WEB小説

第16話/全45話

ファラ神教

 レーベンガルズに住まう多くの者は一つの宗教を信仰している。


 ファラ神教――


 ファラ神教は光の大神であり、慈愛と献身を司る女神ファラを主神とし、戦争の神アーガイア、知恵と守護の神エメイア、交易と商売の神ルガルド、力と工芸の神ガデアといった多数の神で構成される多神教である。


 比較的緩めで分かりやすい教義と、奉じる神が複数いることから種族、職業を問わず人気がある。無論、他の宗教が無いわけではない。海を渡った東方の島国ヤマト皇国では別の神を信仰の対象としているし、一部は要の賢者を神とする者達もいる。


 それでも、レーベンガルズに住まう大半の者がファラ神教を信仰しているのには理由がある。


 それは、天秤の騎士と聖女の存在である。


 古き時代の大戦を終結させた、天秤の騎士の降臨と聖女が歌った救いの唄ベルカント。この世界に生きる者でその逸話を知らない者はいない。

 天秤の加護は疑うことのない、神の奇跡である。数多の戦乱を治め、現在まで世界の秩序を保ってきた。


 聖女もまた、神の奇跡を体現する者として知られている。救いの唄ベルカント――天秤の伝説では、天より騎士を降臨させた唄として知られているが、聖女の唄は様々な奇跡を引き起こす。

 傷を癒やし、病魔を払い、大地を清め、魔を退ける。聖女の唄は、天秤の騎士を降臨させた初代聖女『エル・ファティマ』の名と共に、歴代の聖女に受け継がれていた。


 加えて、聖女には強力な天秤の加護が付与されている。ファティマ聖王国、そしてファティマに連なるフィアンマ公国が小さいながらも独立を保っているのは、天秤の加護によるものが大きい。

 

 過去、聖女を手にしようとファティマ聖王国の領土を侵した国が無かったわけではないが、戦の規模に関わらず天秤の降臨が確認されており、不可侵であることは誰もが知ることであった。


「いくら愚かなザカート帝国とはいえ、聖女に手を出すことは考え難いですね。それに、当代の聖女はファティマ聖王国の聖都におられるのではありませんか?」


 エーコはその場にいる者達が考えている事を代弁する。いかにザカート帝国が野心に溢れているとはいえ、過去に数度、天秤の騎士の手によって侵略戦争を止められた帝国が聖女を手にするために動くとは考え難いことだ。


「おっしゃる通りだな。ここで一つ質問だ。聖女ってのは何人いる?」

「分かりきったことを聞きますね。一人に決まっています。聖女エル・ファティマの名を継ぐ者は常に世界に一人だけ。継承を終えた聖女は力も加護も失うということは、子供でも知っている常識です」


 問いかけに答えたエーコの言葉に、その場にいる全員――いや、一人だけキョトンとしている俊彦を除く全員が頷いたのを確認して、シゲンは話を続ける。


「まず、それが間違いだな。今の聖女は確か、36代目だったか?」

「当代の聖女は35代目だったと記憶していますが……まさか、死霊術ネクロマンシーでもって聖女を手にしようとしているなどとは言わないでしょう」

「そりゃ流石にな。継承を終えた聖女に意味はねぇし、その骨なんざもっと意味ねぇ。さらに言うと、聖女の墓はファティマだ」

「ならば、歴代の聖女を聖女と……いえ、まさか……」

「その、まさかさ」

「次代の聖女がダルバン砂漠に……?!」


 場がしん、と静まり返る。


「聖女って、そんなランダムに選ばれるものなの?」


 俊彦がふと疑問に思った事を口にすると、場にいた全員が振り返った。何気なく放った言葉に全員が反応して焦ったが、疑問に思うことを聞いておかないといつまでも無知なままだ。


「各地で聖女が選ばれるんなら、ファティマ聖王国だけが聖女を抱え続けてるのはおかしい気がするんだけど」

「確かに、勇者殿の言う通りですね。聖女はファティマの聖都で修行を積んだ者から選定されるはずです」


 俊彦の疑問を補足するように、エーコが聖女の選定方法を述べる。


「まあ、基本はそうだって話でな。何事も例外ってのがある。今までも聖女が各地を慰撫して回ってる時に、才能のある者を見つけることが無かったわけじゃねぇ」

「力の継承はどうなんですか? 不慮の事故なんかで、聖女としての力を継承する前に聖女がいなくなった場合とか」

「聖女は基本的に強い加護を得ているから、継承前に命を落とした例は無いですねぇ。ですが、そういう事態を想定していない訳ではありません。ファティマ聖王国は選定した聖女候補へと力が継承されるように手を打っているのですよ。詳しい方法は知りませんが、今回も次代の聖女となる者に力が継承されるのは間違いないようです」


 挙げられた疑問に対して、グラントが答える。ファティマ聖王国の属国であるフィアンマ公国の王族がいうのであれば、間違いはないだろう。


「なぜ、聖都から離れているんですか? 聞く限りだと、聖都にいれば問題なかったような気がするんですが」

「まあ、色々と事情があって、次代の聖女となる者を聖都から遠ざけていたんだ。もちろん、秘密裏にね。それで、これまた色々と事情があって、その聖女候補の者を聖都に連れて行かなければならなくなったんだ」

「それで貴方達が?」

「そういうことだね。ファティマ聖王国の『白鷲聖騎士団しろわしせいきしだん』が動くと目立つからね。元々ダルバンの傭兵と繋がりのあった僕達、フィアンマ公国に白羽の矢が立ったってわけさ。まあ、結果的には一番知られたくないザカート帝国に嗅ぎつけられて、この様だけどね」


 やれやれと言った表情でグラントは状況を説明する。言えない部分も多いようだが、次代の聖女がダルバン砂漠にいることは間違いないようだ。状況を理解したエーコは得心がいった顔で頷いている。


「なるほど。蒼華に砂漠の魔物を掃討させたり、わざわざダルバン砂漠を横断させてカマル共和国や魔導国家イセンへと行くように依頼したのは、陽動、というわけですか」

「それに関しては僕達は何も聞かされていないから、なんとも言えないねぇ。結果としてはザカート帝国の動きを牽制してくれたから、助かったけどね。でも、状況はあまりよくない」

「そういうことだ。流石に聖女をザカートにやるわけにはいかねぇな。さて、どうしたもんか」

「捨て置いて良い状況ではありませんね。本国に伝令を送りたいところですが……」

「お前たちが西の拠点を押さえてくれたから出口はあるが、それを待っている余裕はないだろう。すでに砂漠の北部は殆ど陥とされている」


 エーコは眉間に皺を寄せる。自分たちが襲われてからそれほどの時は経っていない。ザカート帝国の侵攻は思った以上に進んでいる。フィアンマ公国の動きを察知してから動いたにしては、驚異的な速さだ。ミハエルの言うように、各地で動かせる戦力を整えているとしても、異常だ。


「ま、思ったより侵攻が速くて色々勘ぐりたいのはわかるが、今はそれを考える時じゃねぇな。まずは戦力の把握だ」

「そうですね。我々蒼華騎士団は赤火、蒼氷の二隊。兵力は八百。それに、エンセイ殿が率いる飛天傭兵団が千。この拠点にいる兵力はいかほどですか?」

「俺が連れてきたのは五百だ。フィアンマは百」

「ザカートの本隊が動くなら、数が足りんのぅ。南下できる兵力だけで三万はある。それに加えて、今砂漠で動いている部族の兵もあるじゃろ?」

「そうだな。だいたい砂漠の兵は五千ってとこだ。合わせて三万五千。うちは、いまんとこ二千五百に届かんくらいか。こりゃ、無理だな」

「無理ですね」

「無理じゃな」


 戦力の整理と分析を行っていた三人の智将は、あっさりと匙を投げた。