第9話

「いーよぅっ! 遅かったなエーコ!」


 幕舎に戻ったエーコを迎えたのは、勇者を迎えに行っていた蒼華騎士団そうかきしだん赤火隊しゃっかたいを率いる女騎士エリア・アイゼンガルドだった。

 

「それはこちらの言葉です。貴女がもう少し早く来てくれれば正攻法で簡単に……ん、酒臭いですね。もしかして、お酒呑んでます?」


 エリアの顔は赤く染まり、赤い髪の毛も相まってゆでダコのようになっていた。


「呑んでねー呑んでねー! チロっと舐めただけだじぇー」


 吐く息は酒臭く、エリアが喋る度に幕舎の中にアルコールの匂いが広がっていく。明らかに酔っている。ゴキゲンである。


「また、ですか……戦後処理もせずに酒など、他の隊員に示しがつきません。お仕置き案件ですね、これは」

「――え」


 お仕置き、という言葉を聞いたエリアの頬を汗が伝う。


「いや、ほんと舐めただけだぜ? 呑んでない呑んでない、ホント、たまたま口についたのを舐め……」

「エリア殿、良い酒を手に入れたぞ! 流石イクフェス殿だな、目利きが違う」

「少し前から目をつけていてな。戦時に飲むわけにはいかんので、取っておいた物だ。トシヒコも共に飲めればよかったのだが……」

「ちょ、オメーらっ!!」

 

 すでに酒が入っているのであろう、ラングリーズの騎士アルバート・ナイセルとエルフのイクフェス・ラシュルヌが酒瓶を手に幕舎へと入ってきた。

 あたふたとするエリアに二人は陽気に話しかけている。その様子を見て、エーコ・トリスメギストスは眼鏡を光らせた。


「嘘、と」

「ちち、ちが、ちが、違う! アタシは呑んでないよ! 嘘なんてそんな、おめー、なあ、とっつぁん、舐めただけだよな?」

「酒樽一つを飲み干して舐めただけとは……エリア殿こそ、真の酒豪だな」

「また、嘘、と」

「あわわわわ」


 エリアの赤く染まった顔がみるみる青ざめていく。


「エーコ殿も戻っていたのだな。北はエリア殿の活躍で敵を排すことができた。エンセイがいないようだが、他は大丈夫なのか?」


 慌てふためくエリアを見かねたイクフェスが助け舟を出す。エーコは、隊規を乱す酔っぱらいを一瞥して、軽い溜息をついた。

 

「……エンセイ殿は残敵の掃討と戦後の処理をしてくれています。それが落ち着くまでは、未だこの地は戦場と言えるでしょう」

「あわわわ」


 最後に少しだけエリアに釘をさしておく。そこでふと、共に来たはずの勇者がいないことが気になった。


「そういえば、勇者はどうしたのですか? 赤火隊と共に行動していたはずですが」

「ああ、それは――」



***


 門の前に多くの遺体が並べられていた。今回の戦いで屍になった者達だ。


 「……」


 俊彦は、並べられた遺体を眺めていた。その多くは敵として赤火隊の手で命を落とした者達だ。

 大柄な者、小柄な者。年老いた者、中にはまだ子供のように見える者もいた。


 光が失せた目が、俊彦を見つめている。


「……なんで」


 二つ、四つ、八つ――光が失せた目が自分を見つめている。

 首だけで自分を見つめていた青い目を思い出す。物言わぬ屍は自分に何を言いたいのだろう。あの時とは違うと思いたい。しかし――


「人が人を殺す。オレも、殺すのか……?」


 赤火隊は、躊躇することなく町を包囲していた軍を攻撃した。俊彦がいた部隊は少し離れた位置に置かれ、直接戦いには参加していないが、目の前で人が人を傷つけ、殺し合う様を目の当たりにした。


 魔物との戦いとは、違った。自分と同じように笑い、悲しみ、話をする人が、人を殺す。何人もの人が、敵の胸にやりを突き刺し、剣を首を切り落とす。笑いながら、叫びながら、泣きながら――

 

「……」


 自分を見つめる幾つもの青い目が、戦えと言っていた。戦いこそが憎むべき敵。人も魔も、全てを斬り殺して戦いをこの世から消せ。それが勇者の――


「トシヒコ様、風が強くなってきました。ここにいてもできることはありません。私たちも町に入りましょう」

「……ん、そうだね」


 アレクシアの声に、我に帰る。ここに居てもできることはない。確かに、そうだ。


「死んでしまったら、助けることはできない」

「……トシヒコ様、行きましょう」


 アレクシアに手を引かれ、門へと歩きだす。


 死んでしまったら、それで終わりだ。誰も死なないように、誰も悲しまないように……そのために聖剣を、勇者の力を振るうつもりだった。


 魔族を殺さなければ、人が死んでしまう。誰かを殺さなければ、誰かが死んでしまう。誰かを救う為に、誰かを殺さなければならない。なら、勇者として自分は誰に剣を向けるのだろう。


 門をくぐる前に、振り返る。そこには遺体が並べられている。光を失った目は、何も見てはいない。俊彦を見つめる青い目はない。


「……オレは、誰を――」


 俊彦の呟きは戦場から吹く風に流されていった。人が人を殺し、流れた血の匂いと共に。



***

 一方その頃――


「誰もいないじゃないですか!!!」


 激しい戦闘をくぐり抜けてきたのであろう、ボロボロになった女騎士が叫び声を上げていた。


「はっはっは、そんな時もあるさ。でもな、こんだけ早く戦が終わったのは、オレ達があそこの兵力を潰したからだぜ、きっと! 大手柄じゃねーか! 敵の抜け道を逆に利用しての奇襲……こりゃ戦史に残るな。感謝してくれ」


 ボロボロの女騎士――ティア・エイヴリングは同じくボロボロになったフードを被る男の大口に辟易として溜息をついた。


「はぁ……こんなヤツの言うこと聞くんじゃなかった……絶対怒られる……」


 フードの男は大手柄を上げさせてやると勝手に行動した上、ティアを始めとした蒼氷隊の騎士をそそのかし、エーコの指示を無視して奇襲を行った。


 結果、町へと入り込もうとしていた潜入部隊、そして西側に配置されていた軍を潰走させることに成功した。

 しかし、抜け道の途中で敵に気づかれ、逆に埋められそうになったり、待ち伏せされて窮地に立たされたりしている内に、本隊の戦いは終わっていた。


 せめてエーコが戦場にいる間に、町に戻るか本隊の増援に向かっていれば言い訳もたったが、この状態である。


「なんで手柄立てたのに怒られるんだ? 預かった小隊も誰一人死んでねーし。たったの二小隊で敵中隊を二つも潰したんだ。大手柄だっての」

「……はぁ。貴方はいいですよね……いや、こいつを生贄にすれば、まだ……」


 ティアは腰に下げていた剣をゆっくりと鞘から抜く。激しい戦いをくぐり抜けた剣は所々が刃こぼれし、拭いきれない血の油によって鈍く輝いていた。

 

「おいおい、冗談はよせよ。大丈夫だって、大活躍だって。なあ、他の皆もそう思うだろ?」


 ティアの剣呑な雰囲気に飲まれた男は、共に戦った騎士達に助けを求めた。しかし、激闘を共にくぐり抜けた騎士たちはティアに従うように、それぞれの武器を構えて男を睨みつけた。


「はっはっは。蒼華騎士団はジョークも最強ってか? とりあえず、町に帰ろうぜ! 」


 フードの男は爽やかに笑いつつも、後退りを始める。女騎士達は、誰も笑っていない。


「いやぁー疲れたなぁー帰って寝ようっと」

「「永遠に眠るといい」」

「うおおおーーーなんでだーーーー」

 

 砂漠に男の悲痛な叫びと、妙に殺気の篭った女騎士達の喚声が木霊する。



 こうして、砂漠の町を巡る戦は終わりを告げた