第8話

 南での戦いは蒼華そうか飛天ひてん連合軍が圧倒していた。


 飛天傭兵団が縱橫に敵陣を割り、乱れた陣から離れた敵を蒼華騎士団が各個撃破する。東からかなりの敵が流れてきたが、それも蒼華騎士団の牽制によって足止めされ、物のついでとばかりに飛天傭兵団に散らされていく。


「少し想定外です。西からの圧が全く来ません」


 敵はおそらく南からの制圧を重視していたはずだ。事実、東から北へと動いていたはずの敵は南に押し寄せてきた。


「西は抜け道があるほうじゃなぁ。策が破られて逃げたんじゃないかのう?」

「それはそれで賢明と言えるでしょうが……」

「まあ、わしの従者もついとるし、なんかあれば報告しにくるじゃろ。今は目の前の戦場に集中した方がよかろう」

「……」


 老人の言葉に納得したのかしていないのか、エーコは冷たい目で戦場を眺めている。


「ふむ。自力が違いすぎるか。決して弱い軍ではないが、相手が悪すぎるのぅ」


 フードの老人はエーコの傍らで戦いでを眺めながら戦況を分析する。飛天傭兵団の砂漠とは思えない機動力と突貫力。バランスの取れた蒼華騎士団の的確な牽制と殲滅。

 飛天傭兵団に陣形を崩されながらも、潰走せずに軍を纏め続けている敵将の粘り強さは賞賛に値するが、この場における戦局は既に決まったようなものだ。


「さて、このままで終わるならば、わしの出る幕はなさそうじゃが……」

「……来ましたね。西の兵とは違いますが」

「増援か。まあまあの数を伏せていたようじゃな」

「エンセイ殿に蒼華と合わせて動くよう伝達を。我らは少し後退」


 敵の増援を確認したエーコは部隊へと指示を飛ばす。敵軍を蹴散らしていた飛天傭兵団は、指示が届くよりも早く部隊をまとめて蒼華騎士団の元へと退がってきた。


「ここに来てあの数はきついな。どうするのだ、エーコ殿」

「想定内です。これより魚鱗を敷いて後退します。飛天傭兵団は陣の中核に固まってください」

「それでは蒼華が矢面に立つことになる。そういうのは我らの仕事では?」

「飛天には後で十分に働いてもらいます。指示に従ってください」

「わかった」


 エンセイ率いる飛天傭兵団が下がり、入れ替わるように蒼華騎士団が前にでる。除々に後退しながら、小隊が点となった山形の陣形が形成されていく。

 エーコは陣形の頂点に立ち、援軍によって勢いを増した敵兵を冷めた様子で眺めている。


「軍師が先陣に立つか。なかなか剛毅じゃな、お嬢ちゃん」

「隊をまとめるものとして、必要なことの一つと心得ています。時と場は考えますが」

「ふむ。良いことじゃが、若いのに老成しすぎな気もするのう」

「年齢と考え方は関係ないでしょう」

「そりゃそうじゃな。さて、ぼちぼちかのう」

 

 老人は長い包みを地面に突き立ててエーコの隣に立つ。敵軍との距離はまた100メートル程ある。矢や魔術が飛んでこない所を見るに勢いのままに突貫するつもりのようだ。


「盾、前へ」


 エーコの指示で盾を持つ騎士たちが前進して守りを固める。


「あの勢いを止めるのはしんどそうじゃなぁ」

「そうでもありませんよ」

 

 敵は目前まで迫っている。しかし、エーコは盾部隊に隠れることもせず陣頭で敵を冷たく見つめたままだ。


「地形、陣、士気、情報は過分……策は成りました」


 呟いたエーコは、あろうことか目前に迫る敵に背を向けた。予想外の行動に驚愕した老人は背を向けたエーコを守ろうと包みに手をかける。


「この戦、我らのものです」


 あと十歩の距離に近づいた敵の喚声の中、不思議とエーコの声は老人の耳を打った。

 目前に迫る敵兵が槍を突き出そうとした瞬間――

 


 閃光と爆音が戦場を包んだ。


 老人の鼻先を掠めるように爆炎が吹き荒れる。突撃してきた敵兵の大半は爆炎に巻かれて消えた。


「陣、開け」


 山型に形成された陣が頂点から開く。陣が開いた場所からエンセイが勢い良く飛び出し、爆炎で勢いを削がれた敵に突撃した。

 陣を開いた蒼華騎士団はそのまま敵を包囲するように展開し、浮足だった敵を殲滅していく。


「合唱魔術……そんなこともできるんか」


 老人は驚愕していた。合唱魔術――複数の魔術師が詠唱を合わせて繰り出す集団魔術の一つである。合唱魔術は発動までに時間を擁する。その上、範囲指定と対象識別に難があるため、実戦で使われることはほとんどない。


「この局面でそれを為すか」

「パメラがいれば一人で事足りたのですがね。ご老人に出番を作れず、申し訳ありませんでした」

「なんの、まだ北が残っとるわい」

「北は残っていませんよ。敵も潰走しているようなので、追撃は飛天の皆さんに任せて我々は町に戻りましょう」


 エーコは近くに居た隊員に指示を出し、戦場を振り向こと無く町へと去っていく。

 老人は去りゆくエーコから視線を外し、戦場を見る。エーコの言う通り、潰走する敵を飛天傭兵団が追い打ちに打っている様子が見えた。


 倍以上の兵を相手にした戦いは、終わってみればこちらの完勝だった。北門に張り付いていた敵も、何らかの対策をしているのだろう。

 

「噂以上じゃなぁ。蒼華も、飛天も。やはりここに来たのは間違いではなかったのう」


 一人呟き、自らの目的を達する為に、老人は包みを片手にエーコの後を追った。