WEB小説

第25話/全45話

黒と白

「止まれ!」


 俊彦は腹の底から声を張り上げた。目の前には、ザカート帝国の兵五千。行軍を止めた五千の兵が、一斉に自分を見てくる。これから、目の前にいる軍と自分が戦うと思うと緊張で鼓動が早くなるのを感じた。

 自分を見ている兵士達の目には戸惑いの色が見えた。無感情な兵器ではなく、目の前にいるのは人だ。一人一人が、家族と暮らし、友と語らい、幸せな未来を夢見て生きている人。その一人一人が、同じように生きてきた人を殺すため、未来を奪うために過酷な山越えをしてここまで来ている。


 人同士の戦いは、やはり理解ができない。胸に手を当て、決意を心に灯す。奪わないよう、奪わせないよう、人知を越えた力を振るう勇者として、全てを守る決意を。


 シゲン達と打ち合わせた通り、俊彦は山越えの道の途中にある広場でザカート軍を待っていた。広場を抜けるためには後ろにある細い道を通る以外に道はない。


 北からダルバン砂漠へと軍を進めるルートは限られている。広大な草原地帯を通る道もあるが、国境近くの緩衝地帯は魔物の討伐が進んでおらず、現在は強力な魔物がひしめいている。抜けるためには相当の消耗が必要であり、奇襲に近い形で軍を進めていたザカート帝国は、そこを避けるように山間地域を抜ける選択をしていた。


 無論、砂漠の部族を調略していたザカート帝国は、山間地域を抜けるルートを把握していたが、事前に進軍ルートを予測していたダルバン部族連合の工作により、兵力が活かせない場所へと誘導されていた。


 ザカート帝国軍も自軍が誘導されていることは察知している。直接的な攻撃を行ってこないことから、それがダルバン部族連合の時間稼ぎであることも分かっていたが、ザカート帝国本隊の目的も、北側から圧力をかけて部族連合側の兵力を南から剥がすことにあった。その間に、次代の聖女を手の者が手に入れる。邪魔がなければ、そのまま本隊でダルバン砂漠を蹂躙して次代の聖女を手に入れるだけだった。


 故に、部族連合の工作に乗る形でゆっくりと軍を進めていた。

 そこに現れた一人の少年。


 ザカート軍はダルバン部族連合軍との直接的な邂逅が、一人の少年であることに戸惑っていた。

 

 俊彦は動かない軍を睨んだまま、動きを待った。下手に動いて、全軍が向かってくると危険だ。できるならば、話し合いでどうにかならないか、という希望もあった。

 少しの間、睨み合っていると軍を割って一人の騎士が前に出てきた。


 純白の鎧に身を包んだ騎士が、金色の長い髪を揺らしながら近づいてくる。澄んだ翡翠色の瞳はまっすぐに俊彦を見据えている。


「ザカート帝国将軍、イルムガルト・クラムだ」


 俊彦まで十歩の距離で止まった騎士は、自らをイルムガルト・クラムと名乗った。

 魔剣の使い手であり、戦女神いくさめがみと呼ばれるザカート帝国随一の武将。


 汚れ一つない純白の鎧を纏う美貌の騎士は、確かに女神のようだ。腰に下げる禍々しい気を放つ魔剣さえ無ければ。


「自分が何をやっているのか、わかっているのか、少年」


 目の前にいる少年がただの子供ではないことは、わかっている。しかし、自分の力に絶対の自信を持っているイルムガルトは構えもせずに、呆れたような声で俊彦に問いかけた。


「あなた達こそ、自分達が何をやっているのか、わかっているのか?」


 自分が、何をやっているかと問われた俊彦は、その問いをそのままイルムガルトに返した。魔王軍の侵略で苦しむ者達がいる。そんな時に人同士で争うなど、理解ができない。これだけの戦力があれば、どれだけの魔物を討伐することができると思っているのか。


「不当に拉致されている、聖女に連なる者を救出に来たまでだ。それを邪魔するならば、世界の敵と言わざるを得ないぞ、少年」

「何を馬鹿なことを! オレ達はファティマ聖王国に次代の聖女を帰そうとしている。不当に拉致なんてしていない!」

「薄汚れた傭兵風情が、無事に聖女を聖地に帰すとは思えんな。我々ならば、安全に聖女を送りとどけることができる。ダルバン部族連合が素直に聖女を渡せば、このような大軍を動かす必要などなかったのだ」


 話が噛み合わない。本当に聖女を安全に送りたいのであれば、砂漠の部族を使っていきなり攻撃をしかたりはしないはずだ。


「砂漠の街を攻撃しておいて、何を言ってるんだ?」

「少年こそ、何を言っている。ザカート帝国軍は私を含めて、未だダルバン部族連合の領域に達していない。砂漠の街を攻撃できるはずなかろう。砂漠に住む部族達の争いをザカート帝国と繋げるのはいただけないな」


 やはり、話が噛み合わない。フィアンマが動き、砂漠で争いが起き、ザカート帝国軍が侵攻を始めた。シゲン達が嘘をついているとは思えない。


「それに、そうだな。そのような内乱が起きているならば、我らザカート帝国が統治した方が良さそうだ。幸い、兵力はそれなりに用意している。聖女を救出するのが第一だが、砂漠の安寧も我らに任せればいい」

「理由をつけて侵略したいようにしか聞こえない。どうして人同士で争う道を選ぶんだ……今はそんなことをしている場合じゃないだろう!!」


 イルムガルトの言い分に俊彦が憤る。自分たちの利益のために、火種を作っていると言ったような物だ。


「天秤の騎士の干渉によって、世界は一つになれずにいる。世界が一つになれない限りは、永遠に争いは消えない。魔王との戦いも、勝てはしない。だから私達が……ザカート帝国が世界を一つにするのだ」

「争いを無くすために、戦っているとでも――」

「その通りだ。私はそのために手を血に染めてきた。その信念が揺らぐことはない」


 イルムガルトは先程までの侮ったような口調を止め、真剣に自らの信念を口にする。言葉に偽りがないことは、射抜くように俊彦を見つめる翡翠色の瞳が物語っていた。


「少年、君はなぜ私達の前に立ちはだかる」

「戦いを止めるためだ」


 争いを無くすため、戦いを止めるために戦うと決意した。奇しくも二人の信念の行き着く先は同じだった。


「一人で軍を相手にしようというのだ。ただの子供ではないだろう。名乗れ」

「一つ聞きたい。戦争を止める気は――」

「無い」


 俊彦の問いを一蹴し、イルムガルトは腰に下げた魔剣に手をかけた。それだけで空気が張り詰め、周囲が、世界が息を呑むように押し黙る。


「……ラングリーズ王国に召喚されし『聖剣の勇者』、トシヒコ・タツミ」


 俊彦は自分のことを『聖剣の勇者』と名乗った。これからの戦いは、勇者としての戦いだと、人々を、仲間を失わない為の戦いだと、自分に言い聞かせるように。


「ラングリーズの勇者が組みしていたか。これは想定外だな。全軍、下がれ」


 ラングリーズ王国の勇者を相手に、数を頼んだ戦いは意味がないと踏んだイルムガルトは、自らの軍を後方へと下げた。


――魔剣よ


 魔剣を引き抜く。イルムガルトの呼びかけに応えるように、魔剣が赤黒い色をした禍々しい光を放つ。


――来い、聖剣ファラ


 聖剣を顕現させる。イルムガルトの魔剣とは対照的な、白く輝く剣が俊彦の手に握られる。


「ザカートが剣、イルムガルト・クラム――参る!」

「この戦い、オレが止める!」


 同時に踏み込んだ二人の剣が交錯する。

 魔剣から溢れ出る赤黒い光と、聖剣が放つ白い光がせめぎあいながら立ち上り、天を焦がす。


 ザカート帝国とダルバン部族連合の戦争が幕を開けた。