第7話

 交易拠点となるこの小さな町は、砂を防ぐために円形の高い壁に囲まれている。基本的に町への出入りは北と南にある門を通ることになる。


 蒼華騎士団そうかきしだん 蒼氷隊そうひょうたいを率いるエーコ・トリスメギストスは、砂漠を横断するためにこの小さな町に立ち寄った。補給と休息を兼ねて二~三日滞在する予定だったが、町を包囲されて身動きが取れなくなってしまった。


 部族間の抗争に巻き込まれたのか、砂漠を安全に横断するために合流した飛天傭兵団ひてんようへいだんの言葉にも耳を貸す気配はなく、降伏を勧告される始末。


 敵兵力は蒼氷隊と飛天を合わせた軍の六倍強。赤火隊しゃっかたいが勇者を迎えに行ってなければ、四倍程の兵力。防壁があるとはいえ、堅城と呼べる程の防御もない町を陥とすには十分な兵力である。

 まるで蒼華と飛天がこの町に入るのを見計らっていたかのようだ。


「北に集中しているとはいえ、南にもかなりの兵がおるのぉ」


 防壁に立つのは、フードを被った老人と眼鏡をかけた女性、そして不機嫌そうな狼の獣人。


「こちらが打って出れば、北へ動こうとしていた敵がこちらに来るでしょうから、もっと増えますね」

「倍ほどの兵力になるか。野戦では少々厳しい数だ。やはり敵が動く前に叩いておくべきだったのではないか?」

「いえ、これで問題ありません。そろそろ、抜け道の方が閉じられた頃でしょうか」

「そうじゃな。しっかし、飛天も蒼華も練度が高いのう。これだけの兵をまとめるのに十分とかからんとは」


 南門の前には出撃を控えた蒼華騎士団蒼氷隊と飛天傭兵団が整列していた。門はいつでも開けるようかんぬきが外されている。


「では、手はず通り我ら飛天が先鋒をいただく。ついてこれなければ置いていくが、構わんな? 」

「ええ、それで構いません。敵に押し包まれそうになれば、我らに構わず逃げていただいて結構です。」

「……本当に勝てるのか?」

「信用しないならば、それまでですね。飛天の戦力は惜しいですが次の手を打つだけです」

「そこまで言うならば。噂に名高い神算子しんざんしの手並み、拝見させてもらおう」


 エンセイが壁の外へと飛び降りる。同時に南門が開かれた。


「いくぞ、飛天の勇者達よ! 砂漠では我らが最強であることを蒼華の連中に見せつけてやれ!!」


 号令と共に飛天傭兵団が敵へ向けて突撃を始める。エーコと老人は壁の上からその様子を眺めていた。


「あの獣人、一人で突っ込んでいったのぉ。お嬢ちゃんはまだ行かんでええんか?」

「……見えました。魔術部隊は詠唱待機。攻撃部隊、前へ」


 エンセイ率いる飛天傭兵団がその突貫力で敵陣を縦に割ったのを見計らって、蒼氷隊が動き始める。


「そういう戦い方か。若いのに随分老獪な」

「若さと戦術は関係ないでしょう。それでは私も戦場へ参ります。ご老人はご自由に」


 老人を一瞥してエーコも壁の外へと飛び降りた。軽やかに着地したエーコは蒼氷隊と合流して戦場へと


「ふむ。事務方かと思っとったが、ありゃ戦いも相当こなすのう。やはり蒼華は侮れんか。それにしても……」

 フードから覗く白い髭を撫でながら老人は壁から下を覗き込む。

「この高さは腰にきそうじゃなぁ……やっぱ若いもんに任せりゃよかったわい……」

 そう愚痴をこぼしながらもフードを被った大柄な男は、老人らしからぬ軽やかな動きで壁から飛び降りた。

 

***


 交易拠点として栄えているこの小さな町には、至る所に井戸が掘られている。砂漠に点在する水場――オアシスと呼ばれる場所は地下に豊富な水源がある場合が多い。

 この町も例に漏れず地下水脈を汲み上げる形で水を確保していた。水脈が地表に近い場所を探して穴を掘り、整形して井戸を作る。比較的地盤が安定している場所でもあるため、町にはそこかしこに大小多数の井戸が作られていた。


 水脈の流れが大きく変わることは無いが他の井戸を掘ることで小さな流れが変化したり、場所によっては蓄えられた水が尽きる等で廃棄された井戸も多数存在している。

 

 北門と南門を繋ぐようにして南北に走る大通りから、少し西に外れた場所に小さな古井戸がある。廃屋の影に隠れるようにしてひっそりと佇む井戸は、砂や雨を除けるための屋根が壊れており、随分前から使用されていないことが見て取れた。

 

 大通りからは見えず、大小ある生活道からも死角になっている場所。ここが壁と外を繋ぐ抜け道だと言うならば、確かに納得できる。


「ですが、そう聞くとあからさますぎやしませんか、この場所。秘密の抜け道っていうならもっと、こう、仕掛けとかありそうですけど」


 フードの男――マル坊と呼ばれた小柄な男性に連れられてきた、蒼華騎士団の騎士ティア・エイヴリングはあまりにもあからさまな場所に不信感をつのらせていた。


「ま、嬢ちゃんの言うこともわからんでもないがな。こんな小さな町じゃ王城みたいな大それた仕掛けを作っても管理も維持もできねーよ。こんな雑でも、名高い飛天の傭兵にバレてねーんだ。大したもんだぜ」

「言われてみるとそうですね。でも、こんな小さい抜け道じゃ大した奇襲にはならないんじゃないですか?」


 ティアの言う通り、この小さな井戸では一度に通れる人数はかなり少ない。潜入したとしても大規模な奇襲を行うには無理がある。蒼華騎士団長ユスティア・バレスタインのように、一人で一軍を相手にするような一騎当千の猛者でも送り込まなければ、戦況を動かすことは難しいと思えた。


「少数でも撹乱や扇動くらいならできるけどな。暗殺者アサシンも潜り込んでたし。ここの見張りもさっき始末したとこだ」

「それはそうですが、少数ならばそれほどの脅威にはならないんじゃないでしょうか……」

「このまま、ならな。さて、時間もねーしやるか」


 小柄な男性は腰に下げていた剣を抜き、古井戸へと近づく。男が構えを取ると、剣から青いオーラが溢れ出した。


「なな、なにをする気ですか!? エーコさんの指示通りに、ここは魔術で道を――」

「そうするのもいいけどよ、せっかく小隊が二つもあるんだ。有効に使わねぇと損だろ」

「はあ!?」


 ティアが慌てて止めようとするが、男は躊躇なく青いオーラを纏う剣を古井戸近くの地面へと突き立てた。地に突き立った剣を中心として、半径十メートル程にわたり地面が青い光を放つ。

 

「これでよし、と。んじゃあとは……」

「ちょちょ、ちょっと待って下さい! いったい何をするつもりですか!!」

「ま、見てなって。おたくんとこの神算子しんざんしも、飛天の百計ひゃっけいもやるみたいだけど、オレもまあまあだ。でっけぇ手柄とらせてやるぜ」

 

 男はフードから覗く白い歯を光らせてキザっぽく笑った。