第4話

 急先鋒きゅうせんぽうと称される女騎士、エリア・アイゼンガルドは戦いの中で生きてきた。

 子供の時分から、蒼華騎士団に所属していた伯母の後をついて戦場を渡り歩き、その全ての戦いを無傷で生き抜いてきた。


 無論、全ての戦いに勝利した訳ではない。時には自分が所属する部隊が壊滅するような酷い戦にも参加した。

 それでも、傷を負うこと無く戦いを生き抜いた。戦場では生き残った者が勝者なのだ。


 死ぬ者は、死ぬ。それは仕方のないことで、自分がどうこうできる問題では無いと割り切っている。女ながらに騎士として生きる以上、人の死に流されてはいけない。死神は、死にこだわり、流される者の首を刈りにくるのだ。戦では死ぬやつが悪い。そう、自分は悪くない。巻き込まれたのは運がなかっただけだ。きっと、そうだ。自分は悪くない。勇者が不慮の事故に巻き込まれただけで、自分には関係ないはず。戦だし、勇者でも死ぬときは死ぬよね。死に流されてはいけない。考えてはいけない。そうだ、帰って、お酒を、飲もう。


「虚しいもんだな」


 憂いた目で誰もいない砂漠を一瞥して、砂に埋れていた愛槍を拾い上げる。一瞬、視界の端に砂から突き出る人の足が見えた気がしたが、何も見なかったことにした。帰って、お酒を、飲もう。


 ゆっくりとした足取りでクレーターを登り、仲間が待つ場所へ向けて歩きだす。

 また、魔王軍との戦いで犠牲が――


「殺す気かーーーーー!!」


 叫びと共に砂飛沫が立ち昇る。


「そうだ、お酒を、飲もう」

「無視かよ!!」


 息を切らしながら、砂まみれの勇者がクレーターから這い出してきた。


「そう、勇者は犠牲になったのだ」

「あくまで無視する気か……絶対逃さん……!」


 生ける屍アンデッドのように地を這いながら、俊彦はエリアの足をつかむ。


「はーなーせーよー」

「絶対逃さ……ゴホッゴホッ」

「おぉぅ……大丈夫かよ?」


 埋もれている間に口に入った砂が気管に入ったようだ。口だけではなく、目も耳も鼻も、服の中も砂まみれで気持ちが悪い。


「水でも飲んで落ち着け、な」


 咽ていた俊彦の背中をさすっていたエリアから、携帯用の水筒を受け取り、口を濯ぐ。水を吐き出すと大量の砂が混じっていた。


「ぶ、無事でよかったな! な!」

「全然無事じゃないですけどね……」

「みたところ大きな怪我もしてねーし、砂落とせば大丈夫だって」

「砂漠に来て一番ダメージ受けましたよ。エリアさんも奥義禁止でお願いします」

「たははーこりゃ一本とられ――」


 言葉を途中で切ったエリアがキッと砂漠の先を睨む。


「急にどうしたんですか?」

「……戦の匂いだ」

「戦? 何も見えませんけど……?」

「かなり遠いが、順路の中継点がある方向だ」

「見に行きますか?」

「いや、まずは隊を集める。……光よ導となれ――青の導光ブラウレヒト


 エリアが小さく呪文を唱えると、手のひらに青く輝く光玉が現れた。軽い動作で光玉を空に投げると、それほど高くない位置で止まり、一瞬強く発光してその場に浮遊した。


「魔術……使えるんですね」

「オマエ、アタシのこと馬鹿だと思ってただろ? 」

「いやいや、そんなことは」


 ジト目で見つめてくるエリアと目を合わせないようにして、否定の言葉を返す。正直、バリバリの戦士タイプであるエリアが魔術を放った事に驚きを隠せない。


「ま、こんなん誰でもできる魔術だ。オマエでも練習すりゃすぐ使えるようになるさ」

「そうなんですか?」

「手に魔力集めて呪文唱えるだけだ。子供でもできらぁ」

「手に、魔力……」


 とりあえず手に力を入れてみたが特に何も起こらなかった。


「魔力ってどうやって集めるんですか?」

「簡単だろ。身体に流れる力が手に集まるように念じりゃいい」

「念じる……念じる……」

「そしたら手がじんわり熱くなってくるだろ? そしたら呪文を――」

「あ、ホントだ。ちょっと手が温かい」

「な――」


 ほのかに光るエリアの手を触ってみると、じんわりと温かくなっているのがわかった。この温もりには覚えがある。


「わかりましたよ、これならオレも……あれ? エリアさん顔赤いですよ? もしかして魔力を使うと顔が赤くなるんですかね?」

「お、おう……とと、とりあえず、手、離そうな」

「ああ、すいません! でもエリアさんのお陰でわかりましたよ!」

「そ、そうか……そりゃ、よかったな」


 あの光、温もり。それは聖剣を振るう時に感じるあの温もりだ。ならば――


「光った! 」


 聖剣を扱う感覚で力を集めると、右手が発光した。


「……ちょっと光りすぎじゃねーか、これ?」

「これで、どうすればいいんですか!?」

「あー、あとは呪文だな。『光よ導となれ』だ」

「光よ導となれ」


 呪文を唱えると右手に集まった魔力が変化し始める。手全体から光を発していた魔力が凝縮され手のひらに集まる。呪文は魔術を行使するために、魔力に指向性を持たせ準備を整えるための技術だ。

 熟練した魔術師や器用な魔術師ならば、呪文を唱えることなく魔力に指向性を持たせることができる。詠唱短縮や詠唱破棄と呼ばれる技術で、大魔導クラスになると殆どの魔術で詠唱を必要としない。


「あとは発動のキーだ。『青の導光ブラウレヒト』」


 指向性を持たせた魔力は発動のキーとなる言霊を唱えることで、世界に満ちるマナに干渉し魔術が発動する。俊彦は初めての魔術に少し緊張しながら、エリアから教わった言霊を告げる。


「えっと……青の導光ブラウレヒト


 瞬間、世界が真っ白になった。