WEB小説

第26話/全45話

聖剣と魔剣

 白と黒が明滅する。

 魔剣と聖剣からほとばしる気は、大地を削り、天を穿つ。


「予想以上だ! もっと貴様の力を見せてみろ!!」


 戦いで高揚したイルムガルトが口元を歪ませながら矢のように突貫し、下段から魔剣を斬り上げる。俊彦はとっさに飛び退き、剣撃を躱す。空を切った魔剣から走る黒い剣閃が、壁となる岩山を砕く。

 砕かれた岩に隠れるようにして体勢を整えた俊彦は、大地を蹴ってイルムガルトへと肉薄した。光を放つ聖剣を横薙ぎに大きく振るうが、攻撃を読んでいたイルムガルトは身体をかがめて攻撃を避け、地を這う体勢から魔剣を突き出してくる。身体を回転させて突きを躱し、その勢いのまま聖剣を振り下ろす。同じく突きの体勢から切り返された魔剣と聖剣がぶつかり合い、巨大な衝撃波を巻き起こした。


 魔剣と聖剣の衝突で発生した衝撃波は、戦いの余波で作られ周囲に瓦礫のように散乱していた岩を吹き飛ばす。


「今までで一番だ、勇者! 我が剣を振るうに相応しいぞ!」

「それだけの力があって、どうして!!」


 巻き上げられた巨大な岩がバラバラと落ちる中、ぎりぎりと剣を合わせた二人は互いに睨み合っている。

 強者との戦いに愉悦の顔を見せるイルムガルトに怒りを覚える。天秤に匹敵するとも、兵器とも称される勇者と五角以上に打ち合える力がありながら、なぜその力を人々を守るために振るおうとしないのか。

 俊彦は怒りのまま、力任せに聖剣を振り抜いた。


 衝撃を殺すために自ら後ろへと飛び退いたイルムガルトが、やはり口元に笑みを浮かべたまま魔剣を構える。


「私は帝国の剣だ。剣は敵を斬るためにある。それが強者であれば、なおさら良いではないか」

「違う! 剣は誰かを守るために振るわれるべきだろう!」

「同じことだ。敵を斬ることは、味方を守ることに他ならない。ザカート帝国のために、勇者という強敵を屠れるならば、それは喜びでしかなかろう!」


 魔剣を振るい、幾つもの斬撃を飛ばしてくる。聖剣で撃ち落とすが、斬撃を放つと同時に飛び出したイルムガルトが、隙きをついて頭部に蹴りを放ってくる。空いた手でガードした。蹴りを放った勢いのまま、上段から魔剣が迫る。それを聖剣で受け止め、空中で止まっているイルムガルトに肩からぶつかり、吹き飛ばした。

 イルムガルトは受け身を取ることもできず、二度三度と地面を跳ね、周囲を囲む岩山に激突する。

 

「退け、イルムガルト! 貴女では、オレには勝てない!」


 未だ土煙が晴れない岩山に向かって、降伏を勧告する。イルムガルトの動きは見えていた。鋭い攻撃も、重い剣撃も、今の俊彦ならば捌くことは難しくはない。


 このまま戦い続ければ、勝つことができるだろう。しかし、俊彦の目的は戦いに勝つことではなく、戦いを止めることだ。

 イルムガルト程の強者ならば、ここまでの戦いと今の一撃で力の差は分かるはずだ。


「戯言だな、勇者。まだ、私は立っているぞ」


 土煙を払い、イルムガルトが前へと踏み出す。額から血を流しながらも、しっかりとした足取りで一歩、二歩と前へ進み、魔剣を構える。


「だが、身体能力では分が悪いのは、理解した。ならば――」

 イルムガルトが両手で魔剣を持ち、腰だめに構える。

「これで決めさせてもらおう」


 魔剣が纏う禍々しい気が一気に膨れ上がった。イルムガルトの口角が釣り上がる。


「さあ、魔剣よ、出番だ――」


 イルムガルトの言葉に魔剣が呼応する。爆発的に膨れ上がった禍々しい気が、解き放たれるのを今か今かと待ち構えている。

 対する俊彦は聖剣を上段に構えていた。


聖剣ファラ、一緒に戦いを終わらせよう」


 聖剣が眩い光を発する。光は俊彦の力になれることを喜んでいるように、渦を巻き、天を衝く。


 イルムガルトの背には敵を食らいつくさんとする禍々しい黒い光が渦巻き、俊彦の頭上には戦いを終わらせんと輝く白い光が立ち昇っている。

 対照的な二つの光は、その輝きを強めながら解き放たれる時を待っていた。


 対峙する二人が互いに相手を見据える。俊彦は眉間に皺を寄せて黒い光を睨みつけた。イルムガルトは薄く笑みを浮かべて、俊彦を見た。そして――


「存分に喰らえ!! 餓えた愚王の叫びグラン・グラム・ハウル!」

「終わらせる!! 幕を引く者フィニス・ブレイブ!」


 同時に光は放たれた。振り上げられた魔剣から放たれた光は、地獄に住むと言われる餓鬼のように貪欲に、叫びを上げながら勇者が振り下ろした白い光に喰らいつく。


 轟音が鳴り響く。衝突した二極の光は混じり、弾け、周囲を黒く、白く染め上げた。


――


 光は散り散りになり、やがて小さな燐光となって空気に溶けて消える。


 聖剣と魔剣、対極にある強大な力を振るう、人知を越えた戦いは終わった。

 イルムガルトは立っている。俊彦も、立っていた。それでも、この戦いが終わったことは誰の目にも明らかだ。


「……」


 光の失せた魔剣を手に、俯き動かないイルムガルトに対して、未だ輝きを放つ聖剣を手にした俊彦が告げる。


「貴女の負けだ、イルムガルト・クラム」


 俊彦の言葉に、イルムガルトは反応を示さない。僅かに身体を揺らすだけで、沈黙したまま俯いている。戦いに巻き込まれないように後退した軍も、動きを見せなかった。


 すべてを飲み込む光の奔流が通った後は、なにも残らない。事実、魔剣の光と衝突した場所は地面が消失し、巨大なクレーターが作られている。

 魔剣の光を打ち破り、イルムガルトをも飲み込んだ光はしかし、イルムガルトを消し去ることは無かった。

 

 幕を引く者フィニス・ブレイブ。戦いに幕を引く、聖剣の勇者の奥義。しかし、その奥義は殺し、奪う為に振るわれることはない。

 顕現した神器、聖剣ファラ。名を知り、力を使いこなせるようになった俊彦は、その光の力を昇華させていた。強大な力を御し、戦いに幕を引く者として力を振るう為に。


「オレは、この戦いを止めてみせる。だから、貴女達はもう、国に帰れ」


 この力で、戦いを止めてみせる。人同士の無益な戦いに幕を引く。俊彦はイルムガルトに背を向けて、その場を後にした。

 俯いたイルムガルトの口角が、歪につり上がっていることに気づかないまま――