第35話

 脈動と共に地から這い出したのは生ける屍アンデッド

 人の形をしている者もいれば、獣のような者や骨だけで動く骸骨兵スケルトンなど、多種に渡る。


 生ける屍アンデッドは、死した後も魂が身体から離れず、なおも動き続ける者達のことを指す。総じて知能は低く動きは遅い。生きる者に対する憎しみと生への執着から動き回るだけの、ただの屍。


 動きを止めるのには苦労するが、駆け出しの冒険者でも一対一で負けることはほぼ無い。また、仲間に聖職者クレリックがいれば、簡易な悪魔祓いエクソシズムで簡単に滅することができるため、自然発生した生ける屍アンデッドはそれほどの脅威ではない。戦場跡などで、稀に大量発生する場合があるが、そうなると危険を伴うこともある。


 自然発生する生ける屍アンデッドの他に、死霊術によって生み出される者がいる。そうなると話は別だ。

 死霊術で生み出された生ける屍アンデッドは、操る術士の能力にも左右されるが総じて危険である。俊敏に動くゾンビに、剣術を扱うスケルトン。術によっては、人以外の個体をも生ける屍アンデッドとして操ることができる。


 地を埋め尽くすようにうごめく屍を前にして、アルバートは息を呑んだ。これほどの数を生み出すなど、尋常な術士の仕業ではない。おそらくは――


「ガルン・アハマトマの仕掛けのようだな。リスタ・アズラールに入れ知恵でもしたか」

「急に消えたと思ったら、とんでもないことするッスね」

 

 共にリスタと戦っていた司とイクフェスが駆けつけてきた。二人もリスタの居場所を見失っているようだ。そうなると向かう先は一つしかない。


「トシ達が危な――」


 焦燥にかられ駆け出そうとしたその時、大地が大きく揺れた。前方ではどす黒く変色した触手の塊が暴れている。


「あれも、アンデッドにしちゃうッスか…」


 司から驚愕の声が漏れる。しかし、驚いている場合ではない。


「イクフェス殿、炎の矢をあの触手に!」

「承知した」


 イクフェスは即座に矢を放つ。放たれた矢はどす黒く変色した触手に突き刺さると巨大な炎を巻き起こした。触手は炎を嫌うように暴れているが、いくら振り回しても消える気配がない。

 狙い通りだ。生ける屍アンデッドは総じて火に弱い。あれ程に火のマナに対して耐性をもっていた触手も、生ける屍アンデッドになることでその耐性を失ったのだろう。


「ダメだな。火の耐性を失ったとはいえ、今の私ではあれを焼き尽くすことはできん」

 イクフェスが言う通り炎は効いているようだが、燃えてダメージを受けているのは無数にある触手の一つだけだった。


「それでもいい。牽制を続けてくれ! ツカサ、援護を頼む! 私はトシ達の元へ向かう!」

「ッス!」


 司の矢が生きる屍アンデッドの群れに穴をあける。アルバートはその穴をこじ開けるようにして突撃した。


 ***


「姉さまのことは好きだけど、私が丹精込めて作り上げた魂喰たまぐらいの大樹たいじゅを台無しにされちゃ、殺されても仕方ないよね? だから、ごめんね、姉さま。ばいばい」


 そう言葉を残して、リスタは風のように消え去った。後に残ったのはどす黒く変色した巨大な触手の塊――魂喰らいの大樹たまぐらいのたいじゅ。そして地を埋め尽くすほどの生ける屍アンデッド


 何故、これほどまでに困難が続くのか。眉間を押さえて溜め息をつく。そして、僅かの間、逡巡した。


 ――私だけなら、逃げられる


 目の前には、魔神の毒に冒され今にも死にそうな勇者が一人。そして勇者を抱く小娘が一人。

 自分にはマルドアのダークエルフを守る義務がある。ダークエルフだけではない。人々に迫害され、居場所を失った亜人達も、守らなければならない。ならば、答えは――


えにしを結ばん――


 勇者を抱くアイシャがなにかを呟いた。


 乞うは――


 いつの間に取り出したのか、アイシャの手には人の頭ほどの水晶球が輝いていた。


「乞うは……」


 アイシャの言葉と共に、水晶球は輝きを増していく。周囲のマナを取り込み、アイシャ自信の魔力を取り込み、際限なく輝いていく。


「これは、召喚……?」


 召喚術。異界に住まう精霊や幻獣と契約し、使役する魔術。召喚師と呼ばれる者達は、呼び出す召喚獣に合わせた召喚具を持っている。

 アトレイアの知人は二振りのナイフを召喚具として、森に住まう精霊を使役することができた。


「……ねがい……おねがい……」


 しかし、これはアトレイアが知る召喚術とは異なっていた。召喚具を解放することで陣が築かれ、それにより召喚獣を現界させるのが、一般的な召喚術だ。

 だが、アイシャが行使しようとしているものは、違う。なにか得も知れぬ力の流れが水晶を中心として渦巻いていた。


「お願い!! 誰か……誰か、勇者を……トシヒコ様を助けて!!」


 アイシャの悲痛な叫びが木霊する。それを待っていたように、水晶球から複数の光玉が飛び出し凄まじいスピードで四方へと飛び去っていった。


「おね……がい……だれ……か」


 叫びと共に光を放ったアイシャは、俊彦に覆いかぶさるように倒れた。