第42話

 白から黒へ踏み込み、抜けた先には、様々な色が溢れていた。

 新緑を芽吹かせる樹木、赤や黄、白や青の色とりどりの花や木の実。そして夜とは思えない程に明るく神秘的な月光が樹々の間から木漏れ日のように差し込んでいる。


 それはまるで、この世の楽園のようで、その景色に目を奪われた。


「ようこそいらっしゃいました、聖剣の勇者よ」


 不意に頭の奥で声が響いた。突然の出来事に声の主を探して辺りをキョロキョロと見回す。

 戸惑っていると隣にいるノンノが手を差し出して俊彦の視線を誘導した。


「ノンノ、案内ご苦労様でした。勇者殿、私はこちらですよ」


 頭に響く声と共に俊彦の顔を風が撫ぜた。手で頬を撫でながら、ノンノが促す先、風が吹いてきた方向を見る。


 そこにいたのは――


「ドラゴン……」


 目の前にいる巨大な生物に目を見開く。月光に照らされてキラキラと輝く緑色の皮膚。毛のない頭部には長い二本の角が生えていた。ドラゴンは巨大な身体を支える四本の足を折り曲げ、地に伏せるようにして俊彦の元へと顔を寄せている。

 体長は十メートルを越えるだろうか。顔だけでも俊彦と同じくらいの大きさだ。

 それほどの巨体でありながら威圧感や恐怖を感じないのは、頭に響く優しげな声のおかげか、それとも優しい光を湛える黒い瞳のおかげか。


「驚かせてしまいましたか?」

「すみません、賢者と聞いていたので人かと思ってて、少しだけ驚きました。……でも、怖くはありません」

「ならよかった。このような風貌なので不安でしたが、今代の勇者は優しい方のようです」


 緑色のドラゴンは目を細めて笑っているように見えた。


「ユグドラ様、あたしは下がりますね」

「はい。帰りはマキリにお願いするので、ゆっくりお休みなさい。夜遅くにお願いしてごめんなさいね、ノンノ。」

「全然大丈夫です! お役に立てたなら光栄です! それじゃ、トシヒコさん、またね!」

「うん、またね」


 俊彦が挨拶を返すと、ノンノは大きく手を振りながら森の奥へと消えていった。


「まずは自己紹介からですね。私は、この『宝樹』の要を守護する賢者、ユグドラと申します。見ての通り、人ならざる者ですが、友好を結んでいただければ幸いです」


 巨大な頭がお辞儀をするように下がった。目を閉じてお辞儀をするドラゴンを見て少し可愛いなどと思ってしまう。


「オレはトシヒコ。トシヒコ・タツミです。ご存知だと思いますが、一応、勇者ってことになってます」

「フフ、一応などと。いつの時代も勇者は謙遜なされるのですね」

「オレの他にも勇者の知り合いがいるんですか?」

「今代の勇者でお会いするのは、トシヒコさんが初めてですよ。少し前、貴方達人間にとってはかなり昔になるでしょうか。その時代に生きた勇者達とは、とても仲良くさせていただきました」


 ラングリーズが魔王の侵略に対抗するために、召喚の秘術を蘇らせたと言う話は聞いていた。過去にも現在のように勇者を必要とする何かがあったのだろうか。


「過去にも魔王の侵略があったのか、という顔をしていますね。先代の頃はそういうわけでは無かったので、あまり参考にはならないと思いますよ。昔話は、また別の機会にでも」

「わかりました。それで、オレをここに導いたと聞きましたが……?」

「そうですね。そのお話をする前に……ああ、ちょうど来たようです」


 森の奥から二人の男女が歩いてきた。男性の方は服装を見る限り、ノンノと同じく守護者の一族であることが伺える。

 女性の方は、鉄製の胸甲ブレストプレートを身に纏った、美しい女性だった。艶のある青紫色の髪に透明感のあるエメラルドグリーンの瞳。凛として歩く姿は騎士のようであり、美しい容姿はどこかの国のお姫様のようでもあった。


「お連れしました」

「ありがとう、マキリ」


 マキリと呼ばれた男性は女性をユグドラの元へと誘うと、脇に控えるように数歩下がった。

 

「私のような者に貴重なお時間を頂きありがとうございます、賢龍けんりゅう様」

「いえいえ、私の都合でお待たせした挙句に、このような夜更けに呼び出して申し訳ありません」


 ユグドラに対して優雅に礼をした女性は、俊彦の方へと向き直る。


「この御方は?」

「ラングリーズによって召喚された『聖剣の勇者』ですよ」

「聖剣の……? 確かそれは……いえ、そういうことですか」


 ユグドラが告げた言葉に疑問を持ったようだが、自身で答えにたどり着いたのか、女性は納得したように頷いて俊彦に向けて礼を取った。


「名乗りもせず失礼しました。私はユスティア・バレスタイン。新たに召喚されし『聖剣の勇者』にお会い出来て光栄ですわ」

「あ、と……と、トシヒコです。トシヒコ・タツミ。まだ勇者って言われるのに慣れてないんで、そんな畏まらなくても大丈夫です、はい」


 微笑を浮かべながら挨拶をしてきた女性、ユスティアから妙な威圧感を感じて少しだけ動揺する。女性は微笑みながらも薄らと目を開けて俊彦を観察しているようだった。


「フフ。いたずらはその程度でよろしいでしょう。お話をする前に、トシヒコさんにお願いがあるのですが、よろしいでしょうか?」

「お願いですか? なんでしょう?」

「神器を顕現して欲しいのです」

「神器、ですか?」

「はい。可能でしょうか?」


 神器の顕現。先のレイル大森林の戦いで、俊彦は神器の銘――聖剣の名を知ることができた。今ならば司や伽奈美が持つ疑似神器と同じように、名を呼ぶことで神器を呼び出すことができるはずだ。


「わかりました」


 手を虚空へと伸ばし、自らの身体に眠っている勇者の力に呼びかける。


 ――来い、聖剣ファラ


 光と共に俊彦の手に白く輝く聖剣が顕現する。こうして神器を呼び出すのは初めてだが、うまく行ってよかったと安堵した。


「これは……」


 女騎士ユスティアが腰に下げた剣を触りながら驚いたような表情を見せていた。その様子を見たユグドラは目を閉じて何かを考えているようだった。


 やがて、目を開いたユグドラは遠くの空を眺めるようにしながら、呟いた。


聖剣ファラ……やはり、ですか。時が、きてしまったようです皇よ」


 何故か、その瞳はとても悲しそうな色をしていた。