WEB小説

第17話/全45話

三人の軍師

「あのですね、真面目にやっていただいても?」


 シゲン、ミハエル、エーコの三人があっさりと勝利を諦めたような発言をしたのを受けて、フィアンマ公国大公グラント・コーウェンは注意を促した。普段は軽いノリのグラントも、自国の存続に関わる案件では真剣にならざるを得ないようだ。


「そうは言っても無理なもんは無理だ。兵力差がありすぎる」


 シゲンは気だるそうに煙管から吸い込んだ煙を吐き出している。エーコとミハエルも同じ意見なのだろう、特に反応を示すことなく傍らに佇んでいる。


「天下に名を轟かせる智将が三人もいれば、兵力差も覆せるんじゃないですか? 蒼華騎士団や飛天傭兵団が少ない兵力で大軍を打ち破ったと言う話はよく聞くのだけど……」

「グルガ帝国もそうだよね。領土も兵力も比較にならない程のザカート帝国を相手に一歩も退かずに戦っている」


 天秤の加護があるとはいえ、散発的な戦は各地で発生していた。中でも寡兵かへいで以て大軍を打ち破るといった、胸のすくような戦の話はフィアンマの城でも話題に上がることが多かった。

 その中でも、この場にいる三人はそういった話でもよく名が挙がる。戦を知らないフィリアですら、名前を知っている程の軍師が三人揃っていれば、どのような戦いでも勝てそうな気がした。しかし――


「そりゃ時と場合じゃなぁ。毎度それができとりゃ、わしの国も苦労はしとらんよ」

「そうですね。有利な条件が揃っていれば、そういうことをする場合もありますが」

「基本、戦は数だぜ、嬢ちゃん」


 三人は一様に期待とは違う言葉を口にした。寡兵で大軍を破るようなことは、そうそうできることではない。それは戦場に身を置く者であれば、当たり前のことである。


「で、でも、この町で包囲された時は、少ない数ですごい数の敵を退けられました。蒼華騎士団も同様に数倍の兵力を撃退したと聞いています」


 先の戦いで、砂漠の兵から奇襲を受けて町から出られなくなっていたフィリア達を助けたのはシゲン達だった。正確な数は聞いてはいないが、数倍に及ぶ敵を蹴散らして自分たちを助けてくれた様は目に焼き付いている。


「そりゃ、運が良かったからだな。勝てる条件が整ったからやっただけだ。この町を包囲してたのがザカートの本隊だったら、俺ぁ今頃逃げてるぜ」

「同意見ですね。逃げはしませんが、別の戦いを余儀なくされたでしょう」


 自分を助けてくれたシゲンと、憧れを抱いていたエーコに否定されたフィリアは、消沈して俯いてしまった。その様子を見たジュラールは一度小さく息を吐いて三人の前へと出た。


「正論を述べているのはわかるが、それくらにしていただけまいか。無理は百も承知だが、手が無いわけではないだろう?」

「まあな。手がなけりゃ、逃げてるって」


 ジュラールの言葉に、シゲンがニヤリと不敵な笑みを浮かべる。


「では……!」

「まあ待てよ。何にしても戦力の分析と情報の整理が先だ。順風耳じゅんぷうじ、ちょっといいか?」


 シゲンは期待を込めた目で自らを見るフィリアを制して、順風耳じゅんぷうじ――千里先の情報をも見通す千里眼せんりがんと並び、この世のあらゆる物事、森羅万象の音を聞き、全ての情報に通じるとされる異名を持つ、マルドアの英雄イクフェス・ラシュルヌへと声をかける。


「期待しているところ悪いが、その名も今は昔だ。私の耳は、現在の情勢にはそれほど明るくはない」

「なんだ、そうなのか」

「すべての情報に通じていたら、今回の戦も未然に止めていたさ」

「そりゃそうか。ま、ならいい。起点が分かれば軍の進路と、迎え討つのに適当な場所くらいはわかるだろ」

「ふむ。地形が変わってなければ、でよければだが」

「地形なんざそうそう変わんねーよ。八咫烏やたがらす、ザカートが南に侵攻する際の起点はわかるよな」

「さて、どうじゃろうな」

「とぼけんな。南と盟を結びに来たやつが、それくらいの土産を持ってねぇはずねえだろ。地図は奥の幕舎だ」

「老人使いが荒いのぅ……イクフェス殿、しばし時間を貰ってもよいか?」

「大丈夫だ」


 イクフェスとミハエルが奥にある幕舎へと歩いて行く。ミハエルの従者マルヴィンもその後を少し離れてついて行った。


神算子しんざんし、おめぇは――」

「情報はどこに?」

「話が早くていいな。働き者は好きだぜ俺は。レイフ、来い」


 シゲンが声をかけると、大きな鞄を抱えた褐色肌の少年が走ってきた。少年は周りの人たちに慌ただしく頭を下げてから、指示を待つようにしてエーコの前に立った。


「この子供が?」

「おう、俺の部下じゃ一番覚えがいい。うまく使ってくれ」

「僕もそっちを手伝った方がいいかな、シゲン」


 レイフと呼ばれた少年とエーコが、自軍の兵站や戦力、情報の整理をすると睨んだグラントが手を挙げた。シゲンは勝手にしろとばかりに面倒くさそうに手を振って応える。

 少し緊張したように先導してちょこちょこと歩くレイフと呼ばれた少年の後を、いつも通りの表情をしたエーコと、満足そうな顔をしたグラントがついて行く。


 それを見送ったシゲンは、何を思ったのか、おもむろに懐から骨を取り出して揺らしだした。


「……」


 何かを期待するように骨を揺らしているが、周りの者達は首を傾げている。


「あ!」


 何かに気づいたのか、ローブで顔を隠した女性、アイシャが手を打って声を上げた。


「エンセイさん、じゃないですか?」

「私? なぜ私と骨が関係あるのだ?」

「いや、あれ、骨じゃなくて商店で売ってるおやつの『骨ぼーん』……ワンちゃん、用……の」


 途中で言わんとしていることに気付いたエンセから凄まじい目で睨まれたアイシャは、失言だったと気づいたのか、途中から語気を弱めて、そっと俊彦の後ろに隠れた。


「正解だぜ、ローブの姉ちゃん。エンセイ、これやるからちょっとザカート見てこいよ」


 ニヤニヤと笑いながら、シゲンはエンセイの前で犬用おやつ『骨ぼーん』をゆらゆらと揺らす。


「……別に、骨などなくとも偵察くらいは行きますが」

「ん、そうなのか? これ渡したらいつもの倍働くって言われたんだがな」

「参考までに、誰がそのような戯言を?」

「妹のフヨウ。やたら家に骨があったから、なんでかと思って聞いたら、そう言ってたぜ」


 挙げられた名前を聞いたエンセイは眉間に手を当てて大きくため息を吐いた。


「それを真に受けたわけではないでしょう。まったく……貴方たち兄妹は、私で遊ぶのをやめていただきたい!!」


 赤い鬣を逆立たせながら引っ掴むようにシゲンの手から『骨ぼーん』を取ったエンセイは、ドスドスと大きな足音を立てて去っていった。


「あ、やっぱり『骨ぼーん』好きなんだ……」

「くっくっく……あいつは、いつおちょくっても面白ぇな」


 アイシャの呟きにシゲンが笑い出す。見ると、フィリアは小さい声で可愛いなどと呟いており、雄々しく真面目な印象だったエンセイのイメージが崩れていく音が聞こえた気がした。


「さて、と。場の空気も温まってきたところだが、そろそろお開きだ。急先鋒きゅうせんぽう、悪いがこいつと一緒に兵の顔合わせしといてくれ。まとめは任せたぞ」


 シゲンの脇に控えていた、褐色肌の少女がエリアに頭を下げる。


「かー、なんでアタシがまとめなんだよ面倒くせぇ!」

「まあ、そう言うな。経験じゃ、そっちのおっさんだろうが、名のでかさと兵力じゃお前しかいねぇよ。あとで極上の酒やるから、上手くやってくれや」

「仕方ないねぇ。行くよ皆!」


 酒、という単語を聞いた途端、旧に上機嫌になったエリアは、褐色肌の少女と共に歩きだす。残りの面々もエリアに着いていこうと歩きだした。俊彦もアルバートとアイシャに置いていかれないように、歩き出したが、肩を叩かれて足を止めた。


「小僧、お前はちょっと俺に付き合えよ」

「オレ?」

「おう、お前だ。あー、お仲間のおっさんとローブの姉ちゃんは、後でな。今はこいつと二人で話がしたい」


 足を止めた俊彦に気付いたアルバートとアイシャが、一緒に残ろうとしたのをシゲンが止める。俊彦は視線で二人に心配ないと伝え、シゲンの方に向き直った。


「いいですよ。ここで話を?」

「いや、いい場所がある。付いてこい」