第43話

「つまるところ、魔族……魔王の侵略は要の地に関係がある、と?」


 眉根を寄せて険しい顔をしたユスティアがユグドラに問いかける。


「はい。要の地とはレーベンガルズと他の世界を隔てる壁を維持する要。この地を見れば分かると思いますが、要の地は貴方達が住む世界とは少々異なります」

「要の地は異世界ということでしょうか?」

「厳密にいえば、異世界とレーベンガルズが混じり合った不安定な地ですね。故に私のような『賢者』と呼ばれる獣が要の地を維持しているのですよ」


 確か、ノンノが要の地が異世界からの干渉を防ぐ役割をもっていると言っていた。混じり合っているということは、要の地から異世界に繋がっているということだろうか。例えば――


「……魔界とつながっている?」

「察しが良くて助かります」

「魔界とはなんでしょう?」


 魔族、魔王とくれば魔界だろうと発言したが、ユスティアはピンと来ていないようだ。この世界では地獄とか魔界とか天界といった、現代日本ではある種一般的とも言える世界は馴染みがないのだろうか。


「ユスティアさんには、こう言った方が馴染みがあるでしょう。咎人の国ウィスメトス――」

咎人の国ウィスメトス……神に逆らいし大罪人が封じられた地、ですか。おとぎ話とばかり思っていましたが」


 俊彦からすれば、ドラゴンや魔物、魔法が存在するこの世界自体が十分おとぎ話なのだが、その世界の住人をして魔界――咎人の国ウィスメトスの存在は信じがたいもののようだ。


「魔族とは、咎人の国ウィスメトスとされた、大罪人達であるというのですね」

「あの者達が咎人の国ウィスメトスから来ているのは間違いありません」

「魔族が咎人の国ウィスメトスの住民……ということは、侵食は……」

「門が開いたことによって、咎人の国ウィスメトスがレーベンガルズと混じり合おうとしているのです」

「門が開く?」

「要の地は異世界とレーベンガルズを隔てる門。要の地が崩れる等して、門が開いてしまった場合、異世界がレーベンガルズへと侵食してくるのです」

「つまり、何れかの要の地が機能しなくなったから、魔王が侵攻してきた」


 ユスティアの問いを肯定するように、ユグドラは目を閉じた。

 告げられた真実に衝撃を受けたのか、ユスティアは頭を押さえてため息をついた。


「各地の賢者はそのことに気づいていたのですか?」

「もちろんです」

「ならば、なぜ。なぜ今までその事実を告げられなかったのですか。魔王の侵攻が始まって十年以上。比較的開かれている『宝樹』ならば、答えを求めて訪れる者はいたでしょう」

「それは、要の地を守るためです」

「要の地を、守る?」


 ユグドラの答えにユスティアが思案するような顔を見せる。少しの間、思案していたユスティアは得心がいったのか一人頷いていた。俊彦は随分前から話についていけていない。


「魔王軍に怯えた人々が要を崩そうとすると考えられたのですね。しかし、それは今も同じなのでは?」

「時が来たのです」

「……先程もそのようなことを呟いておりましたが、タツミ殿が現れたことに関係があるということでしょうか」

「はい。トシヒコさん、もう一度神器をお願いします」


 言われて、呼び出したままの聖剣ファラの柄を持ってユグドラの前に掲げる。


「やはり、私の剣が共鳴している」

「勇者が持つ神器は、神の加護を得た力の結晶。ユスティアさんが持つ神剣もまた、似た力を持っているが故でしょう」

「神の加護……タツミ殿、今一度その神器の銘を教えてくれませんか?」

「銘って名前だよね? この剣の名は『ファラ』」


 俊彦が名を呼ぶと、白い剣が喜ぶよう光を放った。


「ファラ……ファラ神教における最高神。光の大神ファラの名を冠する神器……。この力を待っていたのですか、賢龍けんりゅう様」

「……そう、ですね。私は……いえ、要の賢者は皆、ファラの再来を待っていた」

「ファラの再来?」


 まるで自分が神様の生まれ変わりのような言い方だったので驚いた。ユグドラは笑うように目を細めてトシヒコに話しかける。


「フフ。そういう意味ではにですよ。ただ、ファラの名を冠した剣こそが、レーベンガルズを……救うのです」

「この剣が……?」


 手に持つ聖剣ファラはユグドラの言葉を肯定するように力強く輝いている。ラングリーズ王城でも、そのようなことを言われた。言われるがままに旅に出たが、魔王を倒すために何をすれば良いのかは、未だに見えていなかった。


「魔王を、魔族を討伐せしめる手立てがあるということですね、賢龍けんりゅう様」

「その剣があれば、戦いを終わらせることができるでしょう」

「私が今この時にこの地にいたのは天命ということですね。賢龍けんりゅう様、魔王の居場所……咎人の国ウィスメトスに繋がる要を教えてください」


 ユスティアの言葉にユグドラが沈黙する。今までの話から、魔王を討伐するために向かうべき場所が告げられると思っていたが――


「それを教えることはできません」

「……なにか理由が?」

「もちろん、理由はあります。しかし、それを教えることも、また……」

「では、十の要を虱潰しらみつぶしにするしかない、ということでしょうか。それは……難しいと言わざるを得ません。幾つかはその場所すら定かではない。それに……」

「そんなことをすれば、世界が崩壊しかねない……だよね」


 そのようなことをさせるつもりならば、俊彦を待つこともなく他の者に咎人の国ウィスメトスの事を教えていたはずだ。


「教えてください、ユグドラさん。オレはどうすれば、世界を……レーベンガルズを救う事ができるんですか?」


 自分を、自分が持つ聖剣ファラを待っていたと、ユグドラは告げた。自分をどこかへ導く為に、この地へといざなったはずだ。

 俊彦はユグドラの優しげな黒い瞳を見つめて答えを待った。


「良い目です。貴方がファラを伴ってくれて、本当によかった」

「……」

不知火しらぬいの要へと向かいなさい、勇者よ」

不知火しらぬいの要……」


 ユグドラの言葉を復唱してみたものの、その単語に聞き覚えはない。相変わらず世界の知識に乏しい俊彦は、助けを求めるようにユスティアに目を向ける。


「東の海、宝瓶海ほうべいかいを抜けた先にある島国、ヤマト皇国にある要ですね。そこに魔王が?」

「いないでしょう。ですが、道を開くための鍵は不知火しらぬいにあります」


 ヤマト皇国。名前と場所を聞く限りだと、ファンタジーRPGとかに良くある江戸時代くらいの日本的な国だろうか。そこに行けば、魔王を倒して世界を救うための鍵があるという。


「わかりました。オレに何ができるかはわからないけど、ヤマト皇国……不知火しらぬいの要に行ってみます」

「そうですね。これは大きな進展ですよ、タツミ殿。バレスタインも国を挙げて支援しましょう。急ぎ、ヤマトへの道を……」

「ユスティアさん、申し訳ありませんが、この事は内密に……」

「要の地の安全であれば、各国を力でねじ伏せることもできます。今が機だと思うのですが、なにか懸念が?」

「貴方達の敵は、人ではないでしょう」


 言われてハッとする。今、自分達が戦っている相手は魔王軍だ。下手な情報を流せば状況が混乱してしまい、新たな危機を呼び寄せる可能性が高い。


「……秘密裏に、動く必要があるということですね」

「それが賢明でしょう。ユスティアさんにもお話した以上、判断はお任せしますが……」

「承知しました。私……いえ、バレスタインは今まで通りに魔王軍の牽制に力をさきます。大手を振っての支援はできませんが、ここで共に在ったのも縁。蒼華騎士団そうかきしだんは、聖剣の勇者へ出来る限りの協力をすることを約束しましょう」

「オレに……?」


 ユスティアは微笑を浮かべて俊彦に手を差し伸べる


「バレスタインとラングリーズは友誼を結んでいるわけではないですからね。私とタツミ殿との約束、という方がいいでしょう。武力が必要になったら遠慮せず頼ってくださいね、タツミ殿」

「……期待に応えられるように頑張ります」


 俊彦はユスティアの細い手を握り返す。ここでもまた、自分に期待を寄せる者ができた。勇者として、その期待に応えなければならないと気を引き締める。


「遅い時間にも関わらず、話を聞いていただきありがとうございました。マキリ、お二人を樹廊街じゅろうがいへと送って差し上げなさい」


 ユグドラが声をかけると、脇に控えて彫像のように沈黙していたマキリが二人の前へと歩み出る。

 ユスティアと俊彦は互いの手を離してユグドラへと向き直った。


「貴重な情報をありがとうございました賢龍けんりゅう様。勇者が魔王を討伐できるよう、私も微力を尽くしましょう」

「貴女の助力が得られるならば、心強いでしょう」

「まだ、話についていけて無いところもあるけど、オレもできることを、できるだけやってみます」

「はい。貴方は、貴方の思うように。不知火しらぬいの賢者に会えたら、ユグドラは元気だとお伝え下さい」

「わかりました」

「それでは、またお会いできる日を楽しみにしています。お休みなさい」


 二人はユグドラの言葉に頷き、礼を返すとマキリに誘われて去っていった。


「……」


 無言で宙を眺める。ユグドラの黒い瞳は。先程までの優しげな光を失い、ただ無機質に勇者達が去った方を眺めていた。