第3話

 俊彦は砂漠を駆けていた。

 戦いの際には、味方と十分な距離を取るように言われている。


 俊彦が放つ聖剣の光は絶大な威力を誇るが、それ故に乱戦には向かない。

 蒼華騎士団と合流して最初に魔物の群れが襲ってきた時に、俊彦は迷わず聖剣の力を振るった。その際にエリア・アイゼンガルドから「味方を殺す気か」とひどく叱られた。


 確かに、広域に渡り破壊の力を及ぼす聖剣の光は扱いが難しい。一度目は王城の一角を消し飛ばし、二度目は大森林にある廃砦を吹き飛ばした。

 三度目は何もない砂漠だったから良かったものの、誰かを巻き込まないとは限らない。


 自分が持つ力が危険な力であると、改めて自覚した。使い所を間違えれば――


「見えてきたぜ」


 鋼鉄製の巨大な槍を軽々と抱えて、息も切らさず俊彦と並走する女性が声を掛けてくる。


 エリア・アイゼンガルド。大陸最強と名高い蒼華騎士団にあって、攻撃の要を担う赤火隊しゃっかたいを率いる女騎士だ。

 鋼鉄製の胸甲ブレストプレートに赤い戦装束。騎士にしてはかなりの軽装だが、露出した肌には傷一つない。魔術による治癒が可能とはいえ、大きな傷を負えば痕は残る。彼女の白い肌は、大きな傷を負うこと無く戦場を生き抜いてきた証だった。

 

「先鋒に大事なことは忘れてねぇよな?」

「敵を後ろに行かせない、怪我をしない、家に帰るまでが戦。ですよね」


 蒼華騎士団と合流してエリアと共に戦うようになってから、先鋒――前衛を担う者が忘れてはならない事だと戦闘前に必ず聞かれることだ。


 パーティにおいて、前衛は道を切り開く剣であり、仲間を守るための盾だ。戦闘能力の低い後衛と敵を対峙させることは許されない。敵を倒すことよりも、自分に引きつけ仲間の元へと行かせないことが重要だ。だからといって、自らを顧みずに戦うことも許されない。


 人の身体は脆い。

 少しの傷で行動に大きな支障がでることもある。血を失えばそれだけ体力も失われる。前衛が継戦能力を失えば、パーティの壊滅は免れない。エリア率いる赤火隊や俊彦のパーティのように、回復魔術を扱える者が居ない場合は特に注意が必要だ。


 そして、家に帰るまでが戦。遠足の標語のようだが、安全を確保するまで気を抜くことは許されない。戦場において気の緩みは死に直結する。


「よしよし、ちゃんと覚えてるみたいだな。先鋒っつーと死に急ぎたがるヤツが多いけど、一番生きなきゃなんねーのが先鋒だ。アタシ達が戦い続ける限り、戦に負けはねぇ」

「はい」

「今回も、アタシ達が魔物に抜かれたら後ろの奴らは死ぬと思え」

「わかってます」

「よし! んじゃ、最後にもう一個……」


 言いながらエリアは槍を構えて膝を落とし、力を溜める。


「一番槍は誰にも渡すな、だ! 遅れんなよ、勇者っ!!」


 ドン、と勢いよく大地を蹴り、笑みを浮かべたエリアが魔物に向けて突撃していく。


「エリアさんこそ、遅れないでくださいよ」


 加速した俊彦はエリアを追い抜きながら、エリアに言い返す。

 今までの戦いでエリアが俊彦を置いて突撃することは分かっていた。いつもは急な加速についていけていなかったが、今回は出し抜くことに成功したようだ。


 俊彦の方が三歩程前を走っている。このままいけば初撃は自分の物だ。

 さらに加速し、勢いをつけて剣を振り上げる。


「あめぇっ!!」

 エリアの声に反応して振り返る。

「うそ……だろ……!?」


 空高く飛び上がったエリアが槍を振りかぶっている。槍は緋色の闘気を纏い、太陽のように輝いていた。


「ぶち抜けぇぇッ!!」


 気合の声と共に、天に現れた二つ目の太陽が投擲された。

 緋色に輝く槍は空気の層を破り、幾重にも衝撃波を発生させながら地面へと迫る。

 

「うわあああああああ」


 魔物の群れの中心へと突き刺さった槍が衝撃で爆発を巻き起こす。巻き上げられた砂が巨大な壁となり、槍に纏われていた闘気が弾けて周囲に砂塵を撒き散らす。


 砂漠に巨大なクレーターが出来上がっていた。

 百体を超える数の魔物の群れは爆散し、砂に埋もれ、消えた。


 さらさらと小さな音を立てて、砂がクレーターへと流れ込んでいる。


 辺りには、生物の気配はない。魔物も、勇者も、誰も、いない。


「たはー、ちとやりすぎちまったかな」

 

 クレーターの中心に突き立っていた槍が、パタリと倒れた。