第6話

 足元には先程まで気さくに話していたゴルダがいた。


 青い目はじっと俊彦を見つめている。いまにも喋りだしそうな気がしたが、頬の傷は表情を変えない。そも、ゴルダは首から下がない。


 何が起きているのかわからずに、ただ首だけになったゴルダの目を見ていると、不意に世界が回った。回る視界の端で何かに吹き飛ばされ、宙に舞う伽奈美の姿が見えた。


「おや、一人、仕留め損なってしまいましたか」


そこには、ぼろきれた布をまとった男が立っていた。頭から被った布の奥は影……いや、深い闇が広がっているようで、顔は見えない。闇を覗くと、見てはならない物を見てしまったような、言いようのない恐怖を感じる。


「やれやれ、手間をかけさせますね」


 ぼろ布をまとった男は、ゆったりとした動作で向き直り、こちらに向けて手をかざす。

 瞬間、全身の肌が粟立った。このままここにいると、死ぬ。しかし、逃げようと思っても、身体が思うように動かない。


「兄やん!!」


 どこから出したのか、巨大な十文字槍を振るいながら、男と俊彦の間に伽奈美が飛び込んできた。男は伽奈美の攻撃を避けるように数歩後ろに下がる。


「おやおや、まさかこちらも仕留め損なうとは。先程、そちらの男性をかばった際に仕留めたと思っていたのですが……もしや、アナタは勇者ですか?」


 よく見ると伽奈美は身体のいたるところから血を流していた。


「……あんた、なにもんや」

「失礼。私はガルン・アハマトマと申します。以後お見知りおきを」

「ガルン……アハマトマ、やて!?」

「ご存知でしたか? このような可愛らしい女性に名を知られているとは光栄ですねぇ。アナタのお名前をお伺いしても?」

「……」


 男の質問に答えずに、伽奈美は槍を構え腰を落とす。


「おや……お名前を教えていただけないのですね。残念ですが、すぐ死ぬ人の名を覚えるのも無駄というものでしょうか」

「兄やん……ウチがこいつ止めるから、逃げて……」


 俊彦にそう告げた伽奈美は更に腰を深く落とした。

「伽奈美ちゃん、なにを……」

「あいつは、やばい。ええか、ウチのことは気にせんと、全力で逃げるんやで!!」


 言い切ると同時にガルンと名乗った男に向けて砲弾のように突撃する。


 突き出した槍はガルンの腹を突き破り、身体の半分以上を削り取った。半身を削り取られたガルンは最期の抵抗とばかりに手を伽奈美へと突き出して何かを放とうとしている。

 伽奈美はすぐさま反転し、その勢いのままに突き出されたガルンの腕を斬り飛ばした。そして、斬り上げた槍を引き、流れるように連続で突きを繰り出す。その全てがガルンの身体に大きな穴を穿つ。

 一部のぼろ布を残して消滅しているガルンに対し、伽奈美は油断することなく構え直す。後ろ手に引かれた槍には光が集束している。


「やあああああっ!!!」


 気合と共に放たれた伽奈美の一撃が、僅かに残ったガルンの身体を跡形もなく消し飛ばしていた。


「凄い……」


 圧倒的だった。


 息ができなくなるほどに濃密な死の匂いを振りまいていたフードの男が、一瞬で塵も残さず消滅した。まだ戸惑いは消えていないが、目下の脅威が去ったことに俊彦は安堵した。


「はぁはぁ……兄やん、まだおったんか……、はよ逃げぇ……」


 伽奈美は肩で息をしながら俊彦の方へ向き直った。あれ程の連撃を繰り出したのだ、疲弊しているのも頷ける。

 まだ、逃げろなどと言っているが周囲にガルンの気配は残っていない。


「さっきの奴は伽奈美ちゃんが倒してくれたから、もう逃げる必要なんてないんじゃないかな?」

「ええ、逃げる必要はありませんよ」


 伽奈美が驚愕に目を見開いている。後ろを振り向くと、伽奈美によって消し飛ばされたはずのぼろ布が人の形を成してこちらへと手を向けていた。


「ひっ……!? さ、さっき死んだはずじゃ……」

「いやはや、なかなかに鋭い攻撃でしたね。さすがは勇者……いえ、私を殺しきれなかったということは神器を持たない準勇者、というところでしょうか」


 男の手に紫紺色の禍々しい光が宿り、周囲に死の気配が充満しはじめる。


「小柄な身体に合わない十字槍。金獅子騎士団二番隊副長…『幻槍げんそう』カナミ・オガタさんですかねぇ。あなたとは楽しめそうですので、まずはこちらの方を刻んでおきましょう」


 ぼろ布の下に隠れた闇が笑った気がした。


「うわああっ!」


 とっさに身をかがめ手で頭を守ったが、紫紺色の光は容赦なく俊彦を斬りつけ、吹き飛ばしていた。