第30話

「イクフェスが始めたみたいね。これで終わればいいんだけど」


 少し離れた位置にいたイクフェスが奥義を発動させようとしているのが見えた。

 無限に続くと思われた戦闘も、俊彦やアルバート、司の活躍で徐々に魔物の数を減らし終わりが見えてきた。

 イクフェスの奥義が決まれば、確実に壁は破壊できるだろう。その先に何が待っているかはわからない。核が砦の中にあるのは、今までの戦いで確信していた。


 どちらにしても、戦闘は次の段階へ進むことになる。気を抜かずに前衛で戦う二人の剣士に支援魔術をかけ直す。


 戦いが始まってから、うごめく森の生命力を奪う力が強まるかと懸念していたが、逆にその力は弱まっているようだった。アルバートは時が経つにつれて動きのキレが戻っている。

 アイシャも、アトレイアの結界と支援魔術の効果で自分で立てるほどに回復していた。


「ま、結界から出ない限りは大丈夫かな。いちおう、動けるように強化の魔術を……アイシャ?」


 結界の中で戦況を見守っていたはずのアイシャがいない。

「ッ! どこに行ったの!?」


 先程までは結界の中で大人しくしていたはずだ。敵は後ろには漏らしていないし、仮に襲われたとしても結界の中には誰も入れない。術者であるアトレイアですら、術を解かない限りは立ち入れない程に強力な結界を張ったのだ。

 アトレイアは焦りながらもアイシャを探す。


「ったく、なにやってんのよ!」


 少し前方に、よたよたと走るローブの姿が見えた。そこはアトレイアの攻撃圏から外れている場所で、少しだが魔物が生存している。


 弱っている獲物に気付いた魔物が少しずつ距離を詰めていたが、アイシャは魔物に気がついていないかのように、必死に砦に向けて走っていた。

 

 アトレイアはアイシャの姿を認めるとともに、駆け出していた。腰に下げた剣を引き抜き、一直線にアイシャへと駆けていく。

 すでに魔物はアイシャを引き裂かんと腕を振り上げている。アトレイアが持つ剣が届く距離ではなかった。


 鮮血が舞う。首が同から離れ、脳という司令塔を失った身体は血を撒き散らしながら、ゆっくりと倒れた。


「まったく、なにやってんのよアンタはっ!!」


 アトレイアは地に伏せた死体を一瞥してから、手に持つ剣を横薙ぎに振るった。

 同時に、アトレイアを中心として円を描くように血の華が咲いた。


 罪人の剣ガリアンソード――アトレイアが振るう剣は、複数の刃に分かれ、それぞれが強固なワイヤーのような物でつながっている。蛇腹に繋がる剣は伸縮自在であり、刃節をつなげれば剣のように、外せば鞭のように振るうことができる。

 刃節は高純度の魔法金属ミスリルで作られており、鋼鉄をも紙のように両断できる程の切れ味を誇る。刃節を繋ぐワイヤーは、糸使いであるアトレイアの妹が、自らの髪の毛を膨大な魔力で結い上げた物で、業物の剣でも両断することは難しい。

 さらには、刃節に刻んだ退魔のルーンの力によって、刃が触れた魔術を打ち消すという特性までついている。アトレイアが反魔アンチマジックと呼ばれる所以の一つが、この罪人の剣ガリアンソードである。


 周囲の魔物を殲滅したことを確認したアトレイアは、罪人の剣ガリアンソードを大きく振るって血を払い、刃節を繋げて鞘に納めてから、未だよたよたと走るアイシャを抱きとめる。


「どうしたの、急に走り出して。多少体力が戻ったからって、無茶しちゃダメよ」


 アイシャを腕に抱いたまま、優しく諭す。しかし、アイシャは尚も砦へ向けて手を伸ばしている。


「アトレイアさん! ダメなんです! アレを開けてはダメ! 止めてください!!」

 必死の形相で砦の壁に向けて、アイシャは叫んでいる。

「止めてって言われてもねぇ……」


 砦の壁にはイクフェスが放ったおびただしい数の蔦が絡みついている。引き絞った矢は赤い光をまとい、今にも放たれようとしていた。


「ダメ……いけない……逃げて……」

 うわ言のように繰り返すアイシャ。彼女は何かを感じているのだろうか。アトレイアの胸に言い知れぬ不安がよぎる。


 砦壁とイクフェスを交互に睨む。イクフェスがつがえた矢は今、まさに放たれようとしている。

 瞬間、ぞわりとした悪寒が背筋を走った。

 砦から放たれる気が、色を変えた。砦壁に絡まる脈動する樹が、こちらを嘲笑あざわらっているかのようにうごめき始める。


――不味い


 危険を感じ取ったアトレイアは、アイシャを守るように抱きしめ砦へ向けて手を伸ばす。手の先では瞬時に魔法陣が構築されていくが――

 

 魔法陣が完成するよりも先に、イクフェスの放った矢が砦壁へと突き刺さった。

 轟音が鳴り目を覆う程の光が全てを埋め尽くす中、アトレイアは光に目を焼かられながらも砦壁を睨む。

 

 流星が如き矢は砦壁を抉り取り、渦巻く炎はイクフェスが呼び出した蔦と共に脈動する樹を巻き込んで、踊り狂うように全てを焼き尽くしていく。


 やがて全てを焼き尽くした炎は役目を追え、天へと舞い上がるようにして霧散した。


 炎が消えた後には、脈動する樹も、絡みついた蔦も、砦の壁でさえも、灰すら残さずに、跡形もなく消え去っていた。


「ダメ……逃げて……」


――ドクン


 アイシャの声に反応するように、大地が鼓動を鳴らした気がした。


「ダメ!! 逃げてーーーー!!」


 アイシャの悲痛な叫びは砦から発せられた轟音にかき消された。


 破壊された砦壁からはおびただしい数の巨大な触手が、砦の残骸を破壊しながら溢れ出していた。