第44話

 次の目的地はヤマト皇国に決まった。要の賢者ユグドラの進言に従い、ヤマトの地にある『不知火しらぬい』の要に向かう。


 ヤマトに向かう詳しい事情に関しては、アルバート達には伝えていない。当初向かう予定であったファティマ聖王国を避けて、ヤマトへと向かうことについてはユスティアがうまく説明してくれた。


 ヤマト皇国へのルートは、マルドアから東にあるダルバン砂漠を抜けて、商人の聖地と呼ばれている『商業都市エイザン』へと向かう。

 エイザンからは船に乗って東の大海『宝瓶海ほうべいかい』を渡ることになる。

 大陸を横断する過酷なルートだが、タイミングが良いことに、東方のカマル共和国へと向かう蒼華騎士団そうかきしだんの行軍に同行させてもらえることとなった。

 

 ユスティアには感謝をしてもしきれない程の恩を受けた。説明からルートの選定、さらには先行していた騎士団の一隊を俊彦達の移動に合わせて待機させる等、大手を振っての支援は難しいと言っていたにも関わらず十分過ぎる程に手助けをしてくれた。

 それだけ、俊彦に期待しているということだろう。


「強くならないとな」

 

 そう声に出し、一人決意を新たにする。

 王城での戦いも、レイル大森林の戦いでも、戦いの最後まで立っていることができなかった。これ以上、あのような無様を晒すわけにはいかない。

 

 かといって旅立ちを明日に迎えた今、すぐに何かができるわけでもない。しかし、気持ちが昂ぶって寝付くこともできなかった。

 部屋でじっとしていても仕方がないので、少し身体を動かそうと部屋を出る。


 夜風が心地よい。いつぞやの夜のように、眠りについた静かな樹廊街じゅろうがいの幻想的な景色を見渡す。

 明日にはこの景色とも別れることになる。短い時間だったが、居心地の良い街だった。森に住まうエルフもダークエルフも、人々に排斥されたと言われている獣人ですらも、マルドアの亜人達は俊彦達にとても良くしてくれた。


 魔王を倒すことができたら、また遊びにこよう。そう考えていると、誰かが近づいてくる足音が聞こえた。


「眠れないのですか、トシヒコ様」


 風に金の髪が揺れていた。黄金を紡いだような美しい髪が、燐光を纏った風と戯れているようで――

 俊彦は幻想的なマルドアにあってなお、現実離れした美しさに言葉を失っていた。


「トシヒコ様?」

「あ、ああ、ごめんごめん、ちょっとボーッとしてて」

 

 風になびく金の髪を手で押さえながら、女性は優しく微笑んでいる。女性はマルドアの住民に貰ったのだろう、動きやすそうな若草色のワンピースの上に、黒に少しだけ装飾が入ったフード付きのローブを纏っている。


「今日はフードを外してるんですね、アイシャさん……いや、アレクシアさんって呼んだ方がいいかな?」

「バレちゃいましたね」


 認識阻害のフードを外したアイシャ――アレクシアは、伯母であるカリーナ・ラングリーズのようにいたずらっぽい笑みを浮かべた。

 バレたというか、なんというか、最初からなんとなくそんな気はしていた。アルバートも気づいていたのだろうが、そこに触れないようにしていたので、俊彦も言及せずにいた。


 ただ――旅の途中で露呈したアイシャのポンコツ具合と、凛とした印象が強かったアレクシアが同一人物ということに未だ違和感が拭えずにいる。


「今は、どちらでもいいですよ」

「そっか。アレクシアさんも眠れないのかい?」

「眠れないってわけじゃないんですが、この景色を見てたらついこんな時間になっちゃいまして」

 

 それぞれの部屋の外にある廊下に建てられた手すりに手を乗せて、景色眺めている。


「綺麗ですね」

「うん。本当に、綺麗だね」


 憂いた瞳で幻想的な森を眺める少女。マルドアの景色も、それを見る少女の横顔も、どちらも形容し難い美しさだった。


「少し、歩きませんか?」

「そうだね。まだ眠くないし、少し散歩するのもいいね」


 俊彦の答えに笑顔で返したアレクシアと肩を並べて、どこへ行くでもなくゆっくりとマルドアの街を歩いて行く。


 しばらくの間、景色を楽しむように無言で歩いていたが、どちらともなく口を開いた。


「また、三人での旅になるんですね」

「そうだね」


 レイル大森林での戦いでは、多くの仲間に助けられた。イクフェスと司、アトレイアの三人とは連携もうまくいっていたので、一緒に旅をするのはどうか、と誘いを出していた。


 しかし、マルドアの重鎮でもあるイクフェスとアトレイアは、森から動くことができない。司も、準勇者として騎士団を率いる身であるため、ラングリーズからの許可は降りなかった。

 その他のメンバーも、弓の勇者である武内由那は勿論のこと、まだら大魔道だいまどうグランフェリア・ヴァルドル、万夫不当ばんぷふとうの騎士ユスティア・バレスタインの二人も、国家バランスの関係上、大手を振っての協力が難しく、共に旅をする仲間として迎えることはできなかった。


「でも、みんな協力してくれるって言ってくれてるし、なんとかなるよ、きっと」

「そうですね! 私も頑張ってヤマトまでナビゲーションします!!」

「はは、それは心強いなぁ……」


 俊彦は苦笑を漏らすが、妙にやる気のアレクシアはブツブツと独り言を言いながらルートを想定しだした。


「そういえば、グランフェリアさんとよく話をしていたよね? なんの話をしてたんだい?」


 また盛大な迷子になってはかなわない。俊彦は違う話を振って話題をそらすことにした。


「グランフェリア様とのお話ですか?」

「うん。オレはあんま喋る機会無かったから、どんな人なのかなーっていうのも気になる」


 グランフェリア・ヴァルドル。魔術の聖地である『黒の塔』において、最高峰の者に贈られる『大魔道』の号を持つ者。そして、魔術とは異なる奇跡の技『魔法』を操ることができる、世界でも数少ない魔法使いの一人。


 かくいうアレクシアも、ラングリーズにおける召喚の巫女として、魔法の域に達した奇跡を行使することができる。先の戦いで、ユスティア・バレスタイン、グランフェリア・ヴァルドル、武内由那がタイミング良く現れたのは、アレクシアの召喚魔法によるものだ。


 魔法使いとして通ずる物があったのか、グランフェリアは空いている時間があればアレクシアと何かを話していることが多かった。


「グランフェリア様とは召喚についてのお話をしていました。流石は黒の塔でも最高峰と言われる魔法使い、その見識の深さ……にゃぁっ!?」


 話をしていたアレクシアが、突然悲鳴を上げて俊彦にしがみついてきた。


「ど、どうしたの? 何かあった!?」

「す、すみません……変な、柔らかくて気持ち悪い何かを踏んだ気がして……」

「柔らかい何か……?」

 

 地面は柔らかめだが、気持ち悪くはない。不審に思いアレクシアを背にかばいながら、問題の場所を見る。


「うむ。白じゃ」

 変なじじいがいた。


「………」

 踏んだ物が老人……というか、グランフェリアなのだが、それを確認したアレクシアは無言でグランフェリアを蹴り飛ばした。


「悔いなしぃーーーー」

「あーミノルはっけーーーん! 逃がさないにゃぁーーー」


 蹴り飛ばされて彼方へと飛んでいく老人を、酒瓶を抱えたダークエルフの女性が追いかけていった。そういえば、あの二人は毎晩のように酒を飲み明かしていた気がする。何度か絡まれたが、未成年なので丁寧にお断りしていた。

 どうやら今日も深酒をしているようだ。絡まれる前に消えてくれて助かった。


 一瞬気まずい空気が流れたが、アレクシアは何事もなかったように話を続けた。


「グランフェリア様には、召喚についてお話をしていただきました。ヤマトへ向かうのであれば、その後でいいのでイセンにある黒の塔へと来るように言われてます」

「黒の塔に?」

「はい。召喚事故のお話をしたら険しい顔をなさって……今の召喚式はよくない、と。レイル大森林で私が気を失ったのも、式に問題があるからだということで、使用しないように言われちゃいました」

「それって、戦う力がなくなるってことだよね? 旅についてきて大丈夫なの?」

「トシヒコ様が守ってくださるでしょう?」

「え、と……」


 アレクシアに微笑みながら言われ、戸惑ってしまった。共に戦う仲間だ。絶対に守ってみせる、と心に決めているが、自分の力の無さを痛感したばかりだ。任せろ、と即答できないことをもどかしく思う。

 強く、ならなければ。


「フフ、そんな怖い顔されるとこっちが困っちゃいます。冗談ですよ、冗談。私も戦う術は持っています。自分の身は自分で守りますから」


 俊彦に気を遣わせまいとしているのか、未だ表情を固めていた俊彦に冗談だ、と笑いかけてくる。

 冗談だと言われて肩の力を抜いたところで、ふとアレクシアが立ち止まった。


「どうかしたの?」


 不意に立ち止まったアレクシアは、口を結び下を向いていた。


「……貴方は、私たちの希望です」


 下を向いていたアレクシアは、思い立ったように言葉を放ち、俊彦を見る。


「最初は、気に入りませんでした。姉さんが命がけで召喚したのに、神器もない。神器を顕現したと思えば、長く眠ったままで起きても来ない。起きてきたと思ったら覗き。正直、勇者にあるまじき愚者のために姉は命を落としたのだと、貴方のことを憎んですらいました」


 アレクシアの告白に胸が締め付けられる。俊彦を召喚した巫女。アレクシアの姉でありラングリーズ第一王女であったアステア・ラングリーズは、俊彦を召喚した際の事故が元で命を落とした。

 召喚自体に俊彦が介入する余地はなく、併せて不幸な事故によってもたらされた結果だ。逆恨みといえばそれまでだが、当の本人が罪悪感を覚えないといえば、そういう訳ではない。


 アレクシアは、悲痛な表情をしている俊彦に手を伸ばそうとして、でも、触れることができずにその手をゆっくりと下ろした。


「逆恨み、だということはわかっていました。そして、貴方に辛く当たることを姉さんが望んでいないことも。だから、顔を隠し、名を偽って、新しい自分で勇者を見てみよう。そう思って父や伯母に無理を言って、旅に同行したんです」


 言葉を切って深呼吸をする。


「貴方は、勇者でした。私たちが、姉さんが望んだ」


 ドジばかりする自分を抱え、守り、敵に立ち向かった。諦めるなと叫び、自分を守ってくれた大きな背中は忘れることができない。


「私なんか、役に立たない事はわかっています。でも……それでも、私は勇者と共に戦いたい」


 なし崩しで旅に同行した。自分の召喚術があれば、勇者などよりも役に立てるという傲慢な思いもあった。しかし、自分などなんの役にも立たないことを痛感した。足手まといであることも、わかっている。


 それでも、俊彦とアルバートは何を言うでもなく、旅の続きをアイシャ――アレクシアに話した。自分を仲間だと言ってくれた。


 だから、ちゃんと告げなければならない。勇気がでずに、俊彦の部屋の前で待っていただけだけど、機会はきた。

 勇者と共に旅をする者には勇気がなくては駄目だ。

 だから――


「聖剣の勇者、トシヒコ様。私を、旅の……魔王討伐の旅の仲間に加えてください」


 言ってまっすぐに俊彦の目を見る。ちゃんと言えただろうか。自分の決意を、伝えることができただろうか。

 何も言わなくても、そのまま旅を続けることはできた。俊彦からすると何を言っているのかと思われているかも知れない。


 俊彦の答えを待つ。時間の流れがひどく遅く感じた。気を抜くと涙がこぼれそうだったが、泣くまいと眉間に力を入れる。


「……ありがとう」


 真剣な面持ちでアレクシアの告白を聞いていた、勇者の顔が和らいだ。


「うん、そうだよね。ちゃんとしないとだよね。じゃ、オレからも、いいかな?」


 予想外の返答に驚いたが、俊彦の言葉に反射的に頷く。


「みんながオレを勇者だって言って、期待してくれている。オレはその期待に応えたいと思ってる。けど、オレは何も知らないし、きっと一人じゃなにもできない」


 呆然としているアレクシアの目をしっかりと見て、

「オレと一緒に来てほしい。役に立たないって言うなら、オレも一緒だ。一緒に、魔王を倒せるくらい強くなろう」

「トシヒコ……様……」

 

 俊彦の言葉に我慢していた涙が溢れる。一緒に来てほしい、一緒に強くなろう。その言葉が何度も胸を打つ。


「わた……し……一緒に……うぅ…」

 言葉にして伝えたいのに、声にならなかった。その想いを汲むように、勇者はアレクシアの頭を胸に抱き、あやすように、確かめるように、自分の想いを声に出す。

「うん。一緒に行こう。アルバートさんとアレクシアさんとオレで、強くなって魔王を倒そう」


 樹々の枝葉から溢れる月光と、マルドアに舞う燐光が、優しく二人を包んでいた。