剣と魔法が支配する世界だ」


 言っている意味がよくわからない。日本でも、地球でもない、剣と魔法の世界? それって……


「わかりやすく言うと、異世界だ。君は日本から異世界に召喚されたんだ、巽俊彦君」


 そうかそうか。寝ている間に剣と魔法の異世界に召喚されたのか。そうかそうか。

 そういえば、学校の友達が最近ネット小説では異世界モノが流行ってるって言ってたな。確か、いきなり異世界に召喚されるなり転生するなりして、勇者になって魔王を倒すとかなんとか。


「ははは、異世界召喚なんて冗談が上手いですね、神田さん。次はオレに勇者になって魔王と戦えとか言ったりして」

「あ、はははは……、冗談じゃないんだけどなぁ」


「あら、今度の勇者は理解が早くていいわね。自分で自分の役割がわかってるなら、話が早くて助かるわ。ちょうど皆集まってるから、一緒に話をしましょ。これからの話をね」


 突然現れた女性にそう言って手を引かれ、強引に部屋から連れ出されてしまった。


 手をひかれながら、何気なく女性を見つめる。

 自分より頭一つほど小さい女性。薄茶色で内側に巻かれた髪は腰まで伸び、歩くと良い香りがする。

 繋いだ手は柔らかく、すらっと伸びた長い足に、抱き寄せれば砕けてしまうのではないかと思うほどに細く、くびれた腰。大きく開いた胸元には豊満な胸が谷間を作っており、不意に見てしまった自分がひどくいけないことをしているような感覚に襲われた。


「あーれー? 今度の勇者ちゃんはヤラシイ感じの子かな~?」


 視線に気づいた女性が笑顔でこちらを見上げてくる。

 このように綺麗な女性にいたずらっぽく見上げられては、思春期でなくとも男性ならば皆、顔を赤らめてしまうだろう……と、頬が紅潮するのを感じながら俊彦は言い訳めいたことを考えていた。


「カリーナ様、巽君で遊ばないでください。彼にはまだ十分な説明ができていません。事故のせいで記憶が混乱しているようですし……今は、余計なことは言わない方がいいかと」

「わかってるって。ほんと、ユーマは心配性なんだから」


 そう言ってカリーナと呼ばれた女性は俊彦から視線を切り、先導するように歩いて行く。

 握られた手のぬくもりを感じながら、強く握られている訳ではないのに手を離し難い気持ちになっている自分に気付く。


 ――美少女だからかなぁ


 友人からは女に興味ないんじゃないかとか、鈍感マシーンだ、などと揶揄されていた自分が、これほど女性に惹かれるということがあるのだろうか、と不思議な気持ちになった。


「着いたわ、ここよ」


 両開きの扉の先は、大きな円卓があった。そこには数人の男女――おそらく、日本人であろう人達がいた。後ろにいる神田が、座っている面々に会釈していている。


 部屋の中には騎士の甲冑を模したオブジェやゲームで見たような地図が掛けられていた。


「なにしてるの? ぼーっとしてないで、適当な席に座ってちょうだい」


 全員の視線が集まる中、カリーナの言う通りに部屋へと足を踏み入れる。

 中にいる男女に知り合いはいなさそうだが、年齢はそれほど離れていないように思えた。とりあえず、神田の隣の席に座る。


「よろしい。これで今集まれる勇者は全員集まったわね。それじゃあ始めましょうか」

「ちょいまちー、そっちの人ってこの前召喚された人やんね? 事情とかわかってへん顔してるけど、大丈夫なん?」


 一番若そうな女性が関西弁で質問をする。彼女の言う通り、何もわかっていないので早くここがどこなのかを説明してほしいと大いに主張したい気持ちだ。

 何のイベントかは知らないが、一般客……しかも神田いわく、事故に巻き込まれた自分に事情も説明せず、このように大人数で囲む理由もしっかりと説明してほしい。


「わかってるって。どうにもユーマの説明じゃ埒が明かなそうだから連れてきたわけだしさ」

「……面目ない」


 先程自分に向けたようないたずらっぽい視線を投げられ、神田は頭を掻きながら困ったように苦笑いをしている。


「あー、神田さんは真面目やからなー。言わんでええこと言うて余計混乱させてるんちゃう? なんやったらウチがちょちょいと説明しよか?」


 ばつが悪そうな神田を横目に、関西弁の少女が立ち上がろうとするのをカリーナが手で制する。


「私が説明するから大丈夫。皆には同郷として足りない部分をサポートしてほしいわ」

「わかった、任せて! ウチ、そういうの得意やから!」

「それじゃ、早速説明をしましょうか。っとその前に……」


 カリーナは立ち上がりこちらを見て両手を広げた。


「ラングリーズ王姉カリーナ・ラングリーズ及び全王族、国民に至るまで、あなたが召喚されたことを歓迎します。ラングリーズ王国へようこそ、新しい勇者よ」