第37話

 正に間一髪の状況だった。

 あと一歩遅ければ、希望は失われていただろう。無理をして生ける屍アンデッドの群れを抜けたのも報われるというものだ。

 

「これはもう使い物にならんか」

 

 折れた剣を捨て、傍に落ちていた粗末な剣を拾う。周りには生み出された生ける屍アンデッドが持っていたであろう武器が無数に散らばっていた。

 剣が折れたとはいえ、得物には困らなそうだ。


「さて、もうひと暴れするか。観客が生ける屍アンデッドだけというのも悲しいところだが……」


 一度試すように剣で空を斬りつけ、構える。


「ラングリーズ騎士の戦い、その腐れた身体に刻みつけてやろう!」


 騎士は、戦いの中で幾分小さくなった触手の塊に向けて吼え、頭上から振り下ろされた触手を斬り払った。

 半ばほどから斬り飛ばされた触手が宙を舞う。間髪入れずに脇からきた触手に剣を叩きつけて動きを止める。手にした剣が折れる感触。

 使い物にならなくなった剣を放り投げ、正面から自分を貫こうと迫る触手を下から殴りつける。軌道をそらした触手が額をかするが、問題ない。


 間隙を縫って、落ちている剣を拾い触手を斬り飛ばす。


 斬る。斬る。斬って斬って斬りまくる。剣が折れれば殴る。また剣を拾っては斬る。


 後ろにいる者達に、毛ほどの傷も付けさせはしない。全ての触手を斬り飛ばすまで、動きを止めるつもりはない。妙に身体も軽い。触手を斬りつける。また剣が折れた。折れた剣を近づいた触手に投げつけて軌道を逸らす。剣を拾い、斬り飛ばす。


 斬られた触手が、折れた剣が嵐のように宙に舞う。嵐の中心には消耗品のように剣を振るう鬼がいた。


 斬る。殴る。自分の身体は目前に迫る触手から仲間を守るためだけにある。


斬る――斬る――


 徐々に視界は白く塗りつぶされていく。思考は薄れ、身体を動かしている感覚も消えていく。それでも、騎士は迫る攻撃から仲間を守るために動き続ける。


 一際世界が白く染まった。若い頃、剣の修練に没頭していた時に、視界が白く染まり全てが無になることがあった。

 そういう時程、剣は冴え渡り全てを断つような斬撃を放つことができた。


白く白く――


 騎士は何も考えずに真っ白な世界の中で剣を振るい続けた。


***

 目の前で魂を燃やし尽くすように戦う剣鬼に目を奪われていたアトレイア・ハルギルは、一瞬世界を白く染めた光に目を細めた。

 光を放った空を見上げる。


「やっと、きたのね」


 空には白く輝く魔法陣。陣の文様は転移の大魔術。


「ふむ。えにしを感じて急いできてみれば、魂喰たまぐらいの大樹たいじゅとはのぅ」


 転移の魔法陣から姿を表したのは一人の老人。

 古びたとんがり帽子に薄汚れたローブ。蓄えた髭は白く長い、その老人はまさに――


「魔法使いを呼んだは誰かのう? ま、ワシが来たからには安心するがええ」


 自らを魔法使いと名乗った老人が魂喰たまぐらいの大樹たいじゅに向けて杖を突き出す。


「ワシを呼んだのは正解じゃ。見せてやろうぞ、まだら大魔道だいまどうグランフェリア・ヴァルドルのめちゃイケ大魔法を!」


 杖の先に何層にも分かれた魔法陣が瞬時に展開される。展開された魔法陣はそれぞれが周囲のマナを取り込み、増幅させて言葉では言い表せないほどの力を発していた。


「少し、静かにしておれ、な」


 軽い口調で杖から放たれた魔力は、幾重にも重なった魔法陣を抜けて重々しい重力の波となって魂喰たまぐらいの大樹たいじゅに襲いかかった。


 重力の波を受けて地面に縫い付けられた魂喰たまぐらいの大樹たいじゅを見て、魔法使いの老人グランフェリアは杖を掲げてふざけたポーズを取る。


「どやぁー……んぬぁ!?」


 ふざけていたグランフェリアをわざと掠るように、上空から蒼い彗星が落ちる。

 否――それは彗星ではない。青紫の髪に銀の鎧。手に持つ剣は質素な見た目とは裏腹に太陽が如き輝きを放っている。


 彗星の正体は女。万夫不当ばんぷふとう――世界最強の騎士と名高い女騎士、ユスティア・バレスタイン。


 ユスティア・バレスタインは天より落ちる彗星が如き勢いで、グランフェリアが放った重力波によって地に縫い付けられていた魂喰たまぐらいの大樹たいじゅを両断した。


「うーむ、あの娘っ子は相変わらず無茶苦茶じゃなぁ。ファルのヤツを思い出……んぬわぁっ!?」


 またもグランフェリアをわざと掠るように、白く輝く流星が空を駆ける。

 流星はその輝きと勢いを落とすこと無く、ユスティアによって両断された魂喰たまぐらいの大樹たいじゅに突き刺さり、天高く白炎を昇らせた。


「弓の勇者、武内由那の神器か……今も昔も、勇者というのは無茶苦茶じゃなぁ……」


 二人の女傑に翻弄された老人は、少し焦げ目の付いた帽子をさすってため息を吐いた。


「災難でしたね、グランフェリア師」


 翼の生えた青年が未だ宙に浮いたままのグランフェリアの元へと飛んできて優しく声をかける。


「おう、ユスティア・バレスタインを連れてきたのはヌシであったか、ゾー・ハタよ」

「たまたま、マルドアに来ていましたので。ユスティア殿と共に、強い光に導かれるようにして飛んできたのです。僕達を呼んだのは、グランフェリア師ですか?」


 自らを導いた強い光は、ただの魔術とは違うと感じていた。常に余裕を崩さない最強騎士ユスティア・バレスタインですら、焦燥にかられるようにして駆け出した程だ。

 あのような魔術……いや、魔法であろう技を持つ者は限られている。


「んにゃ、ワシも呼ばれた口じゃて。恐らくは、あそこにいる者達の誰かじゃろう」


 グランフェリアが促した先には傷だらけで立ち尽くす騎士と、騎士に守られるようにして倒れている男女。そして、見知った顔があった。


「アトレイアさん、無事だったんだね。よかった」

「ぬ? アトレイアおるんか!? ワシ、帰ってもええかのぅ」


 意外な天敵の存在に逃げようとするグランフェリアは、背筋に冷たい物を感じて足を踏み止めた。


「逃げたら殺す、という感じでこちらを見てますよ、グランフェリア師」

「じゃなぁ……仕方ない、あやつらの所まで降りるかのぅ……」

「……ご愁傷様です」


 強大な術を放った時のテンションはどこへ行ったのかと問いたくなるほどに肩を落として、グランフェリアはゆっくりと高度を下げていく。

 続くように老人の背をさすりながら、翼人ゾー・ハタも知人の待つ地上へ向けて高度を下げた。