第6話

 エルフの男と眼鏡をかけた女性が、町中に作られた簡易の幕舎で茶を飲んでいる。


「風が強くなってきたな。防壁があるとはいえ、日除け程度でしかない幕舎ではゆっくりもできんだろう」

「戦場ではいつもこんなものですよ、イクフェス殿」

「そうか。包囲も長くなっている、疲れてはいないか?」

「想定外の戦で少々辟易としていますが、この程度で音を上げる者は蒼華にはいません」

「最近の女性は強いな……ん、誰か来たようだ」

 

 エルフの男、イクフェスの耳がピクリと動いた。エーコは茶を置き、眼鏡の位置を直す。


「エンセイも茶か?」


 幕舎に入ってきた獣人、エンセイはイクフェスの勧めを手で制し、エーコに報告を上げる。

 

「北壁の敵が動き出した」

「今まで通りの対処を」

「今までの動きと違う。攻撃が執拗で魔術を打ち込んでも矢を射掛けても退く気配がない。他の壁にいた敵も加わって総攻撃の形だ。このまま続けば壁がもたんかもしれん」

「このタイミングで……なるほど」

 

 エーコは顎に手を当てて思案している。壁を囲む敵は今まで被害を抑える為に散発的な行動しか起こしていなかった。

 イクフェスが何人かの指揮官を戦闘不能にしたのが効いたのか。タイミングとしては一番考えられるが、こちらが消耗していない状態での決死の攻撃となると、考えられることは多くはない。


「他の壁は無事ですか?」

「東西の敵は北壁に移動しているな。南も牽制のために動き始めているようだ」

「……少し早いですね。町の中に異常は?」

「あるのぉ。ほれ」

 

 老人の声と共に幕舎の中に人が投げ込まれる。投げ込まれた人は町人の男のようだが、倒れたままピクリともしない。

「何者だ!!」

 エンセイが勢いよく幕舎の入り口に当たる布を払うと、そこには砂よけのフードを被った大柄な男と、長い包みを持った小柄な男がいた。


「見たことのない奴らだ。どうやってここに入った」


 今にも飛び出しそうな勢いでエンセイが身構える。


「普通に入っただけじゃよ? なに、怪しいもんではない。ほれ、無抵抗無抵抗」


 大柄な男性、声から察するに老齢と思われる男はのんきな声で答えながら、両手を挙げて無抵抗であることを示す。小柄な男性もそれに合わせて長い包みを首で支えながら両手を挙げた。


「部外者が飛天の傭兵と蒼華の守備兵に止められずに幕舎に近づくことはできないはずだ。私が入った時に異常はなかった……もう一度聞く。何者だ、貴様達」


 エンセイはより深く構えて威圧するように二人を睨みつける。


「どうしようマル坊。めっちゃ怪しまれとる」

「そりゃ当然でしょう。だから無茶だって言ったんですよ、オレは」

「ふむ、どうしようかのぅ」

「逃げます?」

「逃がすと思うか?」


 二人の男の軽口にエンセイが放つ殺気が強まる。一触即発――今にも襲いかからんと構えに力を入れるエンセイを前に、飄々としていた二人が口を閉じた。


 幕舎の中に緊張した空気が張り詰める。


 そんな中、何を思ったのか無言で成り行きを見守っていたエーコが、エンセイの前に投げ捨てられた人の傍に腰を下ろし、状態を確認し始めた。


「な!? エーコ殿!!」


 エンセイが慌ててエーコを守るように前に立つ。エーコは慌てる獣人を意にも介さず、倒れている人の状態を確認している。


「既に事切れていますね。これは貴方方が?」

「うむ。動き始めていたのでな。余計な世話じゃったかのぉ」

「いえ、感謝します。ブレンダ、こちらへ」


 立ち上がったエーコは老人に感謝を述べてから、幕舎の外で様子を伺っていた隊員を呼び寄せた。


「遺体の調査をお願いします。あと、全隊に警戒の呼びかけを。暗殺者アサシンが紛れ込んでいるようです」


 ブレンダと呼ばれた隊員は無言で頷くと、男の遺体を担いで別のテントへと入っていった。


「馬鹿な……暗殺者アサシンだと……?砂漠の戦士が、そのような……」

「砂漠に生きる戦士は高潔な者達だと聞いていたので、その可能性を低く見積もっていました。約を違えて奇襲をかけるような相手、その可能性は十分に考慮すべきでしたね。私の失態です。申し訳ありません」

「エーコ殿の言う通りだが……やはり、信じられん。傭兵くずれの木っ端ではないのだ、砂漠の戦士がそのような卑怯な手にでるとはとても思えん」

「なんぞ事情があるんじゃろ。それよりこれからどうするんじゃ? まだ籠城を続ける気かのぉ?」


 不意に会話に入ってきた老人を睨みつけるエンセイを手で制し、眼鏡を少し持ち上げる。


「敵の策が動き出したようですので、こちらも動きます。蒼華は隊を三つに分けて目星をつけた場所へ」

「目星? 何の話だ、エーコ殿」

「敵の動きは明らかに陽動でしょう。なれば、壁内で何かをする準備があるということ。既に町に潜んでいた暗殺者アサシンは想定外でしたが、抜け道くらいはあるでしょう」

「馬鹿な。この町で我ら飛天傭兵団が知らぬ道など――」

「あるぞい。ワシ、そっから入ったし」

「な――」


 驚きに固まるエンセイを横目にエーコは眼鏡を光らせる。


「では、場所を知っているのですね。教えていただけると助かります」


 エーコの言葉に自分たちに対する不信がある程度解かれたと感じたのか、老人はフードに隠れた顔をほころばせた。


「よかろう。マル坊、案内よろしくじゃ」

「いいんすか?」

「当たりは付いとるようじゃし、もう一個くらい恩を打っておくのも悪くなかろう」

「わかりました。で、オレは誰を案内すればいい、眼鏡の姉さん」

「ティア」

 

 エーコはマル坊と呼ばれた男の問いに答える代わりに、隊員を呼び寄せる。


「小隊を二つ率いてそちらの御仁の案内に従ってください。抜け道を見つけたら、魔術で水なり砂なり流し込んで無力化してください」

「承知しました」

「容赦ねえな眼鏡の姉さん」

「勝利を確実にするためです。嫌ならば案内は不要ですが?」

「いや、気に入った。それじゃ、オレは……っと、これ渡しておきますね」


 そう言ってマル坊と呼ばれた男は抱えていた長い包みを老人に渡す。


「無茶、しないでくださいよ。後で怒られるのオレなんで。それじゃ行ってきます」

「マル坊も無茶せんようにな」


 老人は渡された包みを片手で振りながら、蒼華騎士団員と共に去っていく男を見送った。


「さて、あとは南と北の敵かのう。厄介なのは南か」

「敵が集中しているのは北だが……? 」


 エンセイは腰を叩きながら独り言のように呟く老人を怪訝な目で見つめる。


「……エンセイ殿、飛天の傭兵を集めてください。打って出ます」

「承知した。では北門で落ち合おう」

「いえ、南門にお願いします。町に残った全戦力で南の敵を討ちます」

「それでは北が――」

「北は現状維持で問題ありません。南門へ兵を」

「……」

「北の援護は私が入ろう。今はエーコ殿の指示に従うべきだ、エンセイ」

「……承知した」


 狼の獣人は、不承不承といった体で幕舎から出ていった。それを追うようにして、エルフの男も弓を手に幕舎から出ていった。


「さて、ワシはどうしようかのう」


 エーコと二人だけになった幕舎で長い包みを抱えた老人は独り言のように呟く。

 

「もう一つ、我らに恩を売ってはいかがですか、ご老人」

「ふぅむ、ワシも年じゃし……どうしようかのぅ」

「それほど大仰な獲物を軽々扱えるのでしたら、一戦くらはどうとでもなるでしょう。興味があるならば、ついてきてください」


 そう言って、エーコは幕舎を出ていった。


「ふむ。気づかれとるか。食えんのぅ、神算子」


 一人残された老人は長い包みを一振りして肩に担ぐ。


「ま、たまには身体を動かすのもよかろう」