第33話

「嘘だろ……」


 アトレイアの結界まで戻った俊彦は動揺していた。

 触手の塊――うごめく森の核が移動を始めたとはいえ、まだ距離が離れていた結界にいるはずのアイシャとアトレイアは無事だと思っていた。


「どこに行ったんだよ」


 結界に二人の姿はなかった。二人はいったいどこに行ったというのか。

 俊彦を救った防御魔術は、アトレイアが施したものだ。それまでは、この結界か、少なくとも俊彦に魔術を施せる距離にはいたはずだ。うごめく森の核が現れてから俊彦がこの場所に戻るまで、それほど時間は経っていない。

 危険を感じて逃げていれば良いのだが。核が動き出したからといって、森の魔物が消え去ったわけではない。弱っていたアイシャの状況を考えると、二人だけにしておくのは危険だ。


 二人を探さなければならない。だが、どこに行ったか見当がつかない。

 イクフェスが戻るまで待つべきかと考えながら、うごめく森の核の様子を伺う。


「うそ……だろ」


 目を疑った。触手を振り回し全てを破壊しながら進むうごめく森の核。いまにもそれに飲み込まれそうな場所に、二人がいた。

 どうして――いや、どうしてもなにもない。二人はきっと俊彦を助けるために、あの場所へ行った。事実、それまでよりも強力な支援魔術を受けている。俊彦が生きてここにいるのも、近づいたアトレイアが防御の魔術を施してくれたからだ。


 思えば、アイシャは魔物を察知する能力に優れていた。イクフェスの奥義が砦壁を破壊する前に、核の存在に気がついたのだろう。そして、俊彦達を助けるために危険をかえりみず前へと出たのだ。


 迷っている暇はない。俊彦は二人の元へ全力で駆けた。だが、遠い。

 逃げてくれ、と願う。アイシャは諦めたように膝を折っている。剣を構えているアトレイアの背中にも諦念ていねんにじんでいるように見えた。


 駆ける。しかし、間に合わない。すでに触手は二人を叩き潰さんと振り上げられていた。足を止めそうになる。

 誰かを助けるために戦うことを決めた。それなのに、自分を守るために二人が命の危険にさらされている。

 触手はいまにも振り下ろされる。触手が振り下ろされれば、アイシャとアトレイアは無残に叩き潰されて命を落とすだろう。


「諦めるな!」


 剣は届かない。身を挺して二人を守ることも、できない。それでも、駆ける。諦めたらそこで終わりだ。自らを鼓舞するように叫ぶ。


「諦めるな!!」


 俊彦の叫びに応えるように、振り上げられた触手に無数の矢が射掛けられた。触手を破壊するほどの威力は無かったが、ほんの一緒だけ振り下ろされようとしていた触手の動きが止まった。


「諦めたらそこで試合終了ッス」


 脇目に司の姿が見えた。司も二人を助けようと矢を放ち続けている。

 間に合う。自らの命を投げ出してでも二人を――

 いや、それは違う。もう一度、自らを鼓舞するように叫ぶ。

 

「諦めるな!!!」


 二人を救うことも、自らが生きることも、諦めない。全てを救うことから逃げては駄目だ。

 聖剣を握る手が熱い。まだ、終わりじゃない。


「諦めるな!オレ達はまだ負けちゃいない!!」


 迫る触手を聖剣で薙ぎ払った。あまりの重さに聖剣を手放しそうになるが、歯を食いしばり聖剣を握る手に力を込める。


「おおおおおおおおお!!!!」


 気合で聖剣を振り抜き触手を弾き飛ばす。次々と迫る触手を打ち払う。あまりの重さに腕がきしみ身体が悲鳴を上げている。

 しかし、負けるわけにはいかない。自分が守るのだ。だから力の限り剣を振るう、声の限り、叫ぶ。


「絶対に……逃げない! オレが守ってみせる!!」


 叫びに呼応して聖剣が光を増していく。剣を振るうたびに輝きを増し、仲間を守るための力がわいてくる。

 眩く輝く聖剣を大きく振るう。光を纏った聖剣の一振りは迫る触手を消し飛ばした。


 俊彦は、剣を振るう中で気がついていた。王城で魔族を打ち払って以来、輝くことのなかった聖剣が、今この時に輝きを取り戻した理由に。

 

 俊彦は、聖剣をただの武器として振るうことしかしていなかった。しかし、聖剣はただ振るわれるために顕現したわけではないと語っていた。ただの力として振るわれることを望んではいなかった。

 

「待たせてゴメンな」


 聖剣は待っていた。俊彦と、共に戦うことを。いつも叫んでいた、自らの名を。勇者と共に戦う仲間として、自らの名を呼んでもらう時を望んで。


「やっと聞こえたよ。ここからは一緒に戦おう――聖剣ファラ


 振り上げられた聖剣ファラは、名を呼ばれた喜びに震えるように光を放った。天を衝く程に立ち上る光は周囲に充満していた異質なマナを吹き飛ばし、冥く淀んだ森を照らし出す。


 うごめく森の核は光に怯えるように一瞬萎縮したが、光を元から絶たんとあらんかぎりの触手を俊彦に向けて打ちつけてきた。


「これで、終わらせよう。力を貸してくれ聖剣ファラ!!」


 迫る触手を払うように、聖剣ファラを振り下ろす。

 聖剣ファラから放たれる光は、無数に迫る触手を消し飛ばし、やがて光の奔流となってうごめく森の核を飲み込み消し飛ばした。


 光が過ぎ去った時、小さな山ほどの巨体を誇ったうごめく森の核は、その身体の八割程が消し飛ばされていた。

 破壊の限りを尽くしていた触手は力なく大地に横たわり、その動きを止めた。