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第12話/全45話

その勇気は必要か

 エーコ・トリスメギストス率いる蒼華騎士団そうかきしだん、獣人エンセイ・グラッド率いる飛天傭兵団ひてんようへいだんは、ダルバン砂漠の部族連合が拠点とする街ファタルサファルを目指して行軍していた。

 

 砂漠には大小多数の部族が存在している。それぞれの部族は時に協力し、時に対立しながらも大きな争いをすることなく砂漠の地で暮らしていた。

 広大な砂漠にあって国という統治機構がないことから、部族以外にも戦を生業とする傭兵団が拠点を置いていることもあり、砂漠の部族と傭兵は密接な関係にあった。


 魔王軍の侵攻が始まるまで砂漠地帯はそれぞれの部族、傭兵によって自治がなされていた。しかし、魔族との戦いが激化するにつれて小さな部族や傭兵では対抗できなくなった。


 そこで砂漠の部族を守るために、一人の男が立ち上がった。

 

 砂漠における魔物との戦い、各地の部族紛争において頭角を現していた飛天傭兵団を率いる、『飛将ひしょう』ハーディン・ウマル・マジドである。


 傭兵として多数の部族と関係を持っていた飛将ハーディンは、独立して戦っていた砂漠の部族を糾合し、ダルバン部族連合を立ち上げた。

 交易拠点として最大の街であり、飛天傭兵団の拠点でもあったファタルサファルに連合本部を設置し、周辺国との関係を強化、連携を行い、魔族の侵攻を食い止めたのである。


 類まれなる傭兵術と、部族をまとめ上げ、周辺諸国と協力関係を築き上げた政治手腕。一部ではハーディンを王として砂漠を統べる統一国家を作ろうとしているという噂も出ていた。


「我が主はそのようなことは望んでいないのだがな。一部の部族がそれを望んでいる節がある。古い部族……サーク族のような部族の反発を招かないために連合にしたのだが、今回は痛いところをつかれた」


 ハーディンの部下である獣人、エンセイ・グラッドは傍らにいる老人――遥か北方に位置するグルガ帝国の老将ミハエル・ベルゲングリューンに砂漠の情勢について説明していた。


「ザカートの好みそうな状況じゃな。あの国は軍事力もさることながら、そういった政治工作で周辺国を弱体化させる術に長けておる。して、他の拠点と連絡はどうじゃ?」

「戦が終わってから四方に伝令を飛ばしたが、帰ってきていない。魔術による通信も阻害されているな」

「分断されたか。厄介じゃな。捕虜から情報は得られておらんのか?」

「砂漠の戦士は高潔だ。仲間を売ることはしない。敵対したとはいえ、我らも砂漠の部族相手に下手な手が打てんということもあるが……情報は得られていない」

「そうか。状況はあまり良くはないのう」

「ファタルサファルまで行くことができれば、情報は得られるだろう。蒼華騎士団が同行してくれる選択をしてくれたのは正直助かった」

「そうじゃな。あの騎士団は数以上の力を持っとる。噂以上じゃ」

「ラングリーズの者達も協力してくれれば、道中にある拠点も考慮できるのだがな……」

「勇者、か」


 二人は遠く後方を追従してくる蒼華騎士団の方を振り返った。

 ラングリーズの勇者。神槍の勇者ユウマ・カンダに聖杖の勇者ヤヨイ・オオツキ、天弓の勇者ユナ・タケウチは魔王軍との戦いにおいて各国に名を轟かせている。曰く、人知を越えた力を振るう者。天秤と対を為す者、と。

 天秤に匹敵する程の力があれば、砂漠の紛争を納めることも難しくはないだろう。


「先の戦いでも勇者は戦いに参加しなかったようだ。エーコ殿の話では戦力に値せず、とのことだったが……」

「ふむ。勇者と聞くと期待してしまうが、未熟な勇者なのじゃろう。あの娘が言うならば、戦力として考えん方が良いじゃろうな」

「あのラングリーズが自領を出て蒼華騎士団と行動を共にしていることも、気にはなる。イクフェス殿も彼の者を追って砂漠へ来たと言っておられた」

「魔王を討伐する為に旅をしていると言っていたが……ま、その辺りは共に行動しておれば、いずれわかるじゃろうて」

「そうですな。今は目の前のことに集中するとしよう。ご老体、今しばし知恵を貸してほしい」

「うむ。では次に向かう場所じゃが――」


 砂漠の行軍は時間がかかる。魔物が多く発生するようになってからは移動手段も限られている。状況を整理する時間はまだまだある。

 二人は情報を整理しながら、次の手について議論を続けた。



***


 飛天傭兵団の後方をついて行く形で蒼華騎士団は行軍していた。蒼華騎士団は中央に蒼氷隊を配置し、攻撃部隊である赤火隊がその前後を守るようにして進む。

 

 俊彦達は蒼華騎士団の中央付近にいた。俊彦達を守るように蒼氷隊の女騎士が周りを固めている。

 蒼氷隊の隊長であるエーコからは、戦いには参加しないように厳命されている。未だ答えの見えない俊彦は、剣を握ることに怯えていた。


「よう! 今日も元気ねーな!」


 ファタルサファルへの移動が始まってから、事ある毎に俊彦に話しかけてくる男がいた。

 グルガ帝国の老将ミハエル・ベルゲングリューンと共にダルバン砂漠へと渡ってきた従者の男だ。


「マルヴィンはいつも元気だね。オレにも分けて欲しいよ」

「はっはっは! いいだろ? ま、オレみたいな天才はいついかなる時も余裕があるからな! オマエも、もっと余裕持って生きた方がいいぜ、トシヒコ」


 砂よけのフードを取った小柄な男、グルガ帝国の騎士マルヴィン・ブッフバルトは時間を見つけては俊彦にちょっかいを出しに来ていた。

 実のある話をするわけでもなく、ただ世間話をするだけだが、彼の自信に溢れた明るい正確に救われている部分もあった。

 短く整えられた金髪を手ぐしで整えながら、マルヴィンが話しかけてくる。


「んで、まだ悩んでんのか?」

「ああ。やっぱりオレは誰かを傷つけるのは怖い。どうすれば、戦わずに済むんだろう」

「そりゃ、誰かが戦いを終わらせねーと無理だな。オマエはその為に召喚されたんじゃねーのか、勇者」

「そう、かも知れない。でも、どうしていいか分からないんだ。魔王を倒せば、戦いは終わると思ってたけど……」

「魔王っていう脅威がいるのに国同士で戦争してるくらいだ。魔王を倒したらもっと激しくなるとか思ってるのか?」

「そうじゃないのか?」

「まあ、完全に戦いがなくなることはないだろうが、天秤がいるからな。そんな酷い戦は起こらないだろうぜ」

「天秤……か」


 天秤の騎士。世界の調停を司る騎士。人々の争いを止める抑止力。


「だから、人の争いは天秤に任せときゃいいんじゃねーか? 勇者は勇者らしく、魔物を倒さねーと!」

「本当にそれでいいんだろうか」

「なら勇者の力で天秤の真似事をしてみるか? だいたいの軍は勝てねぇ戦はしないもんだ。勇者の力で軍の半分でも消し飛ばしゃ、戦は終わりだ。実際、神槍の勇者や聖杖の勇者はそういう戦いをしたって話じゃねーか」

「神田さんと弥生さんが……?」

「オレも詳しくは知らねーけどな。もう大分前だが、砂漠で力を付けていた部族が傭兵やら使ってラングリーズに攻め入った時の話だ。その戦いでは二人の勇者だけで数万の兵を消し飛ばしたらしいぜ」

「そんな……」

「勇者の力が世界に認められたのも、その戦いからだったな。ま、力を示して止めるって手もあるってだけだ」


 神田と弥生が大勢の人を殺した。胸にどしりと重い物がのしかかったような気分だ。

 同じ時代から召喚された日本人達が、人を殺している事実。あの優しそうな神田も、弥生も。傷だらけになって自分を守ってくれた伽奈美や、共に戦った由那と司。そして仲良くなった大地。


 皆、自分を、仲間を守るために人を殺すという選択をしているのだろうか。


「オレも、同じように……しないといけないのか」

「……」


 俊彦の独り言を聞いたマルヴィンは、それまでの陽気な雰囲気を消し、真剣な眼差しで俊彦を見つめた。


「オレが、代わってやろうか?」

「何を……?」

「何って……おっと、やべぇ。鬼が来やがったぜ」


 マルヴィンは真剣な眼差しから一転、焦るような顔で身をかがめた。


「ま、オマエはオマエのやりたいように戦えってことだ! じゃな、また来るぜ!」


 そう言ってマルヴィン・ブッフバルトは身をかがめたまま隊列の中に消えていった。

 少しの間をおいて、鬼の形相をした蒼華騎士団の女騎士ティア・エイヴリングがやってきた。


「あの金髪どこ行きましたか? あっちですか? こっちですか?」

 

 ティアは背中に大量の荷物を抱えている。先の戦いで独断行動をした罰として、マルヴィンと共に荷物持ちを命じられていた。

 そういえば、マルヴィンが荷物を抱えている様を見たことがない。うまく逃げていたのだろう。


「どっちですか? 隠すと良いことないですよ」


 目が完全に据わっている。俊彦は素直にマルヴィンの消えた方向を指差した。

 方向を確認したティアは頭だけで礼を示し、大量の荷物を抱えながら凄まじいスピードで隊列を割って消えていった。


「良い男だな。彼の言う通り、トシヒコは自分の思うように戦えばいい」


 傍らに控えていた金髪のエルフ、イクフェスが話しかけてくる。


「私もいる。自分ができないことは、誰かがやればいいのだ。気負うなトシヒコ」


 俊彦と共に魔王を討伐するために、故郷の森から出たエルフの英雄。

 知り合ったばかりのマルヴィンにも、故郷を捨ててまで自分を助けに来てくれたイクフェスにも、気を遣わせてしまっている。


「そうだね。ありがとう、イクフェス。お陰で少し楽になったよ」

「ならよかった」

 

 イクフェスは薄い笑みを浮かべて、前を向いた。

 同じように前を向く。しかし、不安は拭えないままだった。


 いつか、選ばないといけない時がくる。

 その時に、自分は正しい選択をすることができるのだろうか。