第36話

「魔法……」


 アトレイアは誰に言うでもなく、一人呟いた。先程の召喚は魔術ではない。魔法だ。


 魔法――ごく一部の、伝説に謳われる程の魔導師のみが行使することができる、奇跡。


 魔術とは技術であり、理を解する学問である。体内をめぐる魔力、オドを操り大気に充満するマナに働きかけることで、その式に見合った効果を得ることができる。


 しかし、魔法はその理からして違う。世界を構築した神の力を行使するような奇跡や、世界の原理を無視した結果をもたらす力。


 先程、アイシャが放った召喚は、魔術の域を越える力を感じた。それは、反魔アンチマジックの異名を持つ魔術の天才であるアトレイアからして、どのような効果を及ぼすかの見当が付かないほどだ。

 しかし、召喚に類する法であることはわかった。四方へと飛散した光玉は、はたしてどのような効果を及ぼすのか。


 見下ろした先では、毒に侵された俊彦と力を使い果たし、息も絶え絶えなアイシャが倒れいている。


 「考えるまでもないか」


 目前には生ける屍アンデッドと化した、魂喰たまぐらいの大樹たいじゅが迫っている。

 もう一度、ローブを着た少女を見る。おそらくは、自分の持てる力の全て……いや、それこそ命を懸けて成した召喚の魔法。未だ効果の程は見えないが、あれほどの力を以って放たれた魔法が不発に終わるとは思えない。


 アトレイアは覚悟を決めて腰から蛇腹状の剣、罪人の剣ガリアンソードを抜き放つ。頭上に掲げられた蛇腹の剣は円を描くようにしてアトレイアや俊彦、アイシャを包み込んだ。

 同時に地面から光の柱が立ち昇り、アトレイアが回す罪人の剣ガリアンソードを守るように球状の結界を構築した。


「コレで少しは時間が稼げるかしら」

 アトレイアは現状の魔力で行使しえる最大の結界を展開した。刃の棺ブレイドコフィン。その名が示すとおり、罪人の剣ガリアンソードを触媒とした攻防一体の結界術。

 強度は申し分ない。これならば触手の攻撃であっても少しなら時間を稼ぐことができるはずだ。刃の棺ブレイドコフィンは強力な結界魔術だが、欠点として、結界に包まれた者は周囲の様子が見えにくくなる。


 リスクのある魔術だったが、アイシャが放った魔法を信じて時間稼ぎに徹する。

 周囲の様子は見えないが、地面を揺るがす動きが止まった様子はない。それは未だ、魂喰たまぐらいの大樹たいじゅが暴れまわっているからであろう。


 ――ガィン


 展開した結界が砕けるのではないかと思う程の衝撃がアトレイアを襲う。しかし、未だ結界は健在だ。刃の棺ブレイドコフィンに魔力を流して結界を強化し続ける。

 しかし、結界を打ち付ける触手の攻撃は収まってはいない。


 ――ガンッ!ガンッ!!


 触手を振り回し結界を破壊しようと試みている。元より知能のなさそうな魂喰たまぐらいの大樹たいじゅが、自分達に興味を失って去ってくれることを少しばかり期待していたが、どうやら他の生ける屍アンデッド同様、生ある者に対して執着しているようだ。


 二度、三度と結界に攻撃が加えられ、そのたびに結界が軋みひび割れていく。すでにアトレイアの魔力は底をつきかけていて、ひび割れた結界を修復する力は残っていなかった。


「もう、限界ね……これ以上は……」


 アトレイアが諦めるような言葉を口に出すのと時を同じくして、結界が大きく歪み、弾け飛んだ。


 結界が破壊されたことによって確保された視界に、防御を失ったアトレイア達を叩き潰さんと触手が迫るのが見えた。

 反射的に避けようとするが、足に力が入らない。振り下ろされる巨大な触手が影を落とす。


「間に合わないか。あと、頼んだよイクフェス」


 アトレイアは迫る触手を一瞥してから、諦めるようにその目を閉じる。


 少しの間を置いて、ドンという音と共に地面が大きく揺れた。