第41話

 ぽてぽてと歩く少女の後をついて行く。年の頃は十二、三歳といったところか。

 あまり人に慣れていないのか、チラチラと俊彦の方を見ては緊張したように目をそらすことを繰り返していた。


 ここはどこなのだろうか。一人であることの不安から解消された俊彦は、少女から視線を外して改めて周囲を観察する。


 見渡す限り白い森。空ですらも白い空間は、夜だからか少し薄暗い。少女と出会うまでは、あまりの神聖さから自分が世界から拒絶されているように思えたが、今はその感覚が和らいでいる。

 薄暗い空間で淡く光る白は、不安だった自分を安心させるように優しく輝いていた。


 少女に視線を戻す。このような異質な空間で自分を導くこの少女は、何者なのか。そして自分をどこへ導こうとしているのか。


「そういえばさ、まだ名前言ってなかったよね。オレはトシヒコ。トシヒコ・タツミって言うんだ。君の名前も教えてもらっていいかな?」


 単純に、聞けば良いと思い立ち、少女に声をかけてみた。少女は俊彦の言葉に、ギョッとツインテールを逆立てた後、立ち止まって深呼吸をしている。


「あ、急に話しかけてごめんね。びっくりさせちゃったかな」

「だ、大丈夫です! あたしは守護者だから、よく知らない人と一緒に歩いても大丈夫だし、話しかけられてびっくりもしないんです!」


 少女は目を泳がせて顔から汗を飛ばしながら必死で弁明している。悪いことをしたな、と反省しながらも少女が漏らした言葉が気になった。


「守護者? 君はこの場所を守ってるのかい? 神秘的な場所だと思ったけど、ここはいったい――」

「うぇ!? も、もしかして、なにも知らずにここに来たんですか!?」

「うん。散歩してて気がついたら……不味かったかな?」

「い、いえいえ、ま、不味くないです! ぜんっぜん、不味くないです! てか、不味いのは説明もなしに宝樹ほうじゅかなめに人を近づけたイクフェスさんですね、ええ、そうです! あたしも、えーっと……」

「トシヒコ。トシヒコ・タツミだよ」

「そう、あたしもトシヒコさんも悪くないんです!!」

「そっか、なら良かったよ」

「はい! 良かったです!」


 少し緊張が解けてきたのか、少女から自然な笑顔がこぼれだした。


「それで、この場所のことなんだけど……さっき宝樹ほうじゅかなめって言ってたよね?」

「あ、そうですね。なにも知らないなら、守護者として説明してあげないとですね! ノンノ、頑張ります!!」

「ノンノちゃんっていうのか。可愛い名前だね」

「えへへ、あたしも自分の名前好きなんですよね。改めまして、宝樹ほうじゅかなめを守る守護者、ノンノ・アペ・エプンキネです」

「よろしくね、ノンノちゃん。それで、宝樹ほうじゅかなめのことなんだけど」

「はい、ここは宝樹ほうじゅかなめです! そしてあたしはかなめを守る守護の一族から選ばれた守護者なんです! ありがとうございます! 頑張ります!」

「うん、かなめってなに?」

「え?」


 このような感じの流れは何回目だろうか。基本的な世界の知識は冒険者アクセル・クロフォードから教授されたはずなのに、知らない単語が多すぎる。俊彦は、アクセルと会うことがあれば問い詰めようと心に決めた。


 アクセルに対する怒りを心の奥に押し込め、ノンノに事情を説明する。


「あーアクセル兄ちゃんの仕業かぁ……それは仕方ないね」


 ノンノはアクセルの名を出すと、妙に納得した顔でうんうんと頷いた。あの人の評価はいったいどうなっているのか。そしてそんな人を自分の教育係にしたラングリーズ王国は大丈夫なのかと不安になった。


「目的地までまだ時間がかかるので、その間に要の地についてお話しますね! あたし、結構物知りなんですよ!」

 自分の知識を語れるのが嬉しいのか、ノンノは喜々として説明を始めた。


 要の地――


 神々が作り出した世界、レーベンガルズ。生まれたばかりのその世界は非常に不安定だった。

 レーベンガルズへと召喚された勇者が住まう世界のように、この世には無数の世界が存在する。それぞれの世界は異なる世界と自らの世界を隔てる壁によって、異世界からの干渉を防いでいる。


 しかし、レーベンガルズは異世界からの干渉を防ぐ壁が薄く、非常に曖昧な状態にあった。

 様々な世界からの干渉をうけたレーベンガルズは、時が経つ程に曖昧になっていき、ついにはその存在が消え去ろうとしていた。


 自らが作り上げた世界が消えようとしていることを嘆いた創世の神は、レーベンガルズへと十人の賢者を遣わせた。

 十人の賢者はレーベンガルズの存在を確たる物とするため、各地に『要の地』と呼ばれる聖地を作り上げた。

 

 要の地は、異世界からの干渉を阻む壁となり、レーベンガルズの存在を確たる物とした。

 以来、十人の賢者は『かなめ十賢者じゅっけんじゃ』と呼ばれ、世界を守護する存在として人々に語り継がれることとなった。


「という由緒正しい伝説を持つのが、この要の地『宝樹ほうじゅ』なのですよ!」

「なるほどー。人々の争いを治めて世界の均衡を保つっていう天秤の騎士の世界版てところかな」

「ハッ! 天秤の騎士なんていう新参者のペーペーと一緒にしてもらっちゃ困りますねっ! 歴史が違いますよ、歴史が!」


 困っちゃいますねーと軽く言いながらも目が笑ってないところを見ると、その辺りの話題は地雷のようだ。


「そ、そう。でも、あれだね。そんなすごい場所なのに、意外と簡単に入れるんだね」

「いや、普通は簡単には入れませんよ。宝樹の要は、まだ人々との交流を持つ緩いめの要ですけど、それでも普通の人が足を踏み入れられる場所じゃないです」

「そうなの? 散歩の途中でフラっと迷い込んだから、出入り自由なのかと思ってた」

「トシヒコさんは迷い込んだんじゃなくて、賢者様に導かれたんですよ」

「賢者が導いた? オレを?」

「そうです。理由については――自分で確かめてください」


 そう言って、ノンノは白い森の先にある暗がりを指差した。そこは、唐突に森の白が途切れ、先の見えない闇が広がっていた。


「あの先が『宝樹』の深部。真なる要の地、です。あの先であたし達の主が待ってます」


 宝樹の要の深部だという闇を覗く。一寸先ですら見えない深い闇に、踏み出す足が止まる。


「大丈夫ですよ。あ、怖いなら手を握りましょー! 最初は誰でも怖いですもんねー。ノンノは二回目なので慣れっこですけどね!」


 と言いながらも、微妙にプルプルしている。


 ここまできて引き返す選択肢も無いと、俊彦は震えるノンノの手をにぎる。

 二人は目を合わせて頷き合い、白が途切れた先にある闇へと踏み出した。