第11話

 会議が終わると共にエーコはエリア連れて会議室を去り、エンセイは出立の準備を整える為に足早に部屋から出ていった。


 アルバートは旧知であるミハエルと何やら話を始めている。アイシャ――認識阻害の魔術が付与されたフードを被って正体を隠しているアレクシアもアルバートと共に帝国の情勢等を聞いているようだ。


 手持ち無沙汰になった俊彦は、一人で会議室を出た。



 街の中央にある建物を出て北へ向けて大通りを歩いて行く。軍が駐屯しているため物々しい雰囲気が残っているが、数日前に充満していた血と死の匂いは残っていない。

 先の戦いで千人を超える死者が出たと聞いた。ほとんどが攻め込んできた砂漠の部族、アズム族の兵士だが、対峙した蒼華騎士団と飛天傭兵団にも少なくない被害が出ている。


 共に砂漠を移動していた赤火隊にも死者が出ており、見知った顔がいくつか欠けていた。



 通りを抜けて北門の脇にある通用口をくぐり、砂漠に出る。時折風が砂を巻き上げているが、砂漠には何もない。何もない砂漠を歩いて行く。

 

 町から少し離れた場所で俊彦は足を止め、じっと地面を見つめていた。足元には砂で埋め尽くされた砂漠と変わらない地面があるだけだ。


 そこには何もない。


 レーベンガルズで戦死した者は、戦いが終わるとすぐに埋葬される。

 魔王軍の侵攻以降、マナが変質したことによって遺体を放置していると生ける屍アンデッドとなってしまう為だ。

 戦の後、北門に集められた遺体は敵も味方もなく焼却され、遺骨はファラ神教の僧侶によって浄化された後、地中深く埋められた。


 そこには何もない。戦いで死んだ者達が地中深くで眠っている以外は、砂に埋れた砂漠と同じだ。


「……」


 足元をじっと見つめる。何をするでもなく、ただそうしていた。


 風が砂を運んでくる。砂が積もり、また風に流される。そうして人々の死も風に流されていく。


 陽が中天を越え、足元の影が伸びていく。それでも俊彦はその場でじっとしていた。

 どれくらいの時間そうしていただろうか。足元から伸びる影が一つ増えた。


「こんなとこで何やってんだ? 干からびんぞ、勇者」


 振り返ると槍を肩に担いだ女性、エリア・アイゼンガルドが立っていた。


「どんだけここにいたんだよ。ったく、砂まみれじゃねーか」


 エリアは乱暴な手つきで俊彦の頭や肩に積もった砂を払う。ぼんやりと、エリアの細く白い手が身体の砂を払うのを見ていた。人を殺した手を。


「これでよし! んじゃ、帰っか。明日からの事でエーコが話したいってよ! その後は風呂! 酒! サイコー!」

「……」


 砂を払い終えたエリアはペシペシと俊彦の頭を叩きながら、明るい声で話しかける。しかし、俊彦は視線を足元に落として黙ったまま動こうとしない。


「どうしたどうした辛気臭え顔して」

「……」

「……戦うのが怖くなったか? 」


 動こうとしない俊彦に、エリアが問いかける。戦いが怖い――確かに、戦うのは怖い。でも勇気を振り絞れば戦える。自分が戦うことで、誰かが救われるなら。でも=―


「エリアさんは……」

「ん? どした?」

「エリアさんは、なぜ人を殺すんですか?」

「仕事だからだよ、仕事。これやんないとおまんま食い上げってな」

「仕事じゃなければ、戦わないんですか?」

「それが必要なら、仕事じゃなくても戦うさ。騎士として守るものがあっからな。オマエもそうだろ、勇者」


 守る為に戦っている。同じだ。


「何に悩んでるかしらねーけど、魔族と戦うのと人と戦うのに違いなんてねーよ」

「魔族は、人を殺します」

「人も人を殺すさ」

「……」


 そんなことはわかっている。人が人を殺す様を目の当たりにしたのだ。人を殺す魔族を討つために剣を振るうと決めた。なら、人を殺す人はどうだろう。自分は――


「魔族との戦いも、人同士の戦いも同じだ。理由があるから槍を取る。死にたくねぇ、死なせたくねぇから戦う。それだけだ」

「……」


 言っていることは分かる。しかし、自分と同じように笑い、泣き、喋り、喜び、悲しみ、怒る。何年も積み上げてきた人の人生を奪うことができるのだろうか。


――戦うのが怖くなったか


 エリアに言われた言葉が頭の中を巡る。人と戦うのも魔族と戦うのも同じ。

 積み上げてきた何かを、自らの力で終わらせる。守るためには、何かを奪わないといけない。

 誰かの何かを奪うのは、怖い。


「殺すのが怖くなったか」

「……オレは、奪うために戦うのは、嫌だ」

「あまえだな」

「それでも……オレは……」

「オマエ、もう戦場に立つな」


 エリアは俊彦に背を向けて歩きだす。


「その気持で戦場に立てば、仲間を殺すことになる。まだ戦う意思が残ってるなら、答えが出るまで考えるんだな。戦場はあまくねえぞ、勇者」


 そのまま、エリアは俊彦を置いて町へと帰っていった。


「……」


 また、地面へと視線を落とす。

 自分は、どうすればいいのだろうか。


 風は砂を散らすだけで、何も教えてはくれなかった。