WEB小説

第23話/全45話

魔女

オーノウスを乗せた鷲獅子グリフォンは荒れ狂う風の流れをうまく掴み、バランスを崩すこと無く乱気流の中を進んでいた。しかし、鷲獅子の速さならば数秒程で抜けられると思っていたが、数分の間、荒れた風の中を進んでいた。

 

「オーノウス様」

「わぁってるよ。カル、どうだ?」

「ちっとキツイですね。これが魔術だってんなら、隠蔽上手すぎてヤバイっすわ」

「逆に魔術じゃなかったら、運悪すぎだろ。だいたいでいい、起点ぽいとこ教えろ」

「へいへい。ルミアちゃんお願いね」

「已む無し」

「んじゃ、よろしく。まずは三時の方角、ルミアちゃんの頭から見て上に40度くらいのとこ」


 カルが指示を出した場所にルミアがフーチを飛ばすと、風の勢いが少しだけ変化した。


「当たりだな。潰していけ」

「全部は無理だと思いますけど」

「大丈夫だ。最後は力技でいく」

「了解っす。んじゃ後ろはオレがやるんで、前はルミアちゃんね」

「承知」


 カルはルミアに指示を出しながら、器用にナイフを投げている。二人は次々に気流の中にある魔術起点を潰していく。

 かなりの数の起点を潰したのだろう、風が大分弱まってきた。


「お頭、打ち止めだ。これ以上は見えねぇし、見当もつかないっすわ」

「こんだけ弱れば十分だ」


 オーノウスは周囲を見渡し、気流の弱い部分を見極め、手綱を引いて鷲獅子をそちらに向ける。


「五枚ありゃ十分か」


 懐から取り出したのは、複雑な紋が書かれた縦長の札だ。五枚の札を持ったオーノウスが魔力を込めると描かれた紋が赤く輝く。


「行くぜ――」


 気合と共に振りかぶり札を投擲しようとしたところで、不意に乱れ渦巻いていた風が消えた。


「そんなもの投げたら危ないわよ」


 耳元で甘く艶のある女の声がした。危険を感じたオーノウスは手綱を握る手を離し、声のした方向に曲刀を振り抜く。


 風を切る音がした。手応えはない。次いで札を投げようとして、自分の手から五枚の札が無くなっていることに気付いた。


「起爆術符ねぇ。子供のおもちゃにしちゃ、ちょっと危ないわね、これ」


 風が止んだ青い空に女が浮いていた。


 黒いとんがり帽子に、蠱惑的な身体を包む黒い服。帽子から垂れる長い紫の髪から覗く黄金の瞳は怪しい光を湛えた妖艶な美女。

 その女は、木で作られた箒に腰掛けて宙に浮いており、オーノウスから取り上げた五枚の起爆術符を手に持ち、うちわのように仰いでいた。


「……そろそろ手、離した方がいいぞ」


 起爆術符はその名の通り、魔力を通すことで爆発を引き起こす魔道具だ。オーノウスは五枚の術符に魔力を込め、その爆風を以て風の結界を破壊しようとしていた。

 女が持つ術符は赤く輝き、今にも起爆しそうだった。


「あら、心配してくれるのね。でも、大丈夫よ」

 女が術符に口づけをすると、全ての術符がボロボロと灰となり、空に舞った。

「ほらね」


 女はなんでも無いという風に、ひらひらと手を振って笑ってみせた。女の笑顔には邪気も敵意も無い。

 どうやら、魔女のいたずらに付き合わされたようだと悟ったオーノウスは、警戒を解いて手に持った曲刀を腰に戻す。


「で、なにやってんだ。イセンが動いたなんて聞いてねぇぞ」

「あら、私が誰かわかってるみたいな言い方じゃない」

「わからいでか。箒に乗って空飛ぶようなぶっ飛んだ女は、一人しか思いつかねぇよ」

「ぶー! なんかそれ、かわいくなーいー!」

「はぁ……『黒の塔』の最高位、『黒の魔女』がぶりっても恐怖心しかわかねぇよ」

「もう、口が悪いわねぇ、悪童ちゃんは」

「その名で呼ぶんじゃねぇよ。てか、俺が誰か知ってて仕掛けてきたのか、アンタ」

「さあ、それはどうかしらね。ウフフ……」


 『黒の魔女』の噂は枚挙に暇がない。力の強い魔導師でありながらやることは子供じみており、各地をいたずらをしては人を困らせているらしい。

 実際に会ったことはなかったが、こうして対峙してみると噂が嘘ではないと実感できる。どうにも掴みどころがない。


「はぁ……なんつーか、相手しても無駄感がハンパねぇな。用がねぇなら、俺達は行くぞ」


 まともに相手をしてはならないと、オーノウスの直感が告げていた。相手をすれば、深みに嵌った上で何も得られない。いや、下手をすれば何かを失うかも知れない。


「ツレないこと言うのねぇ。せっかく遊びに来たんだから、もうちょっと遊びましょうよ、『悪童あくどう』オーノウス・リュースちゃん」

「やっぱ知ってんじゃねぇか。しかも堂々と遊ぶとか言ってるし。アンタに付き合ってる暇はねぇよ、『黒の魔女』アトリ・カストロノヴォ」

「ふぅん。ま、いいわ。じゃあさ、どこ行くか教えてよ」

「……」

「パルム・オラティオ」

「……全部お見通しってか。知ってんなら、聞くんじゃねぇよ。悪いが急いでるんだ。俺達は行くぜ」


 これ以上の会話は無用と、『黒の魔女』アトリ・カストロノヴォの横を通り抜ける。


「死ぬよ」


 不穏な言葉に、オーノウスはつい鷲獅子を止めてしまう。後ろでルミアが息を呑んでいるのがわかった。


「戦が始まるんだ。そりゃ、大勢死ぬだろうよ」

「後ろの子、巫術師シャーマンでしょ? 視てもらったらいいんじゃない?」


 ルミアから緊張が伝わってくる。既に何かを『視た』のかもしれない。だが――


「悪いな、そういうのにルミアを使う気はねーんだ。ま、わざわざ忠告してくれてありがとよ、魔女」

「どういたしまして」


 手綱に力を入れて鷲獅子を進ませる。魔女が追ってくる気配はない。


「オーノウス様、私は――」

「魔女のイタズラに巻き込まれただけだ。気にすんな」

「……はい」


 魔女の言う通り、ルミア・エルディットは優秀な巫術師シャーマンであり、かなりの範囲で未来を『視る』ことができる。

 過去に未来を視たことが無い訳ではない。しかし、未来を視ることが必ずしも良い結果をもたらせるとは限らない。それ故に、ルミアは未来を視ることを滅多にしなかった。稀に、意図せず未来を視てしまうこともあったが、それを他言することは無い。


 オーノウスもまた、未来は予め知るものでも、決まっているものでもなく、自らの力で勝ち取るものと考えている。事実、ルミアの視た未来を変えたこともある。


死ぬよ――


 主語の無い魔女の言葉が、心に違和感を残す。オーノウスは、それを振り払うように鷲獅子のスピードを上げた。



「ふふ。エイザンまで参加して、どうなるのかしら。たまには私も――」

「なにやっとんじゃ、アトリ」

「げ、ミノル!?」

「げ、じゃないわい。あれ程関わるなと言うたじゃろが、このアホ娘」


 空を飛ぶアトリの後ろに転移して現れたグランフェリアが、手に持つ杖でアトリの頭を小突く。


「いったぁーい! でぃーぶいだ、でぃーぶい!! どめすてぃっくばいおれんす反対!」

「これはお仕置きじゃ、おしおき! まったく、誰じゃ、そんなどうでもいい言葉を教えたのは!」

「ミノルだよ?」

「そうじゃった。とにかくな、わし等は此度の戦いに関わらん方がいい。帰るぞ、アトリ」

「えーーミノルはこの前戦ってたじゃーん。一人だけずっこい」

「ありゃ、召喚魔法で呼ばれたからじゃよ。強制的にえにしを結ばれては、戦わざるを得んわい」

「じゃ、アタシも召喚されよっと」

「召喚魔法は使わんように言うとるから無理じゃな」

「なにー卑怯だぞミノル!」

「うるさいわい。ヌシ等はほっといたら今回みたいに、すぐ場を荒らそうとするから気が気じゃないわい。とにかく、おヌシも、アリスもアラディアも、三人は黒の塔でじっとしておれ」

「ミノルは?」

「ワシはまぁ、ちょいちょい……」

「じー」

「ワシも塔にこもる。だから、じっとしといてくれ。頼む」

「ミノルも一緒なら、仕方ない。んじゃ帰ろっか」

「うむ」


 アトリが指先を動かすと、小さな文字が広がる。やがてその文字は球状に広がり二人を包みこみ、光と共に消えた。