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第19話/全45話

勇者の決意

 夜が明けた。

 軍の編成や輜重の手配等、戦の準備で慌ただしかった街も静けさを取り戻している。


 まだ薄暗い未明の時間だが、先程偵察に出ていたエンセイが戻ってきたようで、主だった者は本営として利用している館に呼び出されていた。


「全員集まったな。朝早くに呼び出して悪い。それじゃ始めるか」


 会議室には十名程が集まっている。広さは三十平米程の部屋の北側には細かく文字が書き込まれた周辺の地図が張り出されている。地図の前には教壇のような机が置かれており、机の上には書類が積まれていた。

 地図の前にある教壇のような机の前にはシゲンが経っており、脇にはエーコとミハエル、そして夜を徹して偵察をしてきたエンセイが立っている。


 会議の開催を宣言したシゲンは、全体を見渡して全員が聞く姿勢になったかを確認する。真剣な眼差しが、場の緊張を高めていく。全員が姿勢を正したのを見たシゲンは机に手を置き、口を開いた。


「んじゃ、エンセイよろしく」


 丸投げだった。


「真面目にやってください」

「俺はいつも真面目だぜ。直接見てきたエンセイの口から聞いた方が分かりやすいだろ?」


 エーコに咎められるも、シゲンはいつもの調子を崩さずにエンセイの肩を叩く。


「では、不肖ながらエンセイ・グラッドが偵察の結果を伝える。まず、私が偵察した場所だが――」


 エンセイは地図を指しながら、自らが偵察したポイントを説明する。偵察に出るにあたり、ミハエルの持っている情報にイクフェスが長い経験からザカート帝国の侵攻ポイントを割り出した。偵察したポイントはいくつかあり、エンセイはそれを次々と指していく。


「結論から言うと、予測した十のポイントのうち、七つでザカート帝国の動きが確認できた」


 エンセイはザカート帝国の動きが確認できたポイントに印を付けていく。会議室にいる面々は、ザカート帝国の動きの速さに動揺を見せる者と、予想通りといった様子を見せている者に分かれていた。


「他の侵攻地点も予測できるが、それに関しては私一人ではまかないきれないので、偵察部隊を放っている。追って連絡が入るだろう」

「やはり分散してきましたか。ほぼ、我々の読み通りですね。偵察部隊が戻れば、より幅を狭めることもできるでしょうが……」

「そこまで時間に余裕はねぇな。その前にこっちは動かないと厳しくなるだろう」

「そうですね。では――」

「その前に、一ついいか?」


 敵の位置を補足したことで、話を進めようとしたエーコを遮るように、エンセイが前へと出る。エンセイの動きに眉を少しだけ動かしたが、エーコは一歩後ろへと下がってエンセイの言葉を聞く姿勢を取った。


「すまないな。情報として一つ、伝えておかねばならないことがある」


 エンセイはエーコに断りを入れた後、もったいぶったように間をおく。


「なんの情報だ? もったいぶってねぇでさっさと言ってくれよ」

「うむ。情報はエリア殿に一番関係があることだ」

「……てことは、敵将の情報かい? ザカートは数で押す国だから大した将帥は……いや、いたな一人」

「おそらく、その一人が今回の先陣だ。黄金の髪に純白の鎧。腰には禍々しい気を放つ魔剣を携えた女将軍」

「……間違いねぇな。イルムガルト・クラムだ」


 エンセイが伝えた特徴から、エリアが導き出した名前を言う。会議室に張りつめた空気が漂い始める。


「ふむ。あやつが出てくるか……難易度が随分と上がったのう」


 長くザカート帝国と戦っているグルガ帝国の将ミハエルの表情が曇った。


 豊富な物資と兵数、そして謀略によって領土を広げているザカート帝国にあって一人、異常なまでの戦果を上げ続けている女将軍がいた。

 

 イルムガルト・クラム。

 

 黄金を紡いだような美しい金髪に、端正な顔立ち。純白の鎧を身にまとい、対照的な漆黒の魔剣を振るって戦場を駆ける姿は『戦女神いくさめがみ』と呼ばれている。

 れ~ベンガルズにおいて最強の騎士と名高い、バレスタインの王女、万夫不当ばんぷふとうユスティア・バレスタインと並び称させる強者だ。


 単騎で戦局を左右することができる将の一人であり、ただでさえ兵数の差が大きい現在の状況を併せると、歴戦の将達であれ動揺が走るのは仕方のないことだった。


 一時、場を沈黙が支配する。


「んだ、全員しけた顔して。もしかして、アタシがイルムガルトに劣るとでも思ってんのか?」


 沈黙を破るように、エリアが大きな声で悪態をつく。エリアとて、多くの戦場を経験した猛者だ。状況が厳しいことは理解しているが、それでもここで士気を落とすような動きはしたくなかった。


 わざと大きな声を出して虚勢を張ったが、寡兵で大軍を相手にしながらユスティアに並ぶ程の強者と槍を交えるのは避けたい。せめて、一対一ならば、と思うが。


「一対一ならまだしも、兵力差の大きい状況で貴重な戦力を潰すのはいただけませんね」

 エリアの言葉にエーコが答える。


「そりゃそうだな。急先鋒きゅうせんぽうには別の役目を担ってもらいたいしな」

 シゲンがそれに続く。ひとまず、場が動き出したことにエリアは安堵した。


「そうは言っても、アレは中々に厄介じゃぞ。捨て石を使うにしても、小石で止まるような女ではない」


 次いでミハエルが警鐘を鳴らす。実際に相対したミハエルは、イルムガルト・クラムの脅威が身にしみてわかっている。自身の戦いに身を置く者として腕に覚えはあるが、まともに戦えるとは思えない。

 現実的に考えると時間稼ぎをするのが妥当だと思うが、自分が言った通り、そうとうに強力な駒を捨てる覚悟をしなければならない。


 また場を沈黙が覆う。俊彦は緊張した面持ちで思案する者達の中で、一人余裕の表情を崩さないシゲンを見つめた。俊彦を目があったシゲンは、少しだけ口角を上げた。

 シゲンの笑みを見た俊彦は、この戦いで自分がするべきことを悟った。


「足止めすればいいんですよね? なら、オレが」


 二度目の沈黙を破った俊彦の言葉に、全員が振り向く。アイシャが慌てて声をかけようと立ち上がる。


「何バカなこと言ってやがる! お前はそうじゃねぇだろが!!」


 アイシャよりも早く怒声が響く。小柄な男は怒気を隠そうともせず俊彦へと詰め寄った。


「お前は、人の戦争に関わる為に戦ってるわけじゃねぇだろ!! 馬鹿なこというじゃねぇ!!」

「オレは決めたんだ、マルヴィン」

「いーや、流されてるだけだ。お前がやるくらいならオレがやる。お前は魔王を倒すことだけ考えてろ」


 勇者として魔王を倒すために旅をしている俊彦は、人の戦に関わるべきじゃない。マルヴィンは立場もわきまえず吼えた。しかし――


「オメェじゃ、役不足だ。下がれよ金髪」

「それぐらいわかってらぁ!! それでも、オレは――」

 

 俊彦はエリアに一蹴されるも退かないマルヴィンの肩を掴み、自分の方へと向かせた。


「それじゃ、駄目なんだマルヴィン。オレは、戦うと決めた。誰の為でもない、オレ自身の為に」


 俊彦はマルヴィンの目をじっと見つめて、自分の決意を告げた。


「……お前」


 俊彦の目に揺るがない信念を見たマルヴィンは、言葉をなくした。


「守ってくれるか、トシヒコ」

「はい。誰も、死なせはしません。オレが戦いを止めてみせる」


 タイミングを見計らったように声をかけてきたシゲンに、力強く頷き、自らの決意を返す。自分の選択は間違いではないはずだ。いや、たとえ間違っているとしても、やり遂げる。これは、自分の戦いだ。


「期待してるぜ。んじゃ、他決めるか。諸々の戦略と編成決めるぞ」


 俊彦の答えに満足したシゲンは、議題を次に移した。