第39話

「うぅ、ひでーッス……オレもマルドア樹廊街じゅろうがいに行きたかったッス……」


 司は日が落ちて闇を増したレイル大森林を一人歩いていた。うごめく森――魂喰たまぐらいの大樹たいじゅを討伐し、森は正常な状態に戻っている……はずであった。

 だが、依然として異質なマナが色濃くのこっているのが感じられる。


「空気悪くなっちゃったッスね……いい狩場だったんスけど、元に戻るッスかね」


 グランフェリアの言によると、それほどの問題は無いという。時が経てば変質したマナも薄れ、元のじめっとした森が帰ってくるらしい。

 普段から森に入り浸っていた司からすると、それ以外にも違和感を感じていたが今はとにかく家――のように住んでいるザマ砦へと帰りたかった。


 魂喰たまぐらいの大樹たいじゅと戦った者達は、イクフェス達によってマルドア樹廊街じゅろうがいに招待されている。

 戦いが終わっても意識が戻らなかった俊彦とアイシャ、そして怪我が酷かったアルバートは治療の為にマルドア樹廊街じゅろうがいへと強制的に連れて行かれた。

 イクフェス、アトレイア、ゾーは元よりマルドア樹廊街じゅろうがいの住人であり、元々マルドアを訪問していたユスティアも勿論、皆を安全に運ぶためにグランフェリアも同行した。


 司も当然のようについて行こうとしたが、由那の一声で一人ザマ砦へと帰還することとなった。


「まったく、人使いの荒い上司ッス! 帰ってきたら訴えてやるッス!」


 誰もいない暗い森の中にプンスカと怒る司の声が響き渡った。


***

「あれ? ミノルどこ行くの?」


 共に戦った仲間をレイル大森林からマルドアへと移動させたグランフェリアは、一人樹廊街じゅろうがいを離れようとしていた。


「もしかして、レイル大森林に戻る感じ?」

「気づいておったか。少々気になることがあっての」


 司が感じた違和感をグランフェリアも感じ取っていた。まだ、あそこには何かが遺されている。


「アタシもついてってあげようか?」

「む、ええんか? ヌシも疲れておろう?」

「少し休んだから大丈夫よ」


 魔術的な仕掛けがあるなら、反魔アンチマジックと呼ばれるアトレイアの知識や力は頼りになる。


「悪いが付き合ってもらえるかの。ワシだけでも十分じゃと思うが、万が一ということもある」

「いいっていいって。アタシとミノルの仲でしょ」

「ボコボコにいじめられた記憶しか無いんじゃが……」

「そうだっけ? ま、いいじゃない昔のことは。付き合う代わりにさ、一つお願い聞いてもらってもいい?」

「うむ。ワシにできることならば、なんでも聞くぞい」

「やった! 実はさぁ、皆疲れて寝ちゃってつまんないんだよね。だから終わったら、お酒付き合ってよ」

「断る」

「なんでよ! アンタお酒好きでしょうが!!」

「ヌシは酒は飲むな。たちが悪い」

「そんなことないよ。ふつーだね、ふ・つ・う! てことで約束だからね!」

「……一人で行けば良かったわい」


 グランフェリアは愚痴を零しつつ転移の魔法陣を展開する。共に飛ぶためにアトレイアが腕を絡めてきたのを確認して魔術を発動した。


 瞬時に視界が切り替わる。先程までいたマルドア大森林の神秘的な空気と対を為すように、重く禍々しい空気が漂う。

 ラザ河を挟んで睨み合う形にある二つの森林。マルドア大森林は元々エルフの領域であり、エルフを支持する亜人や人との関係も良好だったことから、大きな争いが起きたことはない。


 しかし、レイル大森林は違う。元はダークエルフが支配していた森だが、その見た目から人間の敵として見られることが多かった。


 亜人排斥が始まるよりも遥か昔から、ダークエルフは人間の敵として迫害され続けていた。ハガロの砦を築きラザ河を背に自らの住む森を守るために戦いを続けた。

 いわれのない攻撃を受け続けた日々は、とある国の姫と時の勇者の力によって終わりを告げた。

 抗戦の証であったハガロの砦は朽ち、今はその時の面影が少し残っているだけだった。


 かつて、自らの庭であった森。家であった砦。今もまた、戦いの場となった地を悲哀を込めた眼で眺める。


「あの時のようにならなければいいけどね」

「なんか言ったかのぅ?」

「なんでもないわ。それよりも、早く調べようよ。今日はいいお酒があるんだよねぇ」

「酒はともかく、早く調べるのには賛成じゃな。だいたいの見当はついとるよ」


 杖で地面とコツコツと叩きながら、違和感の正体を探る。

 詳細な調査を始めるよりも早く、答えは見つかった。


「まだ、これ使う気なのね。魔族って意外とエコなのかしら」

「放っとくとまた動くのぅ、これは」


 魂喰たまぐらいの大樹たいじゅ。勇者達の攻撃によって、もはや原型を止めていないほどにバラバラになった触手。

 しかし、脅威になりえないはずの触手には、禍々しい気が色濃く残っていた。

 グランフェリア達に倒された後に、何者かが手を加えたのであろう。


「どうにかできそう? アタシの方は、この規模だと起点を抑えるのも難しいわね」

「なんとも厭らしい術式じゃて。今は封じておくしかできそうにないのう」


 時が経てば魂喰たまぐらいの大樹たいじゅはまた活動を始めるだろう。

 あんなに厄介な相手とは二度と戦いたくない。


「いつになく真剣じゃな。ま、動き出す前に封じ込めて未来の自分達に期待するとしよう」

「そうね。まだ動き始めるまでに時間ありそうだし、封印は頼んだわよ、ミノル。アタシは封印の邪魔になりそうな魔力を弾いておくわ」

「うむ。助かる」


 二人は手分けをして、森に残された魔族の土産を丁寧に封印した。

 思った以上に厄介な力が遺されていた。しかし、世界最高峰の魔術師である二人の手にかかれば、例え魔王が施した術式であっても封じることができる。


 封印を終えた二人は、魔族がこれ程までに危険な力を有していることに不安を覚えながら、マルドアへと戻った。