第32話

 壁が消え去った砦から無数の触手が溢れ出た時、俊彦は死を覚悟した。

 迫りくる巨大な触手に抗うこともできず、逃げ場も無い程に乱舞するその破壊的な蹂躙を、その身に受けるしか無かった。


「こんなところでっ!!」


 死ぬその時まで決して意識は手放すまいと、歯を食いしばり剣を持つ手に力を込めた。

 無数の触手が俊彦を八つ裂きにせんとうねりを上げて襲いかかる。


 俊彦は避けることもできずに砦壁をなんなく砕き、大地を深くえぐり取る触手の乱舞をその身に受けた。


「くそっ……」


 気合で耐えられるレベルではない。無数に迫る一本の触手ですら、俊彦を粉々にする力を持っている。せめてもの抵抗と、迫る触手を道連れにせんとして剣を振るうが……その剣が届くよりも早く、無数の触手は俊彦を打ち付けていた。


 ずん、と大地が揺れた。


 横薙ぎに払われた触手に吹き飛ばされ、振り下ろされた触手に地へと叩きつけられる。全てを破壊する巨大な触手の攻撃に、俊彦の身体は粉々に砕け散る――はずだった。


 不意に間断なく身体を打つ衝撃が消え、宙に浮いた感覚がした。これが、死ぬということかと思ったが、程なくして地面に打ち付けられる衝撃に晒された。


「吹き……飛ばされた、のか?」


 死を覚悟して触手の攻撃を受けた俊彦は、自分がまだ生きていることを不思議に思った。

 生きているどころか、ダメージを負ってすらいない。触手は確かに俊彦吹き飛ばし、地に叩きつけた。


「これは……」


 自らの身体を覆う光に気づく。薄い半透明の鱗のような形をした光が幾重にも重なり、触手の攻撃から俊彦を守っていた。


「支援魔術……?」


 砦の壁が破壊される直前に展開された、アトレイアの支援魔術だ。魔物と戦っている時にかけられていた、身体の内側から力が湧き出てくるような魔術と異なり、身体を守ることに特化した支援魔術。

 砦を砕き、大地を破砕する触手の攻撃を防ぎきった光の鱗は、その役目を終えたようにパラパラと剥がれ落ちて消えていく。


「トシヒコ、大丈夫か?」


 自分の身に起きたことが把握しきれずに呆けていた俊彦はイクフェスに声をかけられて我に戻る。


「イクフェスさん? 」

「いきなり飛んできた時は驚いたが……動けるか?」


 触手に叩きつけられた衝撃でイクフェスの近くまで弾き飛ばされていたようだ。俊彦は身体に異常が無いことを確認して立ち上がる。


「大丈夫。他の皆は大丈夫かな?」

「わからん。アレに巻き込まれたトシヒコが無事なところを見ると、アトレイアが他の者にも防御の魔術は施しているだろうが……ああも暴れまわれては音を拾うこともできん」


 イクフェスの視線の先では、巨大な触手の群れが暴れまわっていた。目を向けた俊彦は、違和感を覚える。


「…移動、している?」

「そのようだな」

「アレはなんなんですか?」

「おそらくは、アレがうごめく森の核だ」

「核……アレを倒さないといけないのか」


 周辺を飲み込み、肥大化する森を止めるには、アレを倒さなければならないようだ。しかし、どうやって倒せばいいのだろうか。

 どうやって砦の内部に入っていたのかという程に巨大な触手の塊。剣で斬ったところでほとんど意味はないだろう。砦の壁を焼き払ったイクフェスの奥義ならば大きなダメージを与えられるだろうか。


「アレを倒すのは骨が折れそうだな」

「見た感じ植物みたいだから、火で燃やすとかできないですか?」

「私もそう思ったのだがな」


 イクフェスは弓に矢をつがえ、放った。矢は弓から放たれると同時に炎を生み出し、やがて巨大な紅蓮の矢となって触手に突き刺さる。矢が生み出した炎は突き立った場所を中心として触手にまとわりつくようにして燃え盛った。しかし――


「見ての通りだ」

 燃え盛る炎は一振りでかき消され、何事もなかったかのように触手は蠢いている。

「どうやら、火の耐性があるようだ」

「……どうすればいいんだ」


 依然として周囲を蹂躙しながら、少しずつ移動している触手の塊を睨みながらつぶやく。


「打つ手は思いつかん。それに、他の者の安否も気になる。今はアレの相手をしている場合ではないな」


 確かにそうだった。他の仲間達は無事なのだろうか。アトレイアの支援魔術のお陰で九死に一生を得たが、生身で触手の攻撃を受ければひとたまりもない。


「急いで探しましょう!」

「ツカサとアルバートは私が探そう。見つけられたら、アトレイアの結界まで行く。トシヒコは先に結界まで行って二人と合流してくれ」

「わかりました。またあとで」


 頷いたイクフェスは、触手を警戒しながら砦に向けて走り去った。俊彦は少し遠くに光るアトレイアの結界目指して駆け出した。