第7話

「俊彦兄やん!!」


 ガルンが放った光を受けた俊彦は、吹き飛ばされ、壁に激突していた。呼びかけても返事はない。


「おやおや、こちらの方も頑丈でいらっしゃる。先程の方は簡単に首が落ちたのですがね。まあ、後でじっくりと刻めばよろしい」


 放たれた魔術の残滓が消え、俊彦の姿が露わになる。

 血を流して地面に伏しているが、かすかに身体が動いている。見たところ、四肢の欠損や命にかかわるような大きな傷は負っていないようだ。


 安堵の息を吐きながら、伽奈美はガルンへ向けて槍を構える。


「魔王軍四天王の一人、災禍の魔神ガルン・アハマトマ……王城になにしにきたんや? 遊びに来たわけやないやろ?」


 人々と激しい戦いを繰り広げる魔王軍。その中でも頂点に立つ四人の魔神は四天王と呼ばれ、畏れられていた。

 魔王軍の頂点に立つ者の襲撃。ただ事ではない。もしかすると王都に他の魔物が入っているかもしれない。そうなれば自分と俊彦は絶望的な状況に立たされることになる。


「いやぁ、少々暇でしたので、噂に聞くラングリーズ王国の勇者達を拝見しにきたのですよ」

「勇者を見に……? なんでそんなこと……」

「申したとおり、暇を持て余しておりましたので。ああ、私以外の者は置いてきているので、ご心配なく。ほどほどに遊んだら帰りますよ」


 ガルンが本当のことを言っているのであれば、好都合だ。ここで魔王軍の頂点にある四天王を討つことができれば、これからの魔王軍との戦いを有利に進めることができる。


「ほな、ウチと遊んでもらおか」

「ありがたいですねぇ。こんな可愛らしい女性と遊ぶなんて久しぶりです。すぐに死んでしまわないように、気をつけてくださいね」


 言うや否や、ガルンは両手から禍々しい魔力の刃を放つ。伽奈美は冷静に魔力の刃を躱し相手の懐へと踏み込み、一息で三度の刺突を繰り出す。


「……」


 攻撃は届いているが、手応えがない。初撃では不意打ちからの連撃に、奥義まで繰り出したにも関わらず、ダメージを受けた様子はない。なにかカラクリがあると見て良さそうだ。


「フフフ…良い攻撃ですね。ですが、アナタでは私の身体に攻撃を届けることはできないでしょう」

「その割にはさっき、普通に消滅しとったけど?」

「先程は少し驚きましたよ。ですが、残念なことに先程あなたが消し飛ばしたのは、私のおしゃれ着ですよ」

「おしゃれ着がぼろ布てファッションセンス尖りすぎやろ」

「少々洗濯が苦手でしてねぇ」


 軽口を叩きつつ、後退して間合いを取る。槍の穂先を相手に向けてゆらゆらと揺らして牽制しながらも、ガルンの言葉の意味を考える。


 この世界にはいわゆる幽霊とも言えるモンスターが存在する。物理的な干渉を受けず、こちらに対しては攻撃をしてくるという厄介な存在だ。

 ガルンの見た目もあり同様の存在のように思えた。しかし、伽奈美の奥義は闘気を乗せて相手を貫く。幽霊系のモンスターは魔力や闘気による攻撃が効果的だが、ガルンには効いていない。


 考えても答えは見つかりそうになかった。攻撃が効かないのであれば、違う戦い方をするまでだ。


 今は自分の手で敵を倒すことを考えるより、時間を稼いで応援がくるのを待った方が賢明だ。悠真か弥生……もしくは練兵所で待ち合わせている者が来れば、例え四天王であろうと倒すことができるはずだ。

 今は俊彦を守りながら、ガルンをここに足止めする。幸いにもガルンは俊彦に興味を示していないようで、守りながら戦う負荷はそれほどでもない。


 レーベンガルズへと召喚されて一年。勇者として戦い、それなりに修羅場もくぐってきた。今の自分ならば、強敵であるガルンを相手にしても相当に時間を稼げるはずだ。


「考え事をしている暇はないですよ。ほら」


 ガルンが手を振るうと、伽奈美の足元に魔法陣が展開される。


「あまいわっ!」


 石突に気を込めて魔法陣へと叩きつけると、淡い光を残して魔法陣が霧散する。


「おや……」


 魔法を無効化されたことに驚愕しているガルンへ向けて槍を振るう。相変わらず手応えはないが、構わず四方から槍撃を打ち込む。


「なんとも読み難い攻撃ですね。これでも体術には多少自身があったのですが……幻槍げんそうの異名を持つのも頷けます」


 ゆらゆらと揺れる穂先から放たれる無拍子の攻撃に、軌道が変わる変幻の刺突。虚をつき、瞬時に死角へと至る独特の歩法。対峙した相手は幻を相手にしているような錯覚に陥る。

 大軍を相手にするような派手な戦いはできないが、一対一で対峙するならば、誰にも負けない自信があった。


「どないしたん? さっきから魔術も見当違いのとこばっかやで?」


 ガルンは忌々しそうに手を振り紫紺色の魔力刃を放つが、すでに伽奈美はそこにはおらず、おしゃれ着であるぼろ布に新しい穴を穿たれる。


「魔導師である私に、この間合での戦いは少々厳しいですねぇ。一度距離を取って仕切り直すというのはいかがでしょうか?」

「そのお願いは聞かれへんね……ほいっと」


 攻撃の合間に魔力を宿した攻撃を織り交ぜているが、依然ダメージが通っている気配はない。だが、この間合であれば攻撃を受けることもなく相手を翻弄し続けることができそうだった。


「当たりませんねぇ……自慢のおしゃれ着も穴だらけですし、ここは一つ、手を変えていきましょう」


 ガルンは魔力刃を放つ手を止め、伽奈美の動きに集中しているようだった。しかし、伽奈美の変幻の動きはそうそう見切れるものではない。動きを読まれたとしても、攻撃の気配を見逃さなければ避けることは造作も無い。


――来た


 ガルンの手に魔力が宿るのを感じ、滑るようにして死角へと移動して槍を引き絞る。


「ああ、そちらに行ったのは失敗でしたね」


 嫌な感覚が背筋を走る。振り向くと、巨大な拳が眼前に迫っていた。


「なっ……!」


 迫る拳を右腕を盾にして受けたが、あまりの衝撃に数メートル吹き飛ばされる。体制を崩さないように足を踏ん張る。


「つぅ……」


 とっさに急所は外したが、拳を受けた右腕は骨が砕けたようだ。身体に力を入れると激痛が走る。

 利き腕を潰された。左手だけで槍を振るうことはできるが、先程までのような鋭い攻撃を続けることはできない。それに――

 

「接近戦は彼にお任せすることにしました。簡単に殺せたのでただの弱兵かと思っていたのですが、なかなかの攻撃力ですねぇ。右腕、大丈夫ですか?」


 ガルンを守るようにして、首のない騎士が立っていた。握られた拳は骨が突き出ており、鍛え上げられた騎士の肉体が砕けるほどの一撃が放たれたことがわかる。


「死霊術……」

「よくご存知で。実は私、そっちが専門でして。強力な敵ほど、死んだ後は良い駒になるので重宝しています。アナタも後で私の兵に加えて差し上げましょう。いやぁ、勇者が手に入るとは、ここに来て正解でした」


 空恐ろしいことを言うガルンを無視して状況を整理する。

 死兵となったゴルダは驚異的な力を発するようだが、うまく避ければ自滅の目もある。右腕以外は十分動くことを確認し、構え直す。


「そうそう、こういうこともできるんですよ」


 ガルンが手をかざし、魔力を送り込むと砕けたゴルダの右腕が瞬時に再生した。


「……それは、反則やん」


 攻撃を避けつつゴルダを無力化する目論見が、あえなく崩れ去った。あの死兵を倒すには、一撃で消し飛ばす程の強力な攻撃……奥義を放つしか無いだろう。


 しかし、右腕はズキズキと痛みを訴えるだけで、動かすことはできなかった。


「では、再開しましょうか。ここからは楽しくなりそうです」

「はは……ウチは帰りとうなってきたわ……」


 死兵が巨大な拳を振るう。すんでのところで拳を避けたが、拳撃で弾けた石畳がつぶてとなって伽奈美を容赦なく打ち付けた。息をつく間も無く、ガルンの手から放たれた紫紺色の魔力刃が首を刈り取りに来る。とっさに身をかがめて躱し、全力で後方へと飛び退く。

 間合いを取って息を吐き、気息を整える。その間に石畳と共に砕け散った死兵の腕は修復されていた。


「…難易度高すぎやろ、これ」


 死の恐怖で強張りそうになる身体を無理やり動かし、構えを取る。時はそれほど稼げてはいない。

 負けないための戦いが、死なないための戦いに変わった。誰かが応援に駆けつけるまで生きていられるのだろうか。


 じわりと吹き出してくる汗を抑えるように深呼吸し、敵の攻撃を見逃さないよう集中を高めた。