WEB小説

第24話/全45話

規格外の剣士

「お頭、あれ」


 後ろに座っているカルが、風にフードが飛ばされないよう押さえながら、下方を指差している。

 眼下には砂漠と草原が入り交じる風景が広がっていた。まばらに木の生えた小高い丘や岩山の間を縫うように、小さな点が列を作っている。


「ザカートの軍だな。情報通りだ」

「相変わらず人だけは多いっすね、あの国」


 蟻のように蠢く大軍をみながら、カルがつまらなそうに呟く。

 数は五千といったところか。人が多いと零したが、ザカートの行軍にしては数が少ない。


「ちょっと数が少なくないですか?」

「そうでもねぇよ。ありゃ数隊に分かれて行軍してるザカート軍の先鋒だけだ。率いる将はイルムガルト・クラム」

「戦女神が出てるんすね。しかも戦場規模を大きくしないために軍を分けて、天秤対策までしてるとなると本気ってことか」


 ザカート帝国は次代の聖女を手に入れるために進軍していた。南方に集めていた戦力を分散させて各地から同時に侵攻している。事前に工作を施していた砂漠の部族に橋頭堡を作らせた上での、多面同時展開である。

 

 戦女神イルムガルト・クラムを先鋒として、六部隊、各五千。合わせて三万に及ぶ兵力だ。ダルバン部族連合が総力を上げれば、数の上では上回るだろう。しかし、ザカート側になびいた部族が牽制しているため、部族連合は兵力をうまく終結させることができないでいた。

 ダルバン部族連合側で動けた兵力は、飛天傭兵団の一部、砂漠を渡ろうとしていた蒼華騎士団、そして僅かな兵力で次代の聖女を迎えにきていたフィアンマ近衛兵。総数は二千四百。

 

 いかにダルバン部族連合側に地の利があるとはいえ、十倍以上の兵力を相手にまともな戦ができるとは思えない。このまま戦が始まれば、次代の聖女と共にダルバン砂漠までもザカート帝国が手に入れそうだ。


 情報によると、飛天の『百計ひゃっけい』シゲン・アリム・ラシード、蒼華の『神算子しんざんし』エーコ・トリスメギストス、グルガ帝国の『八咫烏やたがらす』ミハエル・ベルゲングリューンと、天下に名を轟かせている智将達が策を練っているようだが、数の差を埋めることができるのだろうか。

 付け加えて、ダルバン側の勝利条件はかなり厳しい。次代の聖女を守り、かつ領土を守る必要がある。


 ファティマ聖王国に次代の聖女を逃しても、砂漠の領土が蹂躙されては意味がない。同じく、砂漠の領土を守っても、次代の聖女を奪われてはならない。

 少ない兵力で、両方を守らなければならない、ダルバン部族連合がどう動くか。


「取れる手段は少ねぇな。各個撃破したいとこだろうが、局地戦で勝利しても意味がねぇ。ダルバン側が聖女も、領地も守るにゃ、絶望的に数が足りねーな」

「詰んでません?」

「手が無くはねぇな。ザカートの動きは周辺の国も気づいてるだろうし、それを良しとはしないだろう」

「持久戦に持ち込んで、支援を待つってことか」

「多分な。ザカートもそれがわかってるから、アレを出してきたんだろうがな」

「戦女神――」


 人が点にしか見えない距離にあってなお、先陣を征くイルムガルト・クラムが放つ気が肌を刺す。カルはイルムガルトを観察しようと鷲獅子グリフォンから身を乗り出した。


 瞬間、背筋に冷たいものが走る。


「お頭、やべぇ。逃げよう」

「チッ」


 カルが鳴らす警鐘にいち早く反応したオーノウスは、手綱を強く引いた。


クルォォォォォ――


 嘶きと共に鷲獅子が大きく旋回する。前に座るルミアの身体を支え、鞍にしがみつこうと身体を下げたカルの頭上を黒い光が突き抜けた。間一髪で直撃は避けられたが、光が突き抜けた衝撃が全身にのしかかる。

 衝撃でバランスを崩した鷲獅子だったが、すぐに風のマナを放出して一気に高度を上げた。しばし高空で警戒するように旋回していたが、二撃目はこないようだ。

 

「あの距離で届くのかよ」

「オレ、目が合った気がするっすよ。相変わらず無茶苦茶ですわ、あの女」


 鷲獅子は、かなり高い位置を飛翔していた。行軍に近づくことにあたり、カルが事前に気配遮断と視覚歪曲の魔術で鷲獅子を隠蔽していたにも関わらず、イルムガルトは正確に空を飛ぶ鷲獅子に対して攻撃を仕掛けてきた。

 カルは、普通では考えられない出来事に身震いする。


「こりゃ、ダルバン側の勝利は無いですね。天秤ですら、ぶった斬りそうですし……」

「……さあ、そりゃどうだろうな。ま、俺達がアイツと対峙することはねぇよ」

「なんでです? 目的が同じなら、かち合う可能性ありません?」

「目指す場所が同じなら、な」

「???」

 

 カルとルミアが同時に首をかしげる。ダルバン部族連合もザカート帝国も第一の目的は聖女のはずだ。その情報を手に入れたが故に、こうして戦に発展している。


「ま、俺達は横からかっさらうだけだ。気にすんな」


 オーノウスは、何か嫌なことを思い出したように眉間に皺を寄せた。自分が得た情報の通りならば、次代の聖女は皆が思っている以上の窮地に立たされている。

 おそらく、聖女を迎えにきたフィアンマも、聖女を奪いにきたザカート帝国も、目的には届かない。


 ぬるい風がまとわりついてくる。自身が抱く想像の通りならば、厳しい戦いが待っているだろう。魔女の言葉も、喉に刺さる魚の小骨のように、心に突き刺さっている。


「つまらんことで時間食っちまったな。急ぐぞ」


 オーノウスは、不安を振り払うように鷲獅子の速度を上げた。