第2話

 ダルバン砂漠――


 マルドア大森林の東部に広がる砂漠地帯。

 古代に栄えた王朝が神の怒りに触れ、大地と水の恵みが失われたと言われている。


 砂漠の地には大きな国家はなく、多数の部族が自由に暮らしている。

 故に治安は悪く、国を追われた犯罪者や盗賊、戦を生業とする傭兵が居を構える等しており、過酷な環境も相まって砂漠を旅する者は少なかった。


 魔王軍の侵略が始まって以降は盗賊等の被害は減少したが、魔物が活性化したことにより依然として危険な場所であることに変わりはなかった。


 本来であれば、ダルバン砂漠より北にある大河を中心とした交易路を進むべきなのだが――


「はぁーーったく暑ぃったらねーな、クソが!!」

「年頃の娘がそう汚い言葉を使うものではない。それに、愚痴を言ったからといって涼しくはならんぞ」

「わぁーってるよ。なんでまた砂漠に来なきゃなんねーのか……ああ、やっぱザカートのクソを滅ぼすべきだな」


 蒼華騎士団そうかきしだん赤火隊しゃっかたいを率いる女騎士エリア・アイゼンガルドが物騒なことを言い始めた。隣を歩く中年の騎士アルバート・ナイセルは何度目かの愚痴に嘆息しながら、相槌を打っている。


「それができれば苦労はせんだろう……」

「……だよなぁ……あぁ、アチぃ……」


 エリアの愚痴も分からないでもない。本来であれば、交易路を進むべきである。しかし魔王の侵略以降、交易路は厳しく制限されていた。


 交易路の利用を制限しているのは、その大半を領土に有する大国、ザカート帝国。


 ザカート帝国は魔王の侵略以前から大陸の覇権を狙っており、天秤の隙をついては領土を拡大していた。

 魔王という脅威が現れた後も積極的に他国と協力体制を取ろうとはせず、機を見ては自国の利のために動いている。


「なんというか我が国も大きな事は言えんが、ザカート帝国がもう少し他国と足並みを揃えれば、魔王軍との戦いも楽になるとは思うな」

「そりゃ皆思ってることだろうぜ。でもま、そうはなんねーな、いまんとこ」


 ファティマ聖王国が世界に向けて発した同盟に賛同した国は少ない。ザカート帝国もまた、同盟に対して返答もせず沈黙していた。


 ザカート帝国の領土によって北方のグルガ帝国は完全に孤立しており、交易路の関係上、東にあるカマル共和国、商業都市エイザン、工業国家ガリンガ、魔導国家イセンとも積極的な交流が持てない。


 世界は東と西で分断されているような状況だった。


 唯一の救いは、ダルバン砂漠に拠点を置く大陸有数の傭兵団、「飛天傭兵団」が砂漠にある部族連合を糾合して同盟に参加していたことだろう。

 

「これで砂漠すら通れなければ八方塞がりでしたね」


 アイシャが二人に並び、話に加わる。俊彦は相変わらず世界の情勢に疎いため、こういった会話の時はいつも一歩離れて話を聞いていた。


「まあ、あいつらもファティマっていう金蔓かねづるが欲しいだけだろうけどな。邪魔しねぇだけマシだけど」


 エリアが言う通り砂漠の部族も飛天傭兵団も、ファティマ聖王国の要請で蒼華騎士団が砂漠を横断すると伝えたところで、積極的に協力をする姿勢を見せてはいない。

 過酷な砂漠を安全に移動するための案内人も寄越さず、順路の安全は確保している、という連絡だけが来ていた。


「……それは、確かにそうかも知れませんね。順路が安全ということでしたが――」

「かー、またか? ほんとに、これで安全だって言われたら、世界中どこでも安全だぜ……数は?」

「北から二百ほど。東からも……百以上。先程より多いですね」

「どっちにしろ大した数じゃねーな」


 俊彦たちが同行している蒼華騎士団は、砂漠を安全に抜ける為の順路を進んでいた。古くに開拓された交易路であり、案内人がいなくても順路を行けば砂漠を抜ける事はできる。


 部族連合の連絡では、順路の安全は確保されているはずだったが、度々魔物の大群に襲われていた。


「先に仕掛けんぞ。五十は北、残りはここで陣張ってラングリーズのお守り。勇者、オマエはアタシと一緒に東だ」

「ええ!? ちょちょ、ちょっと待って下さい! またトシヒコ様と二人で大群を相手されるんですか!?」

「そだぜ。経験積むにゃちょうどいいだろ」

「さ、先程よりも数が多いです。せめて私とアルバートさんだけでも……」

「だめ」

「しかし――」

「アイシャさん、大丈夫だよ。エリアさん、お願いします!」

「お、いい返事だねぇ。さっきも言ったけど、ウチの隊は回復要員いねーから、大怪我するだけで詰みだ。気ぃ入れてけよ?」

「はい……!」


 蒼華騎士団と合流してから、俊彦はエリアによって多数の魔物との戦いを強いられていた。アイシャは止めようとしているが、俊彦はエリアの要請を断らず、果敢に戦いに挑んでいる。


 強くなりたい――その気持が俊彦を戦いに駆り立てていた。


「行きます! 遅れないでくださいよ、エリアさん!」

「ハッ! 言うじゃないか勇者。んじゃ、ちょっと本気で行こうかねぇ」


 二人は足場の悪い砂漠にあって、それを感じさせない速さで駆けていく。


 アルバートはそれを満足そうに眺めながら、不安気に二人を見送るアイシャの肩に優しく手を置いた。


「大丈夫だ。トシは戦いの中で成長している。エリア殿と共に戦うことで、新しい戦い方も覚えている。今は見守ろう」

「……そうですね」


 俊彦が戦いの中で著しく成長していることは分かっていた。エリアも、俊彦が成長できるように戦いをコントロールしていることも。


――アルバートさんとアレクシアさんとオレで、強くなって魔王を倒そう


 自分も一緒に戦いたかった。一緒に強くなろうと約束した。でも――


 アルバートとアイシャを守るように、騎士団が円陣を組み上げる。


「……」


 ここに来ても、自分は誰かに守られたままだった。