WEB小説

第27話/全45話

移動商店

 俊彦とイルムガルトが戦いを始めた頃、ラングリーズの騎士アルバート・ナイセルと身分を隠して宮廷魔術師アイシャとして行動している、王女アレクシア・ラングリーズは開戦の地から遠く離れた、ダルバン砂漠中央部を進んでいる。


「本当に、こちらに来てよかったんでしょうか」


 本来ならば、フィアンマ公国の近衛兵と共に次代の聖女が匿われている街に同行するはずであった。しかし、今はフィアンマ軍から離れて行動していた。


「アルバートさん?」


 問いかけに返事が無いことを不思議に思い、顔を上げアルバートの方を見る。

 アルバートは視線を宙に向けて、何かを気にしているようだった。


「何かありましたか?」


 アレクシアはフードを取ってアルバートが見ている方向を見つめるが、なにが見える訳でもなかった。


「いや、なんでもない」


 視線を戻したアルバートは、首を傾げていたアレクシアを安心させるように微笑み返した。これだけ近くに居ながら自分の声が届かない程、何かを気にしていたようだが――


「アレに気が付かないなんて、お姫様は鈍感なんですかね~。いや、もしかして大好きな勇者さんのことが心配で、それどころじゃなかったです?」


 首をかしげているアレクシアに対して、少し遠くから声がかけられた。


「んななな、何を言ってるんですか! 心配は心配ですけどそういうのじゃありません!」

「こんなことで取り乱すなんて、お子ちゃまですね~」

「あ、アルマちゃんの方が子供でしょ!」


 顔を真っ赤にして騒ぐアレクシアを、ニヤニヤとした顔で少女がおちょくっている。


「ちっちっち。甘いですね、お姫様……いや、お姫ちゃま!」

「なんで言い直したの!?」

「お子ちゃまにはそれが似合うからですよ!」

「また言ったー!! 本当の子供にお子ちゃま扱いされたくありません――」


 少女はずいと身体を前に出し、唇の前に人差し指を立てて騒ぐアレクシアを黙らせる。


「移動商店『銀の小鳥』店主、アルマ・クルーエ! ただの子供じゃあないですよ! 古今東西、北へ南へ、求める人に求める品をおっ届けです! さあ、皆も『銀の小鳥』にお金を落としやがれですよー!」


 緑のエプロンドレスを着た、金髪の少女アルマ・クルーエは、突き出した指をそのままに、片目を瞑り、腰に手を当てて可愛くポーズを取る。


「うん、知ってるけど……なんで今、お店の宣伝始めたのかな?」

「誰かが見てる気がしたです! 商人は、僅かなチャンスも逃さないのですよ!」

「ええ!? 他に誰かいるの? このお店の中、ちょっと変なモノ多いから怖い……」

「変とはなんです! 由緒正しい怪しいアイテムしか置いてないです!!」


 少女二人が仲良く騒いでいる様子を微笑ましく眺めていたアルバートだったが、先程よりも強くなった戦の気配に思考を引き戻す。


 北では、ザカート帝国との戦いが始まっている頃合いだ。先程から急激に高まっている戦の気配が、それを物語っている。


 ダルバン砂漠における情勢は、ザカート帝国の調略によって奇襲を受けはしたが、ダルバン部族連合と『飛将ひしょう』ハーディン・ウマル・マジド率いる飛天傭兵団の本隊によって、拮抗状態になっていた。

 その拮抗も、ザカート帝国の本隊が砂漠に入れば、簡単に崩れ去るだろう。

 ザカート帝国本隊を止めることができるのは、アルバート達が行動を共にしていた、シゲン率いる混成軍だけだ。各国の名将が集まり、軍の質は高いが、兵力も少なく連携の不安もある。


 天秤の介入を期待したいところではあるが、事はそう上手く運ばないだろう。



 天秤の騎士によって秩序が保たれた世界にあって、ザカート帝国は領土を拡大し続けている。天秤の騎士を出し抜く方法として、戦場規模を拡大させない方法を取っている。

 部隊を細かくわけ、戦線を広げることで個々の戦場規模を小さくしているのである。小競り合い程度では天秤の降臨は為されない。仮に天秤が降臨したとしても、多数の戦局を同時に治めることは難しい。


 こういった戦法は過去に幾度か確認されているが、圧倒的な兵力差が無ければ、各個撃破の憂き目に会うことになる。いくら戦場を分けたとしても、進軍の起点となる部隊を失えば、戦線は維持できない。


 今回の戦でいえば、『戦女神いくさめがみ』イルムガルト・クラムが率いる部隊は明らかに起点の一つだろう。それを撃退、もしくは足止めすることが叶えば、戦局は大きく傾くこととなる。会議の結果、イルムガルト・クラムの軍には俊彦が当たることとなった。


 俊彦の――勇者の力は絶大だ。今までは戦いへの戸惑いや、力の扱いに慣れていない部分もあり、その力を十全扱うことはできていなかった。

 しかし、レイル大森林での死闘や蒼華騎士団と共に魔物と戦ったことで、十分な経験を積んでいる。人同士の戦いに躊躇していたが、それも答えを見つけたようだ。


 如何にイルムガルト・クラムが強いとはいえ、今の俊彦ならばどうにかしてくれるだろう。ならば、勇者と共にある自分たちがやるべきことは、後顧の憂いを断つことだ。


「難しい顔してるですよ? おっさんも、勇者さんが心配ですか?」


 いつの間にか、騒ぐのを止めていたアルマが顔を覗き込んでくる。アレクシアも不安そうな顔でアルバートを見つめていた。


「いや、トシは勇者として成長している。心配はいらないな。ただ――」

「ただ、なんですか?」

「いや、なんでもない」


 アルバートの様子にアルマは指を顎に当て首を傾げている。アレクシアは依然不安そうな顔で目を伏せていた。

 一番の年長が年若い女性を不安にさせるのはいただけない。アルバートは頭を振って思考を切り替える。


「しかし、本当によかったのか、アルマ殿」

「なにがです?」

「我々のために、商店を危険に晒すことになるかもしれん。本来であれば、このような時に行く場所ではないのだろう?」

「そんなことないですよ。そこが危険な場所でも、戦場のど真ん中でも、そこにお客様がいれば行くです。それが移動商店『銀の小鳥』です!」


 アルマはドヤ顔をしながら胸を張る。子供ながらも危険な世界を巡っているのは、アルマなりの矜持があってのことだ。無論、多少の危険であれば、切り抜ける自信があっての行動ではあるが。


「目的地までは安全な移動を約束するですよ。なのでおっさん達は大船にのった気持ちで構えているといいです」

「怪しいアイテムに囲まれてゆったりできない……。なんか、こっち見てるのとかいるよ?」

「気の所為です」


 アルバートは二人のやり取りに苦笑しつつ、ほろがついた馬車の荷台に似た移動商店の中を見渡す。

 瓶詰めの目玉や、謎の液体。小さな金属製の籠にはドラゴンに似た翼を持つ小さなトカゲ。竹で編まれたザルにはオレンジ色をした粘性の物体に、何故か目がついた物が蠢いている。


 アレクシアの言う通り怪しいアイテムが目を引くが、それ以外にも食料品や調味料、衣類や刃物といった生活必需品も多く取り揃えられていた。

 これから向かう交易路から外れた地や、人の往来が少ない場所では重宝するだろう。


「アルマ殿は、これから向かう場所には行ったことが?」

「あるですよ。でなければ、おっさん達を乗せて行くなんてしないです」


 向かう場所は流砂の関係で隔絶された地だと聞く。どうやってそんな場所に里ができたのかは不明だが、渡る手段もあるのだろう。


「どんな場所なんですか?」


 アルバートとアレクシアは、とある事情でダルバン部族連合軍と別れてアルマと行動と共にしていた。目指す場所は分かっているが、そこがどのような場所なのかは知らない。


「小さくてのんびりした村ですよ。砂漠では珍しく畑があったりするです」

「へぇ、砂漠なのに緑があるんですね。なんで隠れ里になったんだろ」

「何か事情があると思うですが、そういう込み入った事情には踏み込まないのが、できる商人の条件ですよ」


 流砂に隔絶され、砂漠の民ですら知らない場所。ファティマ聖王国の関係国であるフィアンマ公国の重鎮ですら、その場所の事は知らされていないようだった。そんな場所を知っているアルマも不思議だが、そういった込み入った事情には踏み込んで欲しくないという風に、詳しく聞こうとしたアレクシアを牽制した。


 アルマの牽制で質問をし難くなったのか、アレクシアは何かを考えるように押し黙ってしまった。


「そういえば、あの村には変な女が三人――」

「アルマちゃん」


 少し気まずい空気を感じたアルマは努めて明るい声で話題を変えようとして、アレクシアに止められた。

 折角の気遣いを――とは言い出せる雰囲気では無かった。


「商店の移動速度って、早くできる?」

「できるですが、どうしたですか?」


 どのような原理で進んでいるのか不明だが、移動商店には窓も何もない。壁の一点を見つめるアレクシアの視線は、これから向かう隠れ里の方向だった。


「魔物です。しかも、これは――」