WEB小説

第18話/全45話

誰が為の剣

 俊彦はシゲンにつれられて、町の南にある防壁の上に来ていた。太陽は中天を少し越えたくらいで、日差しは強い。

 日を遮る物の無い防壁の上は、灼けるように暑いだろうと思っていたが、石造りの防壁は予想に反してひんやりとしており、砂漠の乾いた風も合わさって心地よかった。

 

「なかなかいい場所だろ? 見える景色は砂漠だけで味気ねぇが、時間を潰すにゃもってこいだ」

「そうですね。日差しが強いから、もっと暑いかと思ってました」

「砂漠の町の防壁はだいたい魔術処理がされてるんだ。そうでもしねぇと、見張りなんかが暑さでやられっちまうからな。っと、この辺が一番風通しがいいな。ま、座れよ」


 そう言ってシゲンは防壁の端に胡座をかいて座り、プカプカと煙管を吹かし始めた。俊彦もシゲンの隣に腰を下ろす。


「こっちの生活には慣れたか、勇者……っとまだ名前も聞いてなかったな。なんて名だ?」

「トシヒコ。トシヒコ・タツミです」

「トシヒコか。さっき皆に伝えたから知ってるとは思うが、シゲンだ。ま、砂漠にいる間はよろしく頼むぜ」

「はい。よろしくお願いします。それで、オレに話っていうのは?」

「ん? ああ、なんとなくラングリーズの勇者と話をしてみたかっただけだ。あんま構えなくてもいいぞ。んで、トシヒコは召喚されてあんま時間経ってないんだろ? こっちの生活には慣れたか?」

「はあ、まあ……知らないことばかりで戸惑うことが多いけど、なんとなくやっていけてますね」

「そうか。そりゃよかった」


 シゲンは安心したように笑いながら煙管を吹かしている。何の話をするのか予想がつかず警戒していたが、雰囲気を見る限り構える必要はなさそうだった。


「なんでそんな事を聞くんですか?」

「なんだ? 初対面だからって他人の心配をしちゃいけねぇか?」

「いえ、そういうわけではなくて……」

「はは、冗談だ。傭兵の中には環境が大きく変わると病むやつとかいてな。勇者ってのはあれだろ、理すら違う世界から、レーベンガルズに来たってんだろ? そりゃ、環境の変化どころの話じゃねぇからな。さぞ負担も大きかろうと、少し心配になっただけだ」


 どこか適当そうな印象をしているシゲンの口から優しい言葉が出て、少し驚く。見た目よりも周りを気遣うタイプなのだろうか。


「優しいんですね、シゲンさんは」

「んなこたぁねぇよ。気にかける奴は気にかけるし、どうでも良いやつはどうでもいいさ。それに、優しい奴は傭兵なんてやらねーよ」

「……シゲンさんは、なんで傭兵をやってるんですか?」

「生きるため……ってのも、ちっと違うか。強いて言うなら守るためだな」

「守る、ため?」

「そうだな。始めはツレと一緒に適当に傭兵やってたんだがなぁ。最近は所帯もでっかくなっちまって」

「傭兵団の仲間を守るために、傭兵を続けているんですね」

「……ま、そんなところだ。お前はなんで勇者やってんだ、トシヒコ」

「人々を守る為に、って思ってます」

「聞けば、勇者の世界は争いとは無縁っていうじゃねぇか。そんな世界の人間が、レーベンガルズのよく知りもしねぇ人間を守る為に命張って戦う、か。それが本気なら、勇者ってのは大したもんだな」


 異世界の人間を守る為に命を懸ける。同意もなにも無く呼び出された世界の人間の為に。言葉にすれば馬鹿げた話に思える。しかし、それでも俊彦は魔王を倒す為に戦うと決めた。


「本気ですよ、オレは」

「そうか。大したもんだな、勇者ってのは。やっぱあれか、正義感とかそういうのが理由か?」

「……」

 

 シゲンの問いに俊彦はしばし沈黙した。


――何の為に、守るのか


 正義感。確かに、人々を苦しめる魔王の軍勢はどうにかしなければならないと思う。しかし、それだけで戦うと決めた訳ではない。


 目を閉じると、首だけになった男の青い目をこちらを見ている。死んでしまえば、会えなくなってしまう。

 不意に、俊彦の脳裏の一人の少女の笑顔がよぎる。

 

――また、明日ね! 約束だよ、トシ君!


 懐かしい声が聞こえた気がした。マルドアでその声を、顔を思い出してから、度々思い出す少女。

 約束を守ることなく、消えてしまった。もう、会えない少女。


 そうだった。シゲンの言葉で、気がついた。人々を守るために、戦っているわけじゃない。

 誰かが居なくなる。会えなくなる。それが自分は――


「怖い。だから戦うんだ、オレは」

「なにが怖いんだ?」

「誰かが、居なくなるのが。だから、守るんだ、関わった人たちを」

「そうか」


 俊彦の答えを聞いたシゲンは笑みを浮かべて満足そうに煙管を吹かす。


「なにか、楽しそうですね」

「そりゃな。正義の為に、とか言われたら気持ち悪いからなぁ。トシヒコ、お前の戦う理由は至極真っ当だと、俺は思うぞ」

「そうでしょうか。これだけの力を持ちながら、オレの戦う理由は結局は自分の為です。人々の期待を背に戦うのが勇者だと言うなら――」

「誰もが自分の為にしか動けねぇさ。期待なんてのは自分以外の誰かが勝手にするもんだ。応えたいと思えば、応えりゃいいさ」

「そういうものでしょうか」

「そういうもんだ」


 自分よりも人生経験が豊富なシゲンに自分の気持ちを肯定されて、俊彦は心が軽くなるのを感じていた。こうした出会いを守るためにも、自分は戦っていこうと強く思う。


「関わった人を守るってことは、俺のことも守ってくれるのか?」


 シゲンはニヤニヤとしながら冗談めかした口調で俊彦に問いかける。


「もちろんですよ。シゲンさんと話ができてよかったと思ってます。また、機会があればこうして話がしたい。だから、戦いますよ」

「そうか。そりゃ嬉しいね。だが、少し意地の悪い質問をしていいか?」

「意地の悪い質問? なんでしょう?」

「そうだな。例えば、俺とラングリーズが戦うことになったら、どうする? やっぱラングリーズを取るか?」


 自らが関わった者達を守ると言い放った俊彦に対して、確かに意地の悪い質問だった。守るべき者を秤にかける。そして、人と戦うことに一歩踏み出せない自分が、どちらかを守る為にどちらかと戦わなければならない。

 選択肢は、多くは無い。だが、俊彦はシゲンとの話で自分が戦う理由がはっきりとわかった。


「どちらも守ります。そんな戦い、絶対にさせはしない。その為に、オレは戦う」


 俊彦の両方を守るという言葉に、シゲンは目を見開いた。そして、何か懐かしい物を見るように目を細めてから、笑い出す。


「はっはっはっ……そうか、どっちも守ってくれるか」

「子供じみた答えだとは分かってますよ。でも、オレはオレが守りたい者を守る為に、何かを諦めたくない」

「人と争うことになっても、か?」

「それでも、です。でも、やっぱり誰かの人生を奪うことは、しない」

「殺さず、止める、か。フッ……勇者ってやつは、やっぱ面白ぇな。んじゃ、さっそく次の戦いでは俺達を守ってくれよ、トシヒコ」


 シゲンは軽い調子だが、はっきりと次の戦いで自分達を守ってくれと俊彦に告げた。それは、人と人の戦いに自らが挑むことを意味している。


 俊彦は、しっかりとシゲンの目を見て、頷いた。


「オレが守ってみせます。皆を」

「おう、心強い限りだぜ。んじゃ、そろそろ行くか。明日にはエンセイも帰ってくる。そうすれば、すぐにでも動かにゃならんからな。今日はゆっくり休もう」

「……はい」


 腰を上げた二人は防壁の上を歩いて行く。

 シゲンは前を歩く少年の背を眺めながら、古い友人の言葉を思い出していた。


――守ってみせる、全て


 どこか、俊彦はその友人で似ていた。全てを守ると言い切り、天秤をも止めてみせた、友人に。

 柄にもなく節介を焼いたのもそのせいかも知れない。


「ま、期待はしすぎてもな。こっからはいつも通り、適当に行くかね」


 煙管を取り出し、煙草に火をつける。シゲンはいつも通り、煙管を吹かしながら、これからの策を練る。


 日は既に傾きかけている。戦の時は、近い。