WEB小説

第28話/全45話

魔群暴走

「オーノウス様! これ以上は――」


 ルミアが柄にもなく大声で叫んでいる。手綱を握るオーノウスは鷲獅子グリフォンの軌道を変えて、腰にさした曲刀を引き抜いた。


グギャオォォーー


 鷲獅子に近づいていた鳥型の魔物が翼を斬り裂かれて堕ちる。魔物を斬りつけながら、手綱を離して起爆術符を取り出し、前方に向けて投げつける。


「ルミア!」

「……承知!」


 投擲された起爆術符が、閃光と共に魔物の群れを巻き込んで爆発した。扇状に広がる巨大な爆炎の一点に、ルミアは鎖の先に宝石が付けられた魔具、フーチを投げ込み穴を開ける。

 

「抜けるぞ」


 オーノウスの意を受けた鷲獅子が大量の風のマナを身にまとい、ルミアによって穿たれた爆炎の穴に飛び込む。爆炎を突き抜けた勢いのまま、魔物の群れを引き離す為に一気に高度を下げた。


 雲を抜ける。見えたのは砂漠を埋め尽くす魔物の大群。


「マジかよ、ありゃぁ――」

魔群暴走スタンピード!? オーノウス様、これは……」


 魔群暴走スタンピード。魔物の大群が暴走する異常現象。規模によっては、国を飲み込む程の事態に発展することもある。発生原因は様々だ。なんらかの原因で棲家を追われた魔物が移動する内に膨れ上がることが多いが、侵食の影響で発生することもあれば、人為的に発生させることも不可能ではない。


「なんでこんな砂漠のど真ん中で魔群暴走スタンピードなんて起きてんすか?」

「先の侵食の影響でしょうか。それにしては、規模が大きい」


 砂漠は元々、魔物が多く生息していた地域だ。しかし、流砂や地形の関係で魔物が群れをなすことは少ない。先日発生した大規模な侵食の際も、近くにいた蒼華騎士団の活躍で魔群が発生する前に終息したはずだ。


 交易路から離れているとはいえ、ダルバン部族連合の目も光っている砂漠で、魔群暴走スタンピードの自然発生は考え難い状況だった。


「どうしても、次代の聖女が邪魔な奴がいるらしいな」

魔群暴走スタンピードが人為的に作られたと?」

「どうやったかはわかんねーけどな。わざわざ、蒼華やフィアンマ、ザカートまで動かしてこっちに目が向かねぇようにしてんだ。誰かの思惑だろうよ。けったくそ悪い」


 ここ最近の各国の急激な動きには、もはや違和感しかない。


 砂漠に蒼華騎士団を派遣した。名が知れた騎士団の動きは注目の的だ。動きがあれば砂漠の部族やダルバン砂漠の傭兵は注視せざるを得ない。

 裏では、フィアンマ公国を動かしている。フィアンマ公国大公グラント・コーウェンが、ダルバン部族連合の中核を為す飛天傭兵団と親交を深めている事は、分かっていただろう。

 ザカート帝国の動きも、どこか不自然だ。如何に調略に長けた国とはいえ、砂漠に内乱を起こさせるほどの下地は無かったはずだ。ダルバン部族連合寄りの中立派部族が内乱を起こしていることも、ザカート帝国以外の関与を疑うに十分な材料だ。


 極めつけは、この魔群暴走スタンピード。ダルバン砂漠の北側に戦力と注目が集まっている中で、南からの魔物の襲撃。魔群暴走スタンピードの進路が変わらなければ、オーノウス達が目的としている場所を通ることになる。このままだと、あと数時間で地図に無い隠れ里が、この世界から完全に消滅するだろう。


 エイザンにある紅蓮ぐれんあぎとで集められた情報から気付いた事だったが、最後の詰めまでは読めていなかった。今の時代に魔物を使うとは。いや、今の時代だからこそ、魔物を使った方が都合がいいのかと、思い至る。

 まったくもって恐れ入る。絵を描いたのは、おそらく――


「いかが致しましょう? オーノウス様」


 ルミアの声で我に帰る。後手に回っている上に、想定外の事態で少し思考が脱線していた。


 砂煙を巻き上げながら暴走する魔物の大群に目を落とす。まだ、目的地である隠れ里、パルム・オラティオまでは距離があるが、状況的には詰みに近い。鷲獅子で急行したとて、救い出せるのは一人だけだ。おそらく、その一人も自分達と共に逃げる選択はしない。


 もう一度、魔物の大群を確認する。


 空から散らせば、向きを変えることはできるか?

――否。空にも魔物が溢れている以上、空の優位は無い。


 地上に降りて魔群暴走スタンピードを止られるか?

――否。あれ程の大群を相手にするには、準備も人数に足りなさ過ぎる。


 隠れ里パラム・オラティオに急行して籠城するか?

――難しいところだ。魔群暴走スタンピードに踏み潰されない程の施設があれば、過ぎ去るのを待つ手もある。

 施設は、聖域の機能を保持した教会がある。手持ちの魔具で強化し、白鷲聖騎士団しろわしせいきしだんから派遣されている聖騎士の力を借りれば、一時しのぎの結界は張れるだろう。

 しかし、魔群暴走スタンピードが人為的に引き起こされているのならば、なんらかの方法でパラム・オラティオに魔物を押し留められる可能性がある。そうなれば、望みの薄い援軍を待つことになる。


 ならば、諦めてエイザンへと戻るか?

――否。自らが決めたことをやり通す為に、紅蓮ぐれんあぎとをやっている。影に生きる行儀の良い組織ではないが、誰もが自らの矜持を貫く為に戦う意思を持っている。


「カル、ルミア」

「承知。指示を」

「しゃあねえっすね。打てる手は打ってあるんだし、なんとかなるっしょ」


 名を呼ぶだけで自らの気持ちを汲み取り、欲しい返事を返してくれた。オーノウスは口元に笑みを浮かべて、鷲獅子の手綱を強く握る。


「ったく、出来た部下だぜ。日陰者にしとくにゃもったいねぇな!」

「や。不味いと思ったら逃げるんで。日陰者サイコー」

「逃がすと思うか?」

「クハハハ! オメェ等には、緊張感ってもんが欠けてんな!」


 死地に向かうというのに、いつもと変わらぬ部下達のやり取りに声を出して笑う。


「だが、それがいい。行くぜぇ!!」


 手綱を引き、掛けた足に力を入れて鷲獅子に指示を出す。目指すは次代の聖女が匿われている隠れ里、パラム・オラティオ。


 クルォォォォ――


 鷲獅子の嘶きが響きわたる。

 空には飛び去った鷲獅子が纏う風のマナが、翠の燐光となって筋を残していた。