第4話

 勇者とは、異世界より召喚された戦士のことを言う。


 召喚される者はなぜか特定の時代の日本人に限られており、この世界―レーベンガルズ―で強力な力を発揮することができる。

 勇者を召喚するのは大国ラングリーズ王国の王族に連なる召喚の巫女だけであり、星の並び、龍脈りゅうみゃくと呼ばれる大地の力が合わさった特定の時期にのみ召喚を行うことができるらしい。


 勇者の召喚時、特定の者は召喚と同時に『神器』と呼ばれる強力な武器を顕現する場合がある。現在召喚されている勇者で『神器』を顕現している者は少なく、『神器』を顕現していない者は準勇者と呼ばれている。


 ラングリーズ王国で召喚された勇者の生活と自由は保証されているが、召喚された勇者のほとんどはラングリーズ王国が勇者のために設立した『金獅子騎士団きんじしきしだん』に入団し、部隊を率いて世界を脅かす脅威と戦っている。


 勇者とは、人々の期待を背に戦うからこそ、勇者なのだ。


「という感じで合ってるかな、伽奈美かなみちゃん」

「だいたいOKやね。一晩で覚えるなんて中々やるやん、俊彦兄やん! ウチはキミのことを見直したで!」


 結局、ここはテーマパークや遊園地の類ではなく、最初に神田が説明した通りの異世界だった。


 現代日本から召喚された俊彦達、勇者と呼ばれる者からすると、ゲームや漫画、映画やアニメでよくある剣と魔法が支配するファンタジー世界である。


「なんていうか、男の子やったら憧れる、異世界ファンタジーっていうとこやね。ノリノリやろ、俊彦兄やんも」


 そう言いながら俊彦と共に歩いているのは尾形おがた 伽奈美かなみ。関西に住んでいた女子高生でこの世界――レーベンガルズに召喚されて一年以上経つ大先輩だ。


 伽奈美の言うように、ノリノリであればよかったのだが、俊彦はそれほどゲームやアニメが好きなタイプではなく、この世界に対して良い印象を持っていない。

 特に召喚に関しては、非召喚者の同意もなく右も左もわからない世界へと連れてくる、誘拐のようなものである。さらにひどいことに、召喚された者を元の世界、日本へと還す方法は今のところ無いのだという。


 異世界への召喚に憧れるゲーム好きの友人ならまだしも、俊彦は今年卒業を迎える高校三年生である。伽奈美のように一年もこの世界に拘束されてしまうと、先の人生が不安になるというものだ。


「うーん、そう言われても……オレは喧嘩とか好きじゃないし、ゲームもあまりやらないからなぁ」

「かー! 男の子が何言うとるんや! もっとアレや、世界の為に正義を執行する気概とか出して欲しいもんやね!」


 いやぁ……と頬をかくと、ローブをまとった落ち着いた女性が助け舟を出してくれた。


「伽奈美ちゃん、それくらいにしてあげよ。俊彦君も、レーベンガルズに来て不安なんだから。私もそうだったし、悠真君も、勇者として人々の為に戦う決意をするのに時間がかかったから」

「えー神田さんはどっからどう見ても勇者やん! 最初っから勇気100%で神器の槍ぶん回してたと思ってたわ~」


 そうだと良かったんだけどね、と大人らしい笑みを浮かべるのは大槻おおつき 弥生やよい


 神田と同時期にレーベンガルズへと召喚された女性だ。詳しくは教えてもらってないが、神田と共にかなり幼い頃に召喚され、レーベンガルズで育ったそうだ。杖の神器を顕現しており、聖杖せいじょうの勇者として各国に名をとどろかせている。


「でも、俊彦君に金獅子騎士団への入団を勧めなかったのは意外だったわね。自由が保証されてると言っても、この世界で生きる力を学ぶ為に、召喚された人はとりあえず騎士団を勧められるんだけどね」


 心底不思議そうな目で弥生はこちらを見てくる。


 少しタレ目気味の大きな目が雰囲気をやわらげているのか、彼女に見つめられると不思議と落ち着いた気分になる。長い黒髪を結った小顔は大人びており、落ち着いて微笑む姿は母親のような安心感がある。視線を下げると、ローブの上からでもわかる女性らしい膨らみと神器である杖を握る細い指が印象的だった。


「兄やんも男やもんね。ええで、エロい目で女子見ても。ほれほれ」


 俊彦の視線に気付いたのであろう伽奈美が、弥生に比べると決して立派とは言えない胸を張って俊彦をおちょくってきた。

 少しはねっけのあるダークブルーのショートカットに大きな瞳。笑うと見える八重歯が特徴的で、元気な伽奈美の性格も合わさってやんちゃな子猫を連想させた。召喚された時に着ていたであろう制服を今も着ており、短めのスカートから見える白く健康的な脚にどうしても視線が行ってしまう。


「残念やけど、どんだけ凝視しても兄やんが喜ぶもんは見えへんで! その辺の対策はバッチリや!」


 伽奈美はスカートを少し上げて短めのスパッツを履いていることを主張する。


「伽奈美ちゃんも、かわいいよね。ほんと、昨日から会う人会う人美男美女ばかりでびっくりするよ」

「うや!? 兄やんもしかしてアレか、歯の浮くようなセリフを恥ずかしげも無く喋れる鈍感系主人公キャラか!? そそ、そうと分かっとったらウチもこない迂闊な真似しーひんかったわ!!」


 してやられた! と意味不明な言葉を発してのけぞる伽奈美を不思議そうに見ていると、くすくすと笑いながら弥生が話しかけてくる。


「二人が仲良くなったみたいでお姉さん安心したわ。後は伽奈美ちゃんに任せれば大丈夫そうね。私はこっちだから、またね」


 少し急ぎ足で廊下を曲がって行く弥生を二人で見送る。



「アステアさん、元気なるとええね」


 伽奈美の言葉に、少しだけ俯いて頷く。


 アステア・ラングリーズ。名が示すようにラングリーズ王国の王族であり、現王クラウス・ラングリーズの長女。俊彦をこの世界、レーベンガルズへと召喚した巫女だ。


 神田から告げられたように、俊彦を召喚した際に大きな事故が発生したらしい。

 本来であればレーベンガルズに関する知識は召喚の際に魔術の力で記憶に刻み込まれるはずだったが、事故によって俊彦の召喚は不完全な状態となり、召喚の巫女であるアステア共々、俊彦は意識の無い状態が続いていたという。


 俊彦は世界の知識が付与されていないこと以外、異常もなく数日で目を覚ましたが、召喚の巫女アステアは未だ意識が戻らず、危険な状態が続いているようだ。

 聖杖の勇者であり、レーベンガルズ屈指の魔術師でもある弥生がアステアの治療に従事していた。俊彦が目を覚ましたことで、治療のヒントを得ようと話をしにきたようだが、どうやらあまり役にはたたなかったらしい。


「……そうだね。元気になるといいね」

「……兄やんは悪ないよ?」


 伽奈美の言うとおり、俊彦は意味もわからず召喚された、いわば被害者だった。しかし、自分が関わったことで人が生死の境を彷徨さまよっていると聞かされると、どうしても罪悪感を感じてしまう。


「し、しゃーないな、ほれ! 出血大サービスやで!これで元気だし!!」


 耳をうつ声に顔を向けると、恥ずかしそうにスカートをつまむ伽奈美がいた。

 先程、対策済みといって持ち上げた時より少しだけ低いが、小刻みに震える指先と異常なほどに顔を赤らめていることから伽奈美の必死さが伝わり、俊彦は思わず笑みをこぼした。


「ははは、お陰で元気がでたよ。ありがと、伽奈美ちゃん」

「なはは、そ、そうやったらええんや! ウチの出血大サービスなんで百年に一回あるかどうかやで! 兄やんはついとる! やから、元気だそ! な!」


 恥ずかしさをごまかすように背中をバンバンと叩いてくる伽奈美に対して、一世紀に一度の奇跡に出会えるなんて光栄だよ、と笑い返す。


 罪悪感を感じたところで、自分ではどうしようもないのだ。元気な少女の気遣いに感謝しながら背を伸ばし、前を向く。


「うん、今は不安やろけど、なんとかなるからな。まずはこの世界で生きるための力をつけやんとやね! 大丈夫! たまたまやけど、凄い人がきてるし、ウチもおるから。元気に前向いていこ!」


 ほな行こか! と元気に歩く伽奈美と共に、自分にこの世界での生き方……戦い方を教えてくれる者が待つという練兵所へ向かって歩き出した。