第10話

 交易拠点となる町の中央に位置する建物には、商隊や身分の高い者を歓待するための大広間や、会議を行うことができる大小多数の部屋がある。


 その会議室の一つに戦を終えた蒼華騎士団そうかきしだん飛天傭兵団ひてんようへいだんの隊長達、ラングリーズから旅をしてきた勇者パーティとフードの老人とその従者が集まっていた。


「時間を取ってもらってすまんな。ちょいとわしの話を聞いて欲しい」


 戦後処理を終えて落ち着ついたところで、エーコと共に戦いに参加していたフードの老人によって各隊の指揮官が集められた。


「話を聞くのは構わんが、誰かもわからぬ者に指図されるのは気に食わんな。せめてその怪しいフードを取ってはどうだ、御老体」


 飛天傭兵団の一隊を率いる狼の獣人エンセイ・グラッドは不機嫌さを隠そうともせずに、腕を組んだまま老人を睨みつける。


「そもそもが怪しいのだ。戦の趨勢すうせいが動き始めた機に、飛天ですら知らぬ抜け道を使い、我らの中枢に入りこむ。サーク族とつながっている……いやサーク族の尖兵か」

「サーク族とは、砂漠の部族連合と敵対している部族でしたか」

「そうだ。部族間の抗争と無縁だったアズム族が我らに攻撃を仕掛けてきたのも、邪魔な勢力を潰したいサーク族の策だろう。一時、この拠点を不当に占拠していたサーク族ならば抜け道を知っていてもおかしくはない。それを餌にアズムを扇動でもしたのだろう」


 疑念を言葉にするにつれ怒りが増したのだろう。エンセイの白い体毛に混ざる炎のような赤い鬣が逆立っている。


「アズム族といいましたか。この町を襲った部族の捕虜から、そのような情報は出ていないでしょう。妄想で敵を作るなど愚かですよ、エンセイ殿」

「捕虜から情報が得られん以上、状況から敵を導き出す他なかろう。それを、愚かなどと……底が知れる」


 エンセイは口をはさんだエーコを金色の瞳で睨みつけた。エーコは眼鏡の位置を直して、その視線を真っ向から受け止めている。


――パンパン

 会議室を包み始めた重たい空気を散らすように、老人が手を打ち鳴らした。自然と老人に視線が集まる。


「まあまあ、そう剣呑な空気を出すでない。わしのような老人にはこの空気は辛いわい。わしが皆に集まってもらったのは、二人が議論していた答えを伝えたかったのと、わし達に力を貸して欲しいからじゃ」

「アズム族が町を……いや、我ら飛天と蒼華を襲った理由を知っていると?」

 

 老人の言葉にエンセイが疑問を投げかける。それに答えるように老人は頷き、顔を隠していたフードを取った。


 フードに隠れていた顔は、想像通りの老人だった。白く長い長髪に深く刻み込まれた皺。下がったまぶたによって少したれた目と眉根をしており、好々爺という印象だ。しかし、その顔を見た一人の男が驚いたように声を上げた。


「ベルゲングリューン将軍……!?」

「おう、アルバート・ナイセル。随分老けたのう、おぬし」

「私を知っているということは、本人か。なぜ、このような場所に……」


 ラングリーズの騎士アルバート・ナイセルと老人は互いを知っているように言葉を交わした。エンセイは顔を見てもピンと来ていないようで、きょとんとしている。

 周囲を見渡したエーコは手元に置かれていた茶を少しだけ飲み、補足する。


北方の雄、グルガ帝国の将ミハエル・ベルゲングリューン。仲間を勝利へと導き、敵を死へと導く『八咫烏やたがらす』と称される稀代の名軍師が、何故このような辺境にいるのでしょうね」

「『八咫烏』だと……!?」


 エーコの言葉にエンセイをはじめ、集まった者達が驚愕する。

 エーコはグルガ帝国を北方の雄と称したが、実情としては大陸中央に広く領土を持つザカート帝国によって、厳しい北の大地に押し込まれている状況だ。

 ザカート帝国とグルガ帝国が領土を巡って小競り合いを続けていることは周知の事実。天秤の介入がなければグルガ帝国が地図から消えていてもおかしくないほどに、ザカート帝国は執拗にグルが帝国へと攻撃を続けていた。

 そのような状況下で、グルガ帝国を支える軍師が従者と二人で辺境の砂漠にいるということは異常だった。


「ふぉっふぉっふぉ。お嬢ちゃんにはバレとったな。さて、わしがここにいる理由じゃが――」

「ザカート……奴ら砂漠にまで介入するつもりか!!」


 グルガ帝国の将が危険を冒してまで辺境にくる理由。ザカート帝国が関係していることは考えるまでもないことだ。


「そのようじゃな。わしは国のためにザカートと対峙する同盟者を探すために砂漠へと抜けてきたのじゃが、タイミングが悪かったのぅ」

「なるほど。ザカートの動きを砂漠に伝える為にしては思い切った動きだと思っていましたが、そちらが本命でしたか」

「うむ。この町に寄ったのはザカートの動きを掴んだからじゃがな。あまり役には立たなんだが」

暗殺者アサシンと抜け道の情報は有益でした。一つお伺いしたいのですが、グルガの状況はそこまで悪いのですか?」

「魔王軍とザカートを同時に相手取るには、我が国は小さすぎる」


 グルガ帝国将軍ミハエル・ベルゲングリューンの言葉に場が沈黙する。

 大陸最大の領土を誇り、豊富な物資と軍を持つザカート帝国は、魔王軍に次いで各国を苦しめる原因となっていた。たちの悪いことにザカート帝国は魔王軍との戦いで疲弊した国へと侵攻して、領土を奪い始めている。


「やっぱ、あいつらから先に潰した方がいいんじゃねーか、エーコ」

「それができれば誰も苦労はしませんと前にも言いましたよ、エリアさん。時にベルゲングリューン卿、先程ザカートの動きを掴んだと仰りましたが?」

「うむ。情報源は明かせんが、ザカートが砂漠の情勢に介入を始めたことは間違いない」

「そこまで言い切られるのであれば、確かな情報源のようですね。抜け道も、そこから?」

「さて、どうじゃろうな」

「まあ、それはどうでもいい話でしたね。さて、我々はこれからどうするか悩むところですね」


 エーコは口に手を当てて思案している。蒼華騎士団はザカートによって引き起こされた砂漠の抗争に巻き込まれた形だ。ザカートの戦力を削りたいミハエルや砂漠を拠点とする飛天傭兵団からすれば、蒼華騎士団の助力が欲しいだろう。


「砂漠の移動を任されたにも関わらず、巻き込む形になってしまって申し訳ない。ひとまず、状況を知るためにも我らの主の元まで同行していただきたいのだが」


 思案しているエーコに対し、冷静さを取り戻したエンセイが要望を告げる。


「飛天の拠点はファタルサファルという街にある。東に砂漠を抜ける交易路の途上だ。そこまでは我らと行動を共にしていただけると助かる」


 このまま東へと向かうのであれば、エンセイ達と共に移動するのは問題ない。ザカート帝国がわざわざ蒼華騎士団が砂漠に入った時を狙ったのは、蒼華騎士団を削る目的もあるのだろう。先の戦いでも数としては十分に用意されていた。このままザカートの思惑に乗ってしまうのも不安ではある。

 状況として、ザカート帝国の思惑から外れているのは――


「わしからも、お願いしたい。ここでザカートが領土を広げるようなことになれば、手に負えなくなる」


 頭を下げる老将ミハエル・ベルゲングリューンの存在だ。ザカート帝国も、グルガ帝国の智将がこの地にいることは想定外だろう。加えて、ザカートの動きを補足できる情報源も持っている。大規模な戦になるならば、ミハエルの知恵と情報は大きな力になる。


 エーコは手元にある茶を少しだけ飲み、ザカートの思惑から外れているもう一つの存在を見る。


「……」


 ラングリーズの勇者。魔王を倒す為に旅をしている者。自らの主である蒼華騎士団長ユスティア・バレスタインも認める力の持ち主。

 彼の者が戦力として数えられるならば、勝ちは揺るがないだろう。

 エーコは勇者と共に行動をしていたエリアに視線を移す。エーコと目を合わせたエリアは、小さく首を横に振った。


「状況を整理する時間をいただきたい。明日、また同じ時間にお話をしましょう」


 しばし思案していたエーコはひとまず返答を保留した。